99. 男たちの作戦③
7月24日夜。
僚と明日香の家に、隼斗が来ていた。
「なんで、深尋と木南が来たんだ?」
隼斗は、僚と明日香に相談があると言って2人の家に来たのに、なぜかこの色ボケカップル(←失礼)が後から乱入してきた。
「なんでって、隼斗が悩んでるって言ってたから.....ねぇ?深尋ちゃん」
「そうだよー隼斗。芽衣ちゃんにプロポーズするの、明日でしょー?」
「だぁーーーーっ!それを言うなぁーーーーっ!」
「やかましいっ」
大声を出す隼斗に、僚がビシッと言う。
「なによ隼斗、頑張るって言ったでしょ?怖気づいたの?」
明日香に煽るように言われた隼斗は、何も言えなくなり「ゔっ....」となる。
「だってよぉ......プロポーズって、どんな風に、どんな言葉を言えばいいんだ⁉僚も木南も、自分で考えたのか⁉考えれば考えるほど、わからん.....」
素直にいまの気持ちを吐露した隼斗に、深尋が容赦ない言葉をお見舞いする。
「隼斗って.....恋愛に関してはホント、ポンコツだね」
ドスッ。隼斗の小さな心臓に、矢が刺された。
「そうだな.....女心がわからないのは、昔からだしな」
グサッ。今度は脳天に命中した。
「モテるくせに、そんなんだから長続きしないのよ」
ズバッ。全身を切られた。隼斗のHPはゼロになった。
「お前たち.....ひどい.....」
隼斗はもう涙目だ。
言われなくてもそんなことわかってる。自分が、恋愛下手だってことくらい。
明日香や深尋が、失恋したり片思いで悩んでいる時は、人のことだからアドバイスが出来た。でも、いざ自分のこととなると、どうしていいかわからなくなる。女に対して潔癖だった僚でさえ、明日香に対しての愛情表現はストレートで、スマートなものだ。
誠も竣亮も、それと同じものがある。
でも俺は、芽衣に愛を囁くとかほとんどしたことないし、一緒に暮らし始めてからは、外でデートなんかしたことがない。
それなのにプロポーズだなんて、やっぱり俺にはハードルが高すぎたんだ....
そんなことを思っていると、木南からアドバイスをもらった。
「隼斗はさ、特別なことをしようと考えすぎじゃないかな。確かに、プロポーズっていう行為は特別なものだけど、どうしてプロポーズしたいのかって考えると、芽衣ちゃんとこの先もずっと一緒にいたいからでしょ?だったら、それを自然に、素直に伝えるだけでもいいんじゃないかな。隼斗の伝え方と、芽衣ちゃんに対する気持ちの問題だよ」
木南にそう言われた隼斗は、今日やっと救われた気がした。
「ふおおお......ありがとう木南.....いや、木南先生!そっか、俺は変なところにこだわりすぎてたんだな。それがわかっただけで、気持ちが楽になったよ」
「それはよかった。それにさ、もうすぐ恋愛マスターが来るから、教えを伝授してもらったらいいんじゃないかな?」
(......ん?恋愛マスター?)
