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【完結】buddy ~絆の物語~  作者: AYANO
大人編
102/112

100.男たちの作戦④

週が明けて、7月30日。

この日、僚、明日香、隼斗の3人は、美里のお見舞いのため病院を訪れていた。

明日から仙台公演のため、また1週間ほど留守にする。その前に、美里に暇つぶしの差し入れをしに来たのだ。

深尋も来たがっていたが、木南とのことが病院内で噂されているので、今回は行かないことにした。竣亮もあまり大勢で行くのも迷惑だからと、遠慮した。


明日香は2回目なので、病室もエレベーターの場所も覚えている。あとは目立たぬように、メガネだけではなく、帽子もかぶってきた。

僚と隼斗はマスクをして、病院を訪れた。

8階でエレベーターを降り、美里の病室へ向かう。

そしてここが最大の山場だ。面会者は、ナースステーションに声を掛けなければならないのだ。

前回は市木たちが一緒だったので、そんなことをしなかったのだが、今回は完全に部外者ばかりだ。

明日香はとにかく、ナースステーションに芽衣がいることを祈った。


しかし、芽衣は席を外しているのか、ナースステーションにおらず、明日香は仕方なく、近くにいる別の看護師に声を掛ける。

「あの....すみません。崎元美里の面会に来たのですが.....」

「ああ、はい。それではこちらに、代表者の方のお名前をフルネームで書いてください」

そう言ってその看護師は、細長いペラペラの紙と鉛筆を渡してきた。

(フルネーム.......)


正直、書きたくなかったが、だからといって今すぐ偽名を思いつくほど器用でもない。仕方ないと諦めて、藤......と書いたところで、

「ホントの名前書くの?」

と声が聞こえてきた。明日香がバッと顔を上げると、ナースステーションのカウンターを挟んだ向かい側に、市木が立っていた。

「市木くっ......」

そこまで声を出して、明日香は両手で口を押える。僚と隼斗も市木に気づき、ナースステーションに近づいてきた。


「明日香ちゃん、こんなの適当でいいんだよ」

「いや、ダメだろ」

「いいの、いいの。葉山明日香って書いちゃえばいいんだよ~」

「ちょっと......!」

そんなやり取りをしていたら、先ほどの看護師が戻ってきて、

「市木先生、何してるんですか」

そう言ってギロッと睨まれた。この人、絶対に逆らったらダメな看護師さんだと、その場にいる全員に緊張が走り、結局明日香は、そのまま自分の名前を書いて渡した。


それから美里の部屋に入ると、やっぱり誠も一緒にいた。

「おお、来たか」

「明日香、葉山くんも、藤堂くんも、忙しいのにありがとうね」

3人が入ってくると、誠と美里が声を掛けてくる。美里の声も、以前より元気そうだった。しかし、相変わらず点滴は外せないようで、ベッド上安静は続いたままだった。

するとそこへ市木も入ってきた。

「なんだよお前、ヒマなのか?」

「だって、葉山も番犬くんも来てるのに、顔を出すに決まってるでしょ~」

「遊んでたら、またさっきの看護師さんに怒られるぞ」

「だいじょ~ぶっ!俺こう見えて優秀だから~」

(それって普通、自分で言わないんじゃ......)

みんなそう思ったが、相手にするだけ疲れるので、そこは無視した。


それからしばらく他愛もない話をしていると、打ち合わせの時間が迫ってきていたので、そろそろ帰ろうという話になった。

明日は朝一で出発なので、誠と美里も当然、1週間は会えなくなる。

「みんな、仙台公演も頑張ってね」

「うん。美里も、無理しないようにね」

「うん大丈夫。この子を守れるのは、わたしだけだから」

そう言って美里は、力強く送り出してくれた。


僚、明日香、隼斗、誠、市木の5人で病室を出ると、目の前のナースステーションからきゃあっと声がする。

(やっぱり駄目だったか......)

