潔癖の理由
僚が女性に対して潔癖になった理由を掘り下げてみました
「葉山くん、これ」
そう言って渡されたのは、四角い箱と手紙だった。
今日はバレンタインデー。
小学校5年生にもなると、それはもうみんな浮足立っているようで、男子も女子もずっとそわそわしている。
「どうも」
それだけ言うと、僚はパッと受け取りさっさと教室に戻る。
渡した女の子は何か物言いたげにしていたが、僚には見えていない。
なぜなら、今日は休み時間になるたびに、呼び出されたり、廊下で引き止められたりして、僚はうんざりしていたからだ。
(ろくにしゃべったこともないのに、なんでこんな物を渡してくるんだ?)
僚はこんなことをしてくる女子の気持ちが、全く理解できなかった。
そして放課後。隼斗と一緒に帰ろうと学校の下駄箱に行くと、また1人女子に声を掛けられた。
「葉山くん。これ受け取って」
僚は持っている手提げバッグの中が、チョコの箱で埋め尽くされていた。
(またか......もう勘弁してほしい......)
そんな思いが顔に出ていたのだろうか、いつも通り一言だけ言って受け取ろうとするが、その包みをなかなか離してくれない。
そばで見ている隼斗も、いぶかしげにこちらを見ている。
すると、その女の子が包みを持ったまま、僚に話しかけてきた。
「葉山くんは、藤堂明日香と新井深尋、どっちが好きなの?」
明日香と深尋の名前を聞いて、隼斗も少し反応する。
「はあ?なんでそんなこと言わないといけないの?」
「だって葉山くん、あの2人とは仲がいいでしょ」
そう言われた瞬間、僚はさあっと自分の中に、冷たいものが流れてくる感覚がした。その次には、今日一日のイライラをぶつけるようなことを口走っていた。
「明日香と深尋と仲がいいのは俺だけじゃないだろ。隼斗も、誠も、竣亮も仲良くしている。俺だけに言うのはおかしいと思わないのか。そんなことを言うなら、これは受け取れない」
僚は握っていた箱をそのまま突き返し、校舎を出て行った。
「僚、よかったのか?あの子泣いてたぞ」
隼斗が心配して声を掛けてくる。
「いいんだよ。それより早く公園に行こう」
「おう......」
冬の河川敷は寒すぎるので、最近はもっぱら近所の公園で遊んでいた。
公園に着くと、すでに竣亮と誠、明日香と深尋がいた。
「あっ、きたきた。遅かったねー」
深尋がブンブン手を振っている。
「僚くん、今日スゴイたくさんもらってたね、チョコ」
竣亮がニコニコして僚に聞いてくる。
「うん。でも結局、弟たちにあげてるから」
「そうなの.....?」
僚は男3人兄弟の長男で、3つ下の弟と、5つ下の弟がいる。
すると、その話を聞いていた明日香が、申し訳なさそうに僚に包みを出してきた。
「これ、わたしと深尋からなんだけど.....」
「いや、明日香と深尋からのものは、ちゃんと自分で食べるよ。ありがとう」
僚はそれを今日初めて、嬉しいと思って受け取る。
今日、チョコを渡してきた女子たちは、一方的に気持ちを押し付けてきたり、こちらの状況も考えずに、渡すだけ渡して逃げて行ったりと、チョコを渡すことだけを考えていて、結局、俺のことなんて考えていないんだと思い知らされた。
でも、明日香と深尋はそんなことをしない。
相手が誰であろうと、その人のことを考えているし、独りよがりになることもない。だから友達として付き合っているんだ。
僚はそう思った。
それ以降、中学、高校とたくさんの女の子が言い寄ってきたが、僚はそういう子が近づいてきた瞬間「気持ちが悪い」と思うようになってしまった。
別に、女の子が嫌いなわけではない。恋愛対象も女の子だし、当然、男として性に対する興味もある。
でも、一方的な好意を向けられると、とたんに「嫌悪感」が芽生える。そして何よりもイヤなのが、女の子たちが体につけている香水やデオドラント系の匂いだ。それで近づいてこられると、嫌悪感と寒気が襲ってくる。
それに対して明日香と深尋からは、そういう嫌な匂いを感じることはなかった。汗をかいたレッスン終わりでも、全くそういうことがなかったので、2人に対して嫌悪感を抱いたことは1度もない。
中学から仲良くなった同級生の市木が、こんなことを言ってた。
「葉山はさ、自分が本当に好きになった子としか、恋愛できない呪いでもかけられたんじゃないの?俺からすれば、可哀想だなって思うよ」
そう言われても、僚は全然悔しいとも思わなかった。
逆に、それのどこが悪いんだ、とさえ思っている。
恋愛は本当に好きな人とする呪い。それはそれで幸せじゃないかと、僚は思っていた。