木南の言葉に全員で首を傾げていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
明日香がモニターを見ると、そこに立っていたのは、恋愛マスターこと市木颯太だった。
「やぁやぁみんな、お待たせ~」
「誰も待ってねーよ」
「番犬くんってば、素直じゃないんだから」
「彼女もいない奴のアドバイスなんか聞けるかっ」
「ひどっ!番犬くん知らないの?俺いま、第7次モテ期到来中なんだよ?」
「どーでもいいっ!」
隼斗と市木の口喧嘩が始まると、他の4人はワイン片手に違う話をし始める。こういうところは、何年たっても変わらない。
「市木くん、いまモテ期なのー?」
2人の口喧嘩に飽きた深尋が、市木に聞いてみる。
「そうだよ~。木南が脱落したから、俺の独壇場なんだよ~」
「そうなの?光太郎くん」
「僕はよくわからないけど.....言われてみればここ2~3日、静かに仕事が出来ているよ」
その話を聞いて、隼斗も思い出したと言って、話に加わる。
「芽衣が言ってたけど、病院内で木南の彼女が、buddyの新井深尋だって出回ってるらしいぞ。お前たち何したんだ?」
そんなこと心当たりは1つしかない。明日香が、美里のお見舞いに行った時のことを話す。
「市木くんが釘を刺してくれたんだけどね.....」
「まあ、人の口に戸は立てられないからね~。数日持てばいいかと思ったけど、数日も持たなかったね」
はははっと市木は笑っている。
「まあ、僕の周りもずっとうるさかったし、ちょうど良かったよ」
芽衣の言う通り、本当に木南は清々したというような口ぶりだ。
「でもさ、番犬くん。明日そんなんで、ホントに大丈夫?」
今日ここに来た本来の目的を思い出した隼斗は、また急に落ち込む。
「みんな.....もし断られたら、慰めてくれよな」
「なんだよ隼斗、自信ないのか?」
僚に図星を言われてしまった隼斗は、一生懸命反論する。
「俺はっ.....お前たちみたいに、人前で.....イチャイチャしないし、簡単に...好きっ....とかも言わないから、恥ずかしいし....そういうの....慣れてないんだよ.....」
耳まで真っ赤にして、腕で口元を隠しながら、隼斗はみんなの前で自分の気持ちをさらけ出す。
それを見て市木がまたふざける。
「やだ、番犬くん。かわいいっ」
「黙れ市木」
「隼斗、たぶん今のその顔でプロポーズしたら、OK貰えると思うよ」
「小学校3年以来だなぁ、隼斗のこと可愛いって思ったの」
「そんな顔出来たんだな、隼斗」
「なんか、隼斗じゃないみたーい」
結局この日、プロポーズのことをなんにも解決できないまま、隼斗は25日を迎えてしまった。
25日、当日。
buddyの6人は、雑誌の取材、新曲の打ち合わせなど、朝から仕事をこなしていた。来週からは仙台へ移動し、ライブのリハーサルが始まる。
そして、隼斗以外にもドキドキしている人がもう一人いた。
「いいか、隼斗。今日の結果をちゃんと教えてくれよ?」
「わかってるよ元木さん。なんで俺より緊張してんだ?」
「だって、緊張せずにいられないじゃないかっ!人生の大きな節目だぞ」
「まったく、心臓が持たんっていうから、日にちを教えたのに、教えたら教えたで、こうなるのか.....元木さんって、案外めんどくさい男なんだな」
一回り以上も年下の男に、めんどくさい認定を貰ってしまった元木だが、自分でもそう思うので、反論はしない。
そして午後15時には今日のスケジュールを全て消化したので、家が近い竣亮と帰ることにした。
「隼斗くん、今日頑張ってね」
「お、おう.....竣亮に繋げるためにも、頑張らないとな....」
そう言う隼斗に対し、竣亮は「そうじゃない」と言う。
「僕のためにとかじゃなくて、長瀬さんのために、いまの隼斗くんの気持ちを伝えたらいいんだよ。長瀬さんならきっと、隼斗くんのことをわかってくれるから......」
竣亮にそう言われて、隼斗も幾分、気持ちが落ち着いてきた。
「ありがとな、竣亮」
その隼斗を見て、竣亮も静かに笑顔を返してくれた。
隼斗は家に帰ると、シャワーを浴びて身綺麗にし、白の半袖Tシャツ、黒のチノパンに、5分袖のブルーのカーディガンを羽織り、黒のキャップをかぶって、芽衣の勤務時間が終わるのに合わせ、病院へ向かった。
ちなみに芽衣は、今日、隼斗が病院に来ることを知らない。
そもそも、隼斗がこうして芽衣を迎えに病院に来たことなど、いままで1度もない。
だから芽衣は、まさか隼斗がいるなどとは思ってもいなかった。
午後17時半を過ぎた頃、隼斗は病院の正門前に立って、芽衣が出てくるのを待っていた。
病院の中からは、仕事を終えた多くの職員が次々と病院から出て、帰宅していくが、芽衣の姿は一向に出てこない。
(残業か......?)
そう思った時、病院の中から芽衣が出てきたのが見えた。
(うわーーーっ来た......びっくりするかな?あいつ.......)
