苦い夏祭り
夏祭りデートの僚目線です。
8月最初の土曜日。
僚は自宅の勉強机に座って、夏休みの課題をしていた。
今日はレッスンがないため、今日で出来ることはやっておきたかったからだ。
夕方になり、ひと段落着いたところで、自宅のチャイムの音が聞こえた。下にいた母親が対応する声が聞こえてきたが、気にすることなくスマホを触ろうとした時、コンコンとドアのノックが聞こえる。
「お兄ちゃん?クラスのお友達が来ているわよ」
母親にそう言われて、僚は「はぁ?」と思いながら、部屋を出る。
玄関を開けると、そこには本当にクラスメイトが7人ほど来ていた。
「よう、葉山。今から祭りに行かねえ?」
この中の言い出しっぺであろう真壁が、突然訪ねてきた悪気も見せずにそう言ってくる。
「お前らな、急に来てそんなこと言うなんて、どういうつもりだ?」
「だって葉山、誘っても来ないじゃん。だから拉致しに来た」
夏休みに入ってレッスンが続いていて、今日は久しぶりの休みなのに、あんな人の多い祭りになど行きたくない、と言うのが僚の本音だった。
すると、そこにいた女友達の牧が、
「葉山、突然訪ねて来てホントごめん。ちょっとでいいからみんなに付き合って。そしたら、納得すると思うから」
それらしいことを言ってくる牧にも少しイラついたが、僚はこのまま門前払いをして、夏休み明けのクラスの雰囲気が悪くなることは避けたいと思い、しぶしぶ祭りに行くことにした。
それから、8人でぞろぞろと河川敷へ向かう。
河川敷が近づくにつれ、人も多くなり、賑やかさが増してきた。そして河川敷に向かう間、僚の隣には常に牧がいた。
牧は中学からの同級生で、市木も良く知っている普通の友達だ。しかし、1度告白された僚はそれを断った。それでも、1度でいいからデートしてほしいと泣きつかれ、仕方なく1回だけ映画を見に行った。その際にもきっぱりと断ったから、僚の気持ちはわかっているはずなのに、周囲の人間がこうして僚と牧をくっつけようとしてくる。
それをわかっているから僚は牧に、変な期待を持たせないよう適度な距離でいようとしていた。
「真壁、市木は誘わなかったのか?」
僚は前を歩く真壁に聞いてみる。こういう行事が好きな市木が来ていないのが、不思議だったからだ。
「あぁー、誘ったんだけど、デートの約束があるからって断られた」
(デート?あんだけ明日香にしつこく言い寄っていたのに、他の女と?それともまさか、明日香と?)
僚は、昨日の明日香の様子を思い出す。でも、特段変わったことはなく、いつも通りレッスンしていた。なにより、隼斗が何も言っていなかったから、そんなことはないだろうと思った。
(あいつ、あれだけ俺には本気だって言っておきながら、他の子とデートしてんのか?)
僚は市木がチャラいことは知っていたが、ここまでとは....と、軽蔑してしまった。
会場に着くと、河川敷には屋台が立ち並んでおり、全員で何を買おうか相談する。すると、牧と一緒に来ていた女子2人が、
「有紗、葉山と一緒に焼きそば買ってきて。わたしら、別の所で飲み物買ってくるから」
と、みえみえのお節介を焼いてくる。すると、そこに真壁たちも乗ってきて、結局牧と2人で、焼きそばの買い出しに行くことになった。
人込みの中を歩くと、牧と密着してしまうため、僚はあえて人込みの少ない土手の上を歩くことにした。
しばらく土手の上を歩いていると、ベンチに見覚えのある2人が座っている。
明日香と市木だ。
それを見た瞬間、僚は無意識にその2人の元へと歩いて行った。
市木が先に僚がいることに気づく。
「葉山........牧も........」
市木がそう言うと、明日香も顔を上げて僚を見る。
「........市木、何してるの?」
「何って、見てわからない?愛の告白してるの」
僚はちらっと明日香を見て、明日香の手に市木の手が重なっているのを見る。
「明日香、泣きそうな顔してるけど?」
「別にいじめてないよ。それより葉山こそ牧とデート中だろ?俺たちに構ってていいの?」
こいつはまた、性懲りもなく明日香の前でそんなことを言う。クラスのみんなで来ていることを知っているクセに。そういう市木に対して僚は、
「デートじゃない。クラスの何人かと来ていて、買い出しに来ただけだ」
と明日香にも聞こえるようにはっきりと言った。市木はそんなこと知ってる、とばかりに軽く受け流す。
「ふーん。ま、俺たちには関係ないけど。明日香ちゃん、行こっか」
市木はベンチから立ち上がり、重なっていた手を握ったまま明日香を立ち上がらせる。そしてそのまま明日香を連れて行ってしまった。
情けないことに俺は、それを黙ってみることしかできなかった。
(明日香、泣きそうな顔していた...)
僚はそれがショックで、ずっとその顔が忘れられずにいた。
すると、隣にいた牧が僚に聞いてきた。
「葉山、市木と一緒だった子って知り合い?」
「........幼馴染」
「そうなんだ。葉山って、女の子のこと名前で呼ぶことあるんだね」
「.............」
牧にそう話しかけられていても、僚はずっと2人が歩いて行ったところを見つめていた。
そうだよ。俺が名前を呼ぶ女の子は、明日香と深尋だけだ。それがどうしたと、言ってやりたい気分だったが、それはぐっとこらえた。
そのあと焼きそばを買い、みんなと合流しても、祭りを楽しむことが出来なかった。
僚は、あの2人の姿、つながれた手、明日香の泣きそうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。
市木は愛の告白をしていたと言っていたが、どこまでが本当かわからない。だけど、一番わからないのは自分自身の気持ちだった。
なんでこんなにイライラするのか、わからない。
その1週間後、市木に呼び出され、明日香に告白したけどフラれたと言われて、僚はなぜかホッとする。そこで安心したせいなのか、それ以上あの時の気持ちが何だったのか考えることをやめた。
その数年後、僚はこのことを含め、いろんなことを後悔することになる。




