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【完結】buddy ~絆の物語~  作者: AYANO
大人編
103/112

101.新しい命

季節は進み、10月になった。

切迫早産で入院している美里の入院生活は、依然続いていた。

最初の頃は、赤ちゃんを守るんだという気持ちで、気持ちを強く持っていた美里だが、入院生活が長くなるにつれ不安が大きくなっていき、だんだん笑顔が少なくなっていた。


しかし、事態が急変したのは突然だった。

朝突然、前触れも何もなく破水し、妊娠34週で美里は出産した。

妊娠37週以前の出産は早産となるため、赤ちゃんを守るために産後すぐ保育器に入れられ、NICU(新生児集中治療室)にて管理されることになった。


あまりにも突然の出産だったため、誠は立ち会うことは出来ず、分娩室から出てきた美里と出産後に初めて顔を合わせる。

「美里..........お疲れさま」

「......誠くん.....赤ちゃん......早く.....産まれちゃった......ごめんね......」

長い入院生活で体力が落ちている美里は、ストレッチャーに寝たままだ。

そして、こんなに早く産んでしまったことを、申し訳なく思い、目から涙が溢れている。

「謝るな。美里はよく頑張ったよ。赤ちゃんも無事だ。男の子だって。また一緒に名前を決めないとな」

「......赤ちゃん......会いたい.......」

「うん、会いに行こう。でもその前に、美里が元気にならないとダメだ」

「.........うん」

「美里、俺たちの子供を産んでくれて、ありがとうな」

「.........うん」


美里が出産したことは、buddyの5人と元木にもすぐ知らされた。

「NICU......って?」

「芽衣に聞いたら、早く産まれてきた赤ちゃんとか、先天性の異常を持っている赤ちゃんを24時間体制で治療するところらしい」

隼斗は芽衣が言ったままのことをみんなに伝える。

みんなも、突然のことだったので言葉が出ない。誠と美里の子供が産まれて、喜ぶべきことなのに、どうしても心配の方が上回ってしまう。


「とにかく、元気に育ってほしい。それだけだよ」

「そうだな。誠の子供だし、強いし、大丈夫だろ」

「美里ちゃん、大丈夫かな.......」

明日香と深尋は、美里の精神状態も心配だった。

いくら自分を責めるなと言っても、そうしてしまうだろう。誠もそれを一番懸念していた。


「美里さんに会いに行くのは、誠の判断に任せようか。俺たちが行くことで、気を遣わせたり、ストレスになるのはやめた方がいいだろ?」

僚のその一言に、みんなで同意する。

とにかく今は、見守ることしかできない。そんな日々を過ごしていた。


それでも仕事はしないといけない。

今日は、デビュー10周年の12月1日に発売される、新曲のMVの撮影のため、都内のスタジオにやってきていた。

今回の新曲は、あの難曲『Sapphire』を凌ぐほど、歌もダンスも難しく、8月から振り付けの練習をして、ようやく仕上げたダンスナンバーな曲だった。

それに加えて歌も難しく、歌とダンスを合わせるのにとても苦労した。