芽衣が正門に徐々に近づいて来るのを見て、もう少ししたら声を掛けようと思ったその時、
「長瀬さん!お疲れっ」
と、自分たちと同じくらいの男が、芽衣に話しかけてきた。
それを見て芽衣も、
「ああ、山下くん、お疲れ」
と言って、2人で並んで歩いてくる。
知らない人が見れば、カップルにしか見えないほどだ。
隼斗はいままで、芽衣が自分の知らない男と、親しげに話しているところを見たことがなかったので、何気にショックを受けた。
(何だ、あいつ......なんであんなに馴れ馴れしくしているんだ⁉)
隼斗に見られていることにも気づかず、芽衣は山下と楽しそうにおしゃべりしている。
そして、門まであと3メートルというところで芽衣は、黒いキャップをかぶった、背の高い男がこちらを向いて立っていることに気づく。
キャップのせいで顔はよく見えなかったが、芽衣はその立ち姿でそれがすぐに誰かがわかった。
「隼斗くん......?」
芽衣に名前を呼ばれた隼斗は、芽衣のそばに近づいて、
「芽衣、行くぞ」
その一言だけ言って、芽衣の左手を掴み、山下という男から芽衣を引き離すように連れていく。
「隼斗くんっ......ねぇっ!待って、隼斗くんっ!」
隼斗は芽衣の手を掴んだまま、病院の隣にある大きな公園の中へと入っていく。ジョギングしている人や、学校帰りの高校生などとすれ違いながら、公園の中にある小さな池までやってきた。
そばには大きな樫の木が存在感を見せつけるように立っており、青々とした葉をこれでもかと茂らせていた。
「隼斗くんっ!痛いっ!」
芽衣のその言葉でハッとなった隼斗は、慌ててその手を離す。
「............ごめん」
男といる芽衣を見て、感情的になって強引に引っ張ってしまったことを、隼斗は後悔した。
あれだけみんなに言われたのに、言いたいセリフが全く出てこない。
最初からやり直したい気分になった。
何も言わない隼斗に対して、芽衣は思い切って聞いてみる。
「隼斗くん、なんで怒ってるの?わたし、何かした?」
「...............」
隼斗が何も言わなければ、芽衣にも全くわからない。
朝、顔を合わせた時は、いつもとなにも変わらない様子だったのに、なぜこんなにも不機嫌なのか。こんなこと今までなかったのに......
芽衣は思わず、はぁ.....とため息が出る。
「........なにも言わないなら、わたし行くね」
芽衣はそう言って、来た道を戻ろうとすると、後ろからまた腕を掴まれる。
「待って、芽衣。話が.......」
「話ってなに⁉突然病院に来たと思ったら怒ってるし、なんで怒ってるのかも言ってくれないし、話なら家でもできるじゃないっ‼」
芽衣を怒らせてしまった隼斗は、このあと何を言えばいいのかわからなくなり、頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。
すると、芽衣の口から思いもよらないことを言われる。
「.......わかった、隼斗くん。別れ話でもしに来たんでしょ?家じゃ話しにくいと思って、ここまで来たんでしょ?」
「ち、違う......!」
「じゃあ、なんで怒ってるの⁉言ってくれなきゃわかんないよ.....もう、好きじゃないなら、はっきり言ってよ......」
芽衣はとうとう泣き出してしまった。両手で顔を覆い、ぐすっ、ぐすっと嗚咽する。
こんなはずじゃなかったのに......隼斗は何度もそう思った。それでも、この状況を打破するには、自分が勇気を出さなければならなかった。
隼斗は泣いている芽衣を、そっと抱きしめた。
時刻は真夏の夕方18時。まだまだ外は明るいが、そばにある樫の木がうまく2人を隠してくれている。
「ごめん......芽衣.......」
「.......謝らないで。こんな....風に.......優しく....しないで.......」
自分がフラれると思っている芽衣は、隼斗の腕の中から抜け出そうと、両手で隼斗の身体を突っぱねようとする。
しかし、普段から鍛えている隼斗はびくともしない。突っぱねるどころか、ますます芽衣を強く抱きしめる。
