あの時の市木目線
夏の恋の事件簿前編、後編と、高校1年生④の市木目線です。
中学3年になり、市木は初めて僚と同じクラスになった。
それをきっかけに、2人を中心に男女問わず人が集まるようになり、市木は初めて学校生活が楽しくなっていた。
僚は、市木の目から見ても、基本的には誰にでも優しい。それは、女の子に対しても同様だ。でも、ひとたび好意を向けられると、それはひんやりと冷たいものへ変わっていく。中学1年からの付き合いで、それが最近わかってきた。
梅雨真っ盛りの6月。この日は朝から大雨で、憂鬱な気分だった。
「市木くん!」
休み時間にトイレに行き、教室へ戻ろうとしていると、女の子に声を掛けられる。みると、その子は背が小さく華奢な女の子だった。
「な~に?」
女の子には基本的には優しい市木が、いつもの通り返事する。
「葉山くんの彼女って、市木くんが知ってる人⁉」
突然そんなことを言われて驚く。
(なに⁉あの鉄壁のガードを誇る葉山に彼女⁉)
「え~~と、何かの間違いじゃ......」
「間違いじゃないっ!一昨日、葉山くん本人が言ってたし、その彼女を見たもの!髪の長い、細身の女の子の肩を抱いて、葉山くん行っちゃったしっ!」
市木は、葉山と親友だと思っていたのに、彼女の存在を隠されていたんだと、ショックを隠し切れない。
市木は急いで教室に戻り、僚の元へ駆け寄っていく。
「葉山っ!お前、彼女出来たのか⁉いつ⁉どこで⁉誰なんだ⁉」
市木が騒ぐので、クラス中の注目の的だ。
「はぁ?お前、なに言って.....」
「さっき、廊下で背の低い女の子に言われたんだっ。お前が一昨日、長い髪の細身の女の子の肩を抱いてどっかに行ったってっ!」
僚が教室の扉の方を見ると、日曜日のレッスン前に、駅で待ち伏せしていた松井が立っていたのが目に入る。
はぁぁぁ......告白を断るためとはいえ、明日香を利用して、さらに明日香の知らないところでいま、注目を浴びてしまっている。
この状況をどうにかしようと、僚は市木に耳打ちする。
「市木、とりあえずお前には本当のことを言うから、いまは静かにして」
市木は僚にそう言われて、わかったと返事するしかなかった。
放課後、雨でグラウンドが使えないため、部活が休みになった僚は、市木と2人でファーストフード店へ寄り道する。
そこで、日曜日に松井に駅で待ち伏せされたこと、たまたま近くにいた幼馴染を恋人の代わりにしたことを聞いた市木は、
「そうかぁ、俺、びっくりしたよ~。葉山、いつの間にってさ~」
「悪い.....あの子、何度断ってもしつこくて、ああするしかなかったんだ」
葉山僚という男は、市木とは真逆の、超がつくほどの硬派な男だった。
どんなに可愛い子が寄ってきても、見向きもしない僚を見て、逆に心配になるほどだった。
「でもさ、その葉山の幼馴染ちゃん。見て見たいな~」
「なんで?」
「なんでって、女の子を寄せ付けない葉山が、フリとはいえ肩を抱いて歩くなんて、天と地がひっくり返るのと同じくらい、すごいことだと思うけど」
「お前、俺のことを何だと思っているんだ?」
「言い寄ってくる女の子には血も涙もない、冷血漢な男」
そう言われて、僚は何も言い返すことが出来なかった。
それから夏休み中に僚に会った時、あの松井をぶった切る勢いで振ったと聞いたときは「やっぱり血も涙もないじゃん」と市木は改めて思った。
そしてこの出来事もすっかり忘れ去られ、高校1年に進学した僚と市木は、放課後バスに乗って、ショッピングモールの本屋へ行くことにした。
僚曰く「本の品揃えが良い」から、わざわざ行きたいと言ってきた。
僚が小説の文庫本を探している間、市木は雑誌コーナーでパラパラと適当な雑誌のページをめくっていた。
すると、市木の左側の少し離れたところに、他校の女子高生が同じように雑誌をパラパラとめくっていることに気づいた。
その子は、遠くから見てもわかるくらいきれいな顔をしていた。
市木は雑誌を読みながら、なんとなくその子のことをチラチラ見る。
すると、その女子高生に葉山が声を掛けていることに気づいた。
(えぇ⁉あの葉山が、自分から女の子に声を掛けている⁉)
しかも、声を掛けるだけではなく、何やら親しげに話している。学校ではそんな姿めったに見られないのに.....と思いながらも、その子の顔を正面から見たくて、僚に声を掛ける。
「葉山、彼女か~?」
と市木が声を掛けると、
「彼女じゃないよ。幼馴染の藤堂明日香。明日香、こいつは市木って言うんだけど、軽い奴だからあまり近づくなよ。なんかあったら、俺が隼斗に怒られる」
僚は市木に聞こえるように明日香に言う。
「おいっ聞こえてるぞ。今悪口言ったろ」
「悪口じゃなくて、注意喚起だよ」
と軽口を言い合いながらも、市木はその女の子を観察する。
つやつやのきれいなロングヘアで、スタイルが良く、目は大きくて鼻筋も通っている、とてもきれいな女の子だった。
市木は明日香に一瞬で心を奪われた。
(なんだ?女の子を見て、こんな気持ちになるなんて.....)