でも、仕上がってみるととてもカッコよくて、コンサートやライブでは絶対に盛り上がるだろうという期待はあった。


「はい!カット!チェックしまーす!」

助監督のその声に、6人はふぅっと息をつく。

これでOKが出たら、撮影は終了だ。お願い、お願い.......全員が心の中でお祈りをする。みんな、疲労困憊で早く帰りたかった。

「はい!OKです!buddyのみなさん、お疲れさまでしたー!」

「お疲れさまでした!ありがとうございます!」

朝一から13時間かけて撮影したMVの出来上がりに期待しつつ、6人はメイク落としと着替えのために楽屋へと戻る。


ガチャっと楽屋のドアを開けて入ると、そこには元木と3人のマネージャーが勢揃いしていた。

「やぁみんな、長い時間お疲れ」

「あれ?元木さん。今日は別件で、ここには来ないって言ってたのに」

「何かあったんですか?」

以前からそう聞いていたので、元木がここにいる理由を、明日香と僚が聞く。

すると、元木は少し深刻そうな顔をして、

「林、ドアに鍵を掛けてくれないか」

と言い、楽屋のドアを閉め、外から人が入ってこれないようにした。

そしてみんなに座るよう言い、全員が座ると口を開いた。


「実はな、またどうも記者たちが嗅ぎまわっているようなんだ」

元木にそう聞かされても、全員、誰も驚かない。みんな覚悟していたから。

「それで、お前たちの結婚発表を、本当は10周年に合わせてするつもりだったんだが、急遽前倒しにすることにした。要は、週刊誌よりも先に発表するということだ」

元木の口からそう言われて、急に緊張感が増す。


「でも、元木さん、まだ相手のご両親にご挨拶が出来ていないんですが.....」

竣亮が不安そうに口にする。

葉月の実家が長野のため、なかなか時間が取れずにいたのだ。

「うん.....だからね、非常に申し訳ないんだが、お前たち来週から2週間、オフに入るだろう?それを利用して、各自話を進めてほしいんだ」

buddyの6人は、毎年ライブツアーのあと、長期休暇を貰っていた。

今年はスケジュールの都合で、この時期になってしまったのだが、本来であれば、もう少し早くもらえていた。


「そんなに切羽詰まってる感じなんですか?」

これまで元木が、6人にこんな無理なお願いをすることなど、ほとんどなかった。それをしているということは、よっぽどのことなんだろうと推測した。

「そうだな。まだ、嗅ぎまわっている段階だから、いますぐ記事になることはないだろうが、何か一つでも掴まれたら、すぐ出るだろうな」


前回の僚と明日香の熱愛報道も、だいぶ落ち着いてきたとはいえ、また同じような報道が出て、前回同様に収められるかというと、そんな保証はどこにもない。情報は常に流動的で、その時その時の状況によっては、悪い方向に行くことだって十分にあり得る話だ。

特にbuddyは人気絶頂期であり、同業者や業界内から足を掬われることも考えられる話なのだ。


「元木さん、俺と明日香と隼斗は大丈夫です。つい先日、長瀬さんも一緒に、藤堂家に挨拶に行きましたから。そのあとは、俺の実家にも行って、隼斗も長瀬さんの実家に行ったんだよな?」