もうこうなったら諦めるしかない。しかもここで誠が、ナースステーションにいる芽衣に声を掛ける。

「長瀬!」

それに気づいた芽衣は、急いで5人の元にやってくる。

「ちょっと、目立ち過ぎだよっ!」

「ごめん、もう行くから。明日から、美里のこと頼むな」

「ああ、うんまあ......それは、そうだけど.....」

「芽衣、騒いでごめんね。これから仕事だし、わたしたち行くね」

「長瀬さん、ごめんね。なんかあったら、市木のせいにしていいから」

「おいっ!葉山。俺を売るなっ」

「じゃあな、芽衣。頑張れよ」

そう言って、buddyの4人はエレベーターに乗って行ってしまった。

そのあと芽衣がナースステーションに戻った時、質問攻めに合ったのは言うまでもない。


それから無事、仙台公演も成功し、残すは札幌のみとなった。

5月から始まったツアーも、いよいよファイナルを迎える。

思えばこのライブツアーが始まってから、いろいろあった。

僚、木南、隼斗のプロポーズ、美里の入院など、良いことも大変なこともあったが、みんなで乗り切ってここまでやってきた。

その中でもいま一番緊張しているのは、竣亮だろう。

なにせ相手はあの葉月だ。一筋縄ではいかないのは目に見えている。


しかし竣亮だって、葉月との付き合いはもう5年になる。

葉月のことは知り尽くしているので、入念な作戦を立てていた。


8月10日。今日は葉月の27歳の誕生日だ。

この日buddyの6人は、新曲の振り付け練習のため、いつものGEMSTONEのレッスン室にいた。

10時から始まった練習は、お昼休憩を挟んで15時まで続く。

その後は、buddyの後輩である練習生たちが来るので、それまでには撤収しなければならない。

ちなみにGEMSTONEの練習生オーディションは、buddyのおかげで希望者が年々増えており、入所するだけでも大変な狭き門となっていた。


15時に予定通り練習が終わり、男子更衣室で4人は着替えていた。

「竣亮、今日どうだ?」

「うん.....とりあえずお家でいつも通り、葉月さんの誕生日をお祝いして、それからって思っているよ」

「あのさ、今さらこんなこと聞くのもあれだけど、竣亮と葉月さんって、結婚の話とかってしたことあるの?」

隼斗が、本当に今さらな質問をしてきた。

「僕は、なんとなーく匂わせて言ったつもりだけど、たぶん葉月さんは気づいていないと思う.....」

「ああーーー........」

竣亮の話を聞いて、他の3人も納得する。


葉月には遠回しな言い方よりも、ストレートに言わないと、とたんに話しが嚙み合わなくなってくる。

好きなら好き、嫌いなら嫌い、YESかNO、白か黒をきっちり分ける。そういう言い方、伝え方でないとダメなのだ。

最初は竣亮も「こんなことまで言って、大丈夫かな」と不安だったが、遠慮して言わなかったがために、とんでもない勘違いをしたり、させたりということがあった。

それ以降竣亮も、葉月に対してははっきりとものを言うようになった。


今日の予定はこれで終了なので、そのまま解散となる。

僚、明日香、深尋は同じ車で帰り、誠はそのまま美里の病院へ、隼斗と竣亮も同じ車での帰宅となった。

「隼斗くんはさ、どんなプロポーズしたの?」

中川マネージャーが運転する車の後部座席で、竣亮に尋ねられた隼斗は、飲んでいたペットボトルの水を吹き出しそうになる。

「ゴホッ、ゴホッ.....ど、どんなって....別に普通だよ......」

「例えば、シチュエーションとか、指輪の渡し方とかさ、どうしたのかなぁって。参考までに聞きたいな」

「ぐっ.........」

隼斗は自分のプロポーズが、そんなにロマンチックでもなく、ケンカの延長線上みたいにしたことや、指輪に至っては、渡すことを忘れていて、家に帰って散々体を重ねた後に、寝ている芽衣の指に嵌めたのだ。

まあ、芽衣が起きてそれに気づいたときには喜んでくれたけど、それでも、人に言える内容ではないことくらい隼斗にもわかる。


「俺のは参考にならないから、僚とか木南に聞いたらよかったんだよ。誠もいるし」

「うん。聞いたんだけど、みんなロマンチック過ぎて、葉月さんびっくりしちゃうと思ってさ.....」

(なに⁉ロマンチック⁉あいつら一体どんなプロポーズしたんだ⁉)