「芽衣......違うんだ。俺......嫉妬したんだ......だから、ついあんな風にして......情けない男で.....ごめん......」
隼斗は、恥ずかしいのと情けないのを覚悟して、正直に打ち明ける。
「嫉妬.......?そんなの、いつしたの.......?」
全然心当たりのない芽衣は、隼斗がいつ嫉妬したのかわからなかった。
「さっき、病院から出てきたとき、男に声をかけられてただろ.......」
「..........ああ、山下くん?」
芽衣が男の名前を呼んだことに、隼斗は体がピクッと反応する。
「彼は、ただの同期だよ?それ以外にはなにも......」
「それでもっ!........それでもイヤだったんだ.......俺の全く知らない男と話しているのが.......」
隼斗は、自分で言ってて本当に情けなくなってきた。
「葉山くんや、崎元くん、国分くん、市木くんに木南くんも、よくしゃべるよ?それはいいの?」
「.......あいつらは、俺とも友達だし、信用してる。市木はアレだけど......」
「じゃあ、わたしのことを嫌いになったわけじゃないんだね?」
「.........うん」
「じゃあ、どう思ってるの?」
芽衣は今日の隼斗の態度に対して、ちょっと意地悪しようと思い、わざと聞いてみた。隼斗がそんなことを言うはずがないと思っていたからだ。
だけど、今日の隼斗は違う。だって、覚悟を決めてきていたから。
「俺は........芽衣が......好きだ。だから.........結婚.....してほしい.....」
「........え?」
最後の言葉がよく理解できず、芽衣は思わず隼斗の顔を見上げる。
するとその顔は、見たことないくらいに赤くなっており、恥ずかしさのためか若干涙目になっていた。
「隼斗くん......いま、なんて......」
「だからっ、俺と結婚してほしいって言ったんだっ!」
そう言うと、今度は隼斗が両手で顔を覆い、芽衣に見られないように隠した。
「誰と.....誰が......?」
「俺と芽衣だよっ」
「なんで......?」
「好きだからって、言っただろっ!何度も言わせるなっ」
ムードも何もない、ただの公園の、きれいでもない池の前でのプロポーズ。
それでも芽衣は、隼斗の必死で真っ赤になっている顔見たら、そんなことどうでもいいと思った。
自分が愛した人の口から出た言葉なら、そんなこと小さいことに過ぎない。
「隼斗くん、わたしと結婚したいの?」
芽衣にそう言われて、隼斗は「コイツ.....!」と思ったが、芽衣の顔を見ると、そんなこと言えなくなる。
仕方ないので、首を縦に振って返事をする。
すると芽衣は、隼斗の大きな背中に腕を回し、思いっきり背伸びして、隼斗の耳元で囁く。
「いいよ。結婚しよ.....」
その返事をもらった瞬間、隼斗は全身鳥肌が立つような感覚に襲われ、気が付けばまた芽衣を思いっきり抱きしめた。
それからタクシーで家に帰り、部屋に入った瞬間、隼斗は芽衣の服を脱がせた。唇だけではなく、体中にキスをしながら芽衣をベッドに押し倒す。
その後は、隼斗も芽衣もお互い夢中で求め合い、何度も何度も深いところで繋がり、一緒に果てていった。
目を覚ますと、隼斗に背を向けて芽衣は寝息を立てていた。
隼斗は自分が脱ぎ捨てたカーディガンを拾いポケットから、スマホを取ろうとすると、スマホ以外にも別の重さを感じた。
それをポケットから出して、初めて、隼斗はその存在に気づいた。
「ヤバイ......忘れてた.......」
どうしようと考えていると、芽衣の左手が目に入る。
隼斗はその忘れ物を、芽衣の左の薬指にそっとはめた。
時刻はもう22時をまわっていた。
ご飯も食べず、家に入ってすぐ行為に及んだせいで、少しお腹が空いていた。しかも立て続けに3回もしたので、余計に空腹感と疲労感を感じた。
でもいまは、芽衣のそばにいたい気持ちが強く、隼斗はまた、そのまま芽衣を後ろから抱きしめるようにして横になる。
そして芽衣を抱きしめながら、竣亮にメールを打った。
「OK貰ったぞ。竣亮もがんばれ」
元木さんには.......明日でいっか。
こうして隼斗の不器用でめちゃくちゃなプロポーズは、何とか成功した。