「ああ。ちゃんと、芽衣の両親に挨拶してきたよ」

「そうだったのか......わかった。竣亮と深尋は?」

元木に聞かれて、深尋が恥ずかしがりながら口を開く。


「わたしも、ちょうどそのオフに、光太郎くんの実家に行こうと思ってたの。わたしの実家には、この間行ってきたから......」

「僕も、このオフで行けたらとは思ってたけど、まだ具体的な日取りまでは決まってません」

「そうか......そうしたら悪いが竣亮、早急に話を進めてほしい。それで、全員の話を通し終えたら、すぐにでも発表する。それでいいか?」

元木に意思確認を求められて、全員がうん、と頷く。


「あと、誠の第一子誕生の発表は、赤ちゃんが退院してからと思っているが、どうだ?誠」

「ああ、はい。それでお願いします」

「もし、不都合があれば言ってくれ。奥さんと、赤ちゃんを優先していいからな」

「はい、ありがとうございます」

こうして、buddyにとっても、1人1人にとっても、人生において重要な発表をする日が近づいてきていた。


美里が出産して1週間が経過した。

赤ちゃんの呼吸状態が落ち着いたということで、無事、保育器から出ることになり、NICUからGCU(新生児回復室)へ移動することが出来た。

NICUでは、両親しか赤ちゃんに面会することが許されなかったが、GCUではガラス越しに廊下から赤ちゃんに会えるようになる。

それを聞いて、誠の両親も、美里の両親も、早速初孫の顔を見に行ったようだ。もちろん、その翌日にはbuddyの面々も。


ただ、以前のように騒ぎになるのは避けたいので、何人かに分かれて、別々に美里への面会と、赤ちゃんとのご対面を果たした。

美里も、だいぶ元気を取り戻し、いまは赤ちゃんへの授乳の練習や、最近は沐浴もし始めていた。

誠も、オフに入ってからは積極的に育児に参加し、大きな手で震えながら沐浴をしたときの写真は、美里にとってもいい思い出の写真になったようだ。


そして、誠と美里の赤ちゃんの名前は『崎元 (ツバサ)』と名付けられた。

文字通り、大きな翼を持って羽ばたけという願いを込めて、つけたそうだ。

そして出産から2週間後、美里と翼くんは無事、退院することが出来た。


その、美里の退院と同じ日。

深尋は木南と一緒に、木南の実家へ結婚の挨拶に行った。

そしてその日の夜、僚、明日香、深尋、木南の4人は、あのキッシュの美味しいダイニングカフェでディナーの約束をしていた。


僚と明日香が店に入ると、以前、木南のプロポーズを応援してくれた男性スタッフがすぐに案内してくれた。

深尋と木南は、先に来ていたようだ。

「あ、葉山、明日香ちゃん、お疲れ。お店の場所、わかりにくかった?」

「ちょっと駅から迷ったけど、大丈夫だったよ。それより、良い店だな」

薄暗い店内の半個室の席に、キャンドルが灯されていて、カップルや夫婦で訪れるのにはとてもいい店だと思った。


食事を注文し、前回飲んで気に入ったサングリアで乾杯する。

「深尋、木南くんのご両親に、ちゃんとご挨拶できた?」

「ぐっ.......」

深尋は明日香に聞かれて、言葉に詰まる。

「え.....深尋まさか、なんか粗相をしたのか?」

「してないよっ!」

「じゃあ、その反応はなんだよ?」

僚と明日香に詰め寄られている深尋に、木南が助け舟を出す。


「僕の母がね、すごく深尋ちゃんのこと気に入ってさ、今度一緒にお買い物に行くことになったんだよ。ね?深尋ちゃん」

「う...うん......」

それにしては、あまり乗り気じゃない深尋に、僚も明日香も違和感を感じる。

「なんか、不安なことでもあるの?深尋」

明日香が優しく尋ねると、深尋は今日の訪問での出来事を話し始めた。


木南の実家は、市木ほどではないが、父親が整形外科のクリニックを経営する開業医で、上のお兄さんもお医者さんの、市木同様、医者一家だった。

そのお父さんは、とても優しく落ち着いた雰囲気のダンディなイケオジといったお父さんだった。

お母さんは、一言でいえば少女のような可憐なタイプのお母さんで、長い髪の毛はくるくると巻いていて、服装もガーリーというよりはロリータに近いファッションだった。それがまた似合う顔立ちのため、木南と歩いていても、親子ではなくカップルに見えなくもない。

その母親が、深尋と一緒に親子コーデをしたいと言ったので、深尋が戸惑っている、ということだったようだ。


「なんだ、そんなこと?もっと、ギスギスしているのかと思ったよ」

「そんなことじゃないよっ!光太郎くんのお母さんは似合っているけど、わたしには絶対似合わないよっ」

ぷぅっと顔を膨らませ、深尋は顔を赤くしている。

「深尋ちゃんも似合うと思うけどな?」

「光太郎くんまで、わたしをからかってっ!」

楽しそうに言い合っている2人を見て、僚も明日香も上手くいったんならそれでいいかと思った。


前菜のイワシのマリネや、トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ、グリーンサラダなど、注文した料理が次々と運ばれてきて、お店の看板商品のキッキュがテーブルに置かれると、僚と明日香は「おお~っ!」となる。