隼斗はここにきて、こんなダメ出しを貰うとは思ってもみなかった。

つくづく恋愛下手な自分に嫌気が差す隼斗だった。


竣亮は家に帰りシャワーを済ませた後、早速、葉月の誕生日のための準備をする。

葉月は竣亮が作る料理の中でも一番、オムライスが好きだった。しかも、至って普通の、ケチャップライスを卵で包んだだけの、シンプルなオムライスが大好物だ。竣亮が葉月に作ってあげた初めての料理がオムライスで、それ以降葉月は竣亮の作るオムライスが大好物になった。

なので、誕生日はもちろん、記念日やお祝い事には必ずそのオムライスを作ってあげた。そこに今日は手作りハンバーグをトッピングし、ちょっと豪華にする予定だ。


ケーキは5号サイズの生クリームケーキを用意した。チョコでできたプレートには、『はづきさん、たんじょうびおめでとう』の文字と、27の数字のろうそくをつける。

竣亮は葉月に気づかれないように、毎年と同じように準備して、今日の日を迎えることにした。


夜19時を過ぎて、葉月が帰ってきた。

「ただいまぁ......」

「おかえり、葉月さん」

夏休みに入り、学生の患者が増えたことで、今日も忙しかった葉月は、ここ最近クタクタになって帰ってきていた。

「ご飯もうできるから、先にシャワー浴びておいでよ」

「ありがとう....竣亮くん。そうさせてもらうわ.....」

葉月がシャワーを浴びている間に、竣亮は段取りよく準備していく。


竣亮はおっとりしているが手先が器用で、料理も、大学入学後にマンションで一人暮らしを始めてから、動画などを参考にして独学で身につけていった。

いまではbuddyの男子メンバーの中で1番の料理人になっている。

そしてこの話はファンの間でも有名で、竣亮のファンはこういうところに惹かれて推しているファンも少なくない。

特に、年上のお姉さま方からの支持率は、メンバー内でNo.1だ。


葉月がシャワーを浴びて出てくると、待ってましたとばかりに竣亮がダイニングテーブルにオムライスを持ってくる。

「やだっ!竣亮くん。今日、何かあったかしら?」

「何かって、葉月さんやっぱり忘れてた。今日は葉月さんの誕生日でしょ?」

竣亮はこうなることをある程度予想していた。

毎年夏休みの時期になると、仕事が忙しく、葉月は自分の誕生日を忘れがちなのだ。だから、今日もそんなことを言われるのは、想定内だった。


「わたしってば、すっかり忘れてたわ......」

「ふふっ、葉月さんが忘れてても、僕が覚えているから大丈夫」

それから2人で、オムライスというご馳走を食べる。

どんな料理よりも、このシンプルなオムライスが、2人にとっては何よりもご馳走なのだ。

「竣亮くん、オムライスが美味しいのはもちろんだけど、このハンバーグも肉汁たっぷりでジューシーで美味しいわ」

「ありがと。喜んでもらえて良かった」

「わたしもお料理を勉強して、竣亮くんに美味しいものを食べさせてあげたいけど、いかんせんその才能がなさ過ぎて、恥ずかしいわ......」


葉月はいまだに、自分の料理の腕前が上がらないことに、後ろめたさを感じているが、竣亮は作ってあげるのが好きなので、全く苦にならない。

逆に、ツアーなどで全国各地を飛び回っている間の葉月の食事が心配過ぎるくらいだ。

「いつも言ってるけど、葉月さんは葉月さんのままでいいよ。葉月さんの胃袋は、僕だけが掴んでいるんだから」

竣亮にそう言われて見つめられた葉月は、恥ずかしくてつい目を逸らす。

「も、もうっ、あなたはホントに、わたしのことを甘やかし過ぎだわ」

「だって、甘やかしたいし、甘えてほしいから、そうするんだよ。迷惑だった?」

「め、め、迷惑......ではないわ......」

「ふふっ、よかった。じゃあ、これからも続行ね」

こうして今日も、竣亮にまんまと言いくるめられる。


食事を終えた2人はソファーへ移動し、そこでケーキを食べながら、飲みやすいと僚におススメされたワインを飲む。

竣亮は普段あまりお酒を飲まない。でも、得意ではないだけで、弱いというほどでもなかった。

しかし葉月は竣亮よりも、いや、よく集まるあの11人の中で一番お酒が弱く、グラス1杯のワインで十分なくらいだ。

「葉月さん、無理して飲まなくてもいいからね」

「大丈夫よ。わたし、大人だもの」