この胸の高鳴りが何なのか、市木にはまだわかっていなかった。
そして一番驚いたのは、僚がその女の子を「明日香」と名前で呼んでいたことだ。
学校で僚が、女の子のことを名前で呼んでいるのを見たことがなかった市木は、ますます明日香に興味が湧いた。
市木は明日香に、
「明日香ちゃん、美人だね。今彼氏とかっているの?」
と聞いてみる。
「.....いませんけど.....」
明日香がおずおずと返事をする横から、
「おい、市木!やめろっ」
と、僚が制止すように割り込んできた。
「なんだよ葉山、彼女じゃないんだったら別にいいだろ~」
「明日香はダメだ。お前に傷つけられるのが目に見えてるっ」
「うわっ失礼だな。俺は二股とか浮気とかしたことないぞ」
「どうだかな。しょっちゅう女の子をとっかえひっかえしてるじゃないか」
「それは俺がモテるのが悪いんです~」
「訳のわからん開き直りをするな」
そんな言い合いをしながら、
(あの葉山が、必死になって俺と彼女を離そうとしている。そんなに大切な子なのか......)
と、市木の中で明日香に対する興味は膨れるばかり。
それから明日香の友人も合流し、なぜかフードコートへ移動することになった。移動しているときに、市木は僚に聞いてみる。
「去年さ、葉山が恋人がいるって言って振った女の子いただろ?その時恋人のフリしたのが彼女?」
僚は、市木がそんなことを覚えているとは思わなかったのか、びっくりした顔をするが、すぐに、
「ああ、そうだよ」
と返事をする。
(ふ~ん....なるほどね)
僚と明日香が恋人ではないことを確かめた市木は、早速行動に出ようと考えた。
フードコートへ移動した後、簡単に自己紹介を済ませ、市木はすぐさま明日香を狙いに行く。
「ねぇねぇ、明日香ちゃんさ、今度の日曜日って空いてる?映画でも見に行かない?」
と誘っても、明日香は日曜日は無理だの一点張り。
「おい、市木。明日香を困らせるな」
案の定、僚が明日香を助けようとするが、市木は気にしない。
すると、明日香の友人が教えてくれた。
「あの、颯太くん。明日香には隼斗くんっていう番犬みたいな双子の弟さんがいるから、簡単じゃないと思うよ.....」
「「番犬......」」
僚と明日香が2人同時にそう言って笑うのを見て、
「え......ナニソレ、こわっ。俺、噛みつかれちゃうの?」
市木は自分で自分を抱き締めるようにして言う。
「はは、市木。明日香とデートしたいなら、その大型番犬を倒さないと絶対無理だぞ」
「えぇ......なんかいい方法ないかな?明日香ちゃん」
「まぁ、仲良くなってみたらどうですか?」
明日香が投げやりに言ってくる。
(俺に全く興味なし、か.......ますますおもしろい)
今まで女の子から、こんな扱いを受けたことのなかった市木は、絶対に明日香とデートしたいと思うようになった。
その時、明日香の友人が何か言いながら指をさす。その方向を全員で見ると、そこには市木の知らない男3人がいた。
その男たちを見た僚と明日香が、なにやらコソコソ話している。
それ見て市木が、
「おーい明日香ちゃん!葉山とイチャイチャしてないで、俺とお話ししようよ~~~!」
と言うと、2人がちょっと慌て始めた。なんだ?と思っていたら、
「なんだよ2人とも。合コンでもしてんのか?」
と、知らない背の高い男が、僚と明日香に声を掛けてきた。
「違うよ。たまたま本屋で会って、ここでしゃべってただけ」
「隼斗.....なんでまたいるの?」
「いや竣亮に、服買いたいから付き合ってほしいっていわれてさ」
市木と明日香の友達2人は、ただ、ただそのやり取りを見ているしかなかった。
すると3人の男の中で、一番穏やかそうな奴が、
「明日香の高校の制服姿、かわいいね」
というのを聞いて、市木は思わず、
「おいおいおい、葉山っ。俺がダメで、あいつが明日香ちゃんにあんなことを言うのはいいのか⁉」
と、僚に猛抗議する。すると、
「竣とお前とじゃ大違いだよ。隼斗、こいつ俺の友達で市木っていうんだけど、さっきから明日香のこと口説いているぞ」
と、信用されていないうえに、告げ口までされた。
「なに⁉こんなどこの馬の骨かもわからん奴め‼明日香、だまされるなよ!」
「隼斗うるさいっ」
「隼斗シスコン」
「誠、しれっとシスコンっていうな!」
そのシスコンという単語を聞いて、市木はピンとくる。
「あ!わかった!お前が噂の番犬だな!俺は絶対に明日香ちゃんとデートするからな!覚悟しとけ!」
「誰が番犬だ!俺は明日香の双子の弟で番犬でもシスコンでもねぇ‼あと、馴れ馴れしく明日香ちゃんって言うな‼」
(弟だけが番犬だと思ってたら、葉山も合わせて4人もいるじゃん。落としがいがあるな~)
市木はこんな状況も、なぜか楽しくなっていた。
なにより僚が学校以外の友人で、しかもかなり親しげにしているのも気になった。
(俺って、なんやかんやで、葉山のこと大好きじゃん)
でも、この出会いが、ある意味市木を苦しめることになろうとは、この時は夢にも思わなかった。