「見た目はパイみたいだけど、一応おかずなんだよね?」

「そうっ!このチーズがたまんないのー!」

待ちきれないといった様子で、明日香と深尋が早速頂く。

「明日香、美味しい?」

「......うんっ、美味しい!僚も早く食べてっ」

美味しいものを食べてちょっと興奮気味の明日香を見て、僚はクスリと笑う。

こんな静かな幸せがずっと続いてほしいと、僚は思った。


食事が済み、最後のワインを飲みながらくつろいでいると、あの男性のスタッフさんがテーブルにやってきた。

「お寛ぎのところ、申し訳ございません」

「あ......はい.......」

4人が何だろうと思っていると、スタッフさんが色紙を2枚出してきた。

「大変失礼なのはわかっているんですが、お店に飾りたいので、サインをいただけますか?あと、僕個人もbuddyのファンで、1枚は僕のなんですが......」


何を言われるのかと構えていたら、サインが欲しいということだったので、3人は色紙1枚に、3人分のサインを書いて渡すことにした。

それを2枚書いて渡すと、スタッフさんはとても喜んでくれた。

「ふわあああ......ありがとうございますっ!」

「いえいえ、こちらこそ。美味しい料理をありがとうございます。今度は他のメンバーも連れてきますね」

僚がそう言うと、スタッフさんはより一層目を輝かせる。

「ぜひっ!いらしてください!あの......今さらなんですが、本当にみなさん、仲が良いんですね。今日もこうしてお食事にいらしてますし......」


buddyがデビューして10年。顔を公表してから5年が経とうとしているのに、いまだにbuddyメンバーの仲を「ビジネス」だと思っている人が多い。そういう声にも慣れていたが、やっぱり言われるのはいつだってつらい。

「そうですね。でも俺らの中では、元々の始まりが友達で、歌手というのは後からついてきたものに過ぎないんです。だから、仕事をしている時は仕事仲間だけど、そこを離れれば、ただの友達になるんです。ただそれだけですよ」

僚がそう言い切ると、スタッフさんはなぜかポーっとなっている。


「やっぱ、葉山僚ってカッコいいんすねっ!勉強になりますっ!」

「はははっ、ありがとうございます」

店の分と自分の分のサインを貰ったスタッフさんは、早速そのサインを飾りに行ってしまった。

「あーあ、葉山。いまの市木が見たら、嫉妬して大変だったよ」

「ほんとー。市木くん、泣いちゃうかも」

「僚って、なんだかんだ市木くんのこと弄んでるよね?」

明日香にまでそんなことを言われて、僚の顔には明らかに「ガーーン」と書いている。その時、僚のスマホが鳴り、画面を見ると噂の市木からだった。


「もしもし......」

『あっ!葉山ー、今どこにいるんだよ?家に行ってもいないし......』

「いま、明日香と木南と深尋と、外でご飯食べてる」

『え⁉ヒドイ!なんで俺を仲間外れにするんだ⁉』

「お前がいつから仲間なんだよ?」

『なに?どうした葉山?なんか冷たい........』

僚は先ほど言われた言葉を思い出し、ついつい冷たく当たってしまったが、市木にはなんら罪はないと思い直し、仕方なくこう言った。

「市木、あと30分もしたら帰るから、それから家に来いよ」

『オッケー。じゃーなー』


その電話のやり取りを見ていた3人は、僚の顔を見て笑っている。

「相思相愛じゃん」

「両想いなのに、素直じゃないよね葉山も」

「わたしの方が妬けちゃうなぁ......」

明日香にそう言われた僚は、テーブルの下で明日香の手をぎゅっと握る。

そして、目で明日香に訴える。

(今夜、覚えておけよ.........)

その僚の目を見て、何かよからぬ気配を感じた明日香は、ぞくっと寒気がした。


それから4人は、これから会う市木のためにキッシュを1ピースお持ち帰りして、帰路についた。

後に、この店がbuddyの行きつけになるのに、そう時間はかからなかった。

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