「飲み過ぎるのと、大人であることと、あまり関係ないと思うんだけど....」

「それにわたし、いま、とっても頭が冴え渡っているの。意識もしっかりしているわよ」

それを聞いて竣亮は、葉月に1つ提案をする。

「そこまで言うなら、簡単なゲームをしようか」

「ゲーム?」


ルールはいたってシンプル。竣亮の質問に、葉月が「はい」か「いいえ」で答えるというもの。

「なんだ、簡単じゃない。はいか、いいえの2択なんだから。それに、わたしが答えられることなんでしょう?」

「そうだよ。答えは僕も葉月さんもわかることだから、間違った時点で、葉月さんはアウトね」

「わたしが全問正解したら、どうするの?」

「僕からプレゼントをあげるよ。もし、葉月さんが負けたら、逆に僕にプレゼントを渡すこと」

「いいわっ!やりましょうっ!」

葉月はそう言うと、グラスに入っているワインをグビッと一口飲む。

そして2人で向かい合って座り、ゲームが始まった。


「あなたの名前は、河野葉月ですか」

「はい」

「あなたは今日誕生日ですか」

「はい」

「あなたは今日で27歳になりましたか」

「はい」

「あなたの好きな食べ物はオムライスですか」

「はい」

「あなたはbuddyのファンですか」

「はい」

「buddyの曲の中で一番好きなのは、さよならいつかですか」

「はい」

「あなたはbuddyの中でも国分竣亮のファンですか」

「はい」

「国分竣亮とは大学時代に知り合いましたか」

「はい」

「あなたの彼氏は、その国分竣亮ですか」

「はい」



「結婚してくれますか」

「はい。.................はい?」


葉月は少し酔っぱらっていて、トロンとなっていた目をカッと開けて、目の前にいる竣亮を見る。

すると竣亮は、葉月を見つめていつもの小悪魔的笑顔を見せてきた。

「竣亮くん、いまなんて.........」

「葉月さん、見事全問正解したから、僕からのプレゼント」

それから竣亮は、ポケットに忍ばせていた小さな箱を出し、葉月に向けてその中身を見せる。


「あ、あ、あの.......これって.........」

「もらってくれる?」

「..........わたし....に?」

「そう。葉月さん以外いないよ?」

「あのっ......えーっと.....その.......これってまさか......」

「婚約指輪だよ。葉月さん、結婚してくれるって言ったでしょ?」

「で、でもっ、それはゲームでっ.....」

「ゲームでも、質問内容は全部本当のことだったし、嘘はないよ。葉月さんも、はいって答えてくれた」

「も、もし、いいえって言ったらどうするの?」

「それだと、不正解で葉月さんの負け。僕が葉月さんのこれからの人生を全部貰うよ。ちゃんと責任を持つから大丈夫」

悪びれもせずそう言う竣亮に、葉月は放心状態になった。

結局、最後の質問で「はい」と言っても、「いいえ」と言っても、結果は同じだ。


「葉月さん、僕と結婚したら、毎年誕生日にオムライスを作ってあげるよ。誕生日だけじゃない、結婚記念日にも。だから僕と結婚してくれませんか」

「..........竣亮くん、あなたこんなにズルい人だったの......?」

葉月は困った顔をして、竣亮に尋ねる。

それを見て竣亮は、一度大きく深呼吸して答える。

「だって葉月さん、ストレートに言っても断りそうだったから.......ねぇ葉月さん、ダメ?僕と結婚してくれないの?僕は葉月さんと結婚したい」

「!!!!!」

今度は子犬のような顔で甘えてくる竣亮に、葉月の顔もますます赤くなる。

「ねぇ、葉月さん。お返事は?」

葉月は少し考えて、そして赤い顔で小さく、

「.........はい」

と答えた。

葉月の胃袋をがっつり掴んでいた竣亮の完全な作戦勝ちだった。


5月から始まった4人の男のプロポーズ作戦は、全員大成功で終わった。

そして、そのあとのツアーファイナルの札幌公演も大成功を収め、ツアー全体の観客動員数は25万人以上となっていた。

来年のデビュー10周年の5大ドームツアーも早々に発表され、今回以上の動員数を記録することに弾みをつけた。


気づけばもう10月になっていた。

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