9. ボイスレッスン
ボイスレッスン室のある4階は、ダンスレッスン室がある3階とは雰囲気ががらりと変わり、ボイスレッスン室が3部屋とレコーディングスタジオが1フロアに纏められている。今回一行は、そのなかの1室に案内された。
案内された部屋の中に入ると、グランドピアノやキーボードなどがあり、ピアノの前には女性が3人立っていた。
「お疲れ様。今日はお邪魔するね」
元木がその女性たちに向かって声を掛ける。
「あっ元木さーん。久しぶりー」
「その子たちが、元木さんのお気に入りの子たち?」
「君らかっこいいねー。女の子はかわいい」
部屋に入るなり、きれいなお姉さんたちに口々に言われ、男の子たちが内心ドキドキしていたのを明日香と深尋は知らない。
「そう、僕の大事な子たちだよ。みんな、彼女たちはね半年前にデビューしたグループで、今度ドラマの主題歌を歌うんだよ」
元木が彼女たちのことを簡単に紹介する。
「すごーい。早く見てみたーい」
深尋はまたしても興味津々だ。
「そういえば透子先生は? 約束の時間なんだけどな」
「あーさっき桜木さんに呼ばれて出て行っちゃった」
その名前を聞いて、藤堂姉弟の母がピョンっと飛び跳ねる。
「さ、桜木って、桜木翔太さんのことですか・・・?」
母は勇気を出して聞いてみる。
「そうですよ。そういえば、お母様は桜木翔太のファンだとお伺いしました」
「は、はい! ファンクラブにも入っているんですー」
本人が今いるわけでもないのになぜか声が上ずっている。
「それじゃあ、あとで会えるかどうか、桜木に聞いてみましょう」
「ほんとですか⁉ 元木さん!」
「ははっ、あまり期待しないでくださいね」
「ありがとうございます!! 明日香、隼斗ありがとう!」
母はなぜか2人に礼を言うと、後ろからぎゅっと抱きしめる。
今この部屋で一番興奮しているのは間違いなく、藤堂母であろう。
「も~・・・お母さん恥ずかしいからヤメて・・・」
明日香と隼斗は、興奮している母親が恥ずかしすぎて、他人の振りをしようかと考える。
そんな中、ガチャっとレッスン室のドアが開くと、頭の上で手を振りながら1人の女性が入ってきた。
「あー元木くん、ごめんごめん。待たせてしまってー」
気安い雰囲気で入ってきたその女性は、長いロングヘアを頭の高い位置からポニーテールに結び、銀縁の眼鏡をかけていて、年齢は30代中盤くらいに見える。
その存在感は圧倒的で、ダンス講師のダン先生とはまた違うカリスマ性を秘めていた。
「透子先生、お忙しいのにすいません」
「いやいや、彼女らのレッスンがあるって言っているのに、翔太がうるさくてさ」
元木に透子先生といわれた女性は、子供たちを見る。
「あ、この子たちです。僕が見つけた子」
透子先生は、元木がそう言っているのを聞いているのか、いないのかわからない様子でだんだんと子供たちへ近づいていく。
6人は透子先生が放つ独特のオーラと雰囲気に、すっかり固まってしまった。
透子先生は全員の顔を見ながら尋ねる。
「君たち何年生?」
「・・・・・・全員5年生です」
僚が恐る恐る答えた。
すると、透子先生はくるっと元木を見て捲し立てるように言い放つ。
「男の子たちはこれから変声期を迎えるだろうから、注意してみてあげないとだめだね。それに気づかずに同じようなボイトレをすると、喉を傷めて台無しになってしまう」
「わかっています。僕が責任をもって面倒を見ます」
「それと、腹筋運動は絶対欠かさないこと。喉を長持ちさせたいなら、今からやっておきたいね」
「はい、それも承知しています」
「フッ・・・まあ、元木くんがいたら問題ないか」
元木の答えに満足した透子先生は、待ちぼうけを食らっていた3人の女性がいるグランドピアノに座った。
それから透子先生がピアノを弾いてのボイストレーニングが始まった。
1人ずつの声出しから始まり、高音域、低音域を使い分けての声出しなど、基礎訓練となるものを一通り行っていく。
「たとえ歌手としてデビューしても、このようなボイストレーニングは必要なんだよ」
「そうなんですね。歌手とかって、デビューしたらこういうのはやらないと思っていました」
僚が素直に元木に答える。
「まぁ、なかにはそういう人もいるかもしれない。けど、プロとしてデビューしたなら、そのクオリティを維持するためにも欠かせないことだよ」
「クオリティってなーに?」
「うーん、歌手でいうと歌の上手さかな。いくら歌がうまくても、練習をしなければ下手になるでしょう? だから、プロになっても練習はしないとね」
元木がみんなにもわかりやすく説明してくれる。
すると今度はピアノの曲調がガラッと変わり、POPな曲調になった。
「きみたちー! この曲はね彼女たちのデビュー曲よー! 手拍子してねー」
透子先生がそういうと、3人組の女性たちも手拍子をして盛り上がる。
それにつられて、子供たちも付き添いの母たちも手拍子でリズムをとる。
音はピアノだけなのに、3人組の女性はとても楽しそうに歌う。
3人とも体の線は細いのに、出てくる声量にはとても迫力がある。しかも、サビのパートではきれいにハモっており、生の歌声の力強さを感じた。6人は見ているだけでも、自分たちも楽しい気持ちになっていた。
(さっきとおんなじだ。ドキドキする!)
(私もこんな風に歌えるのかな・・・)
(楽しそう!!)
先ほどのダンスレッスンと同様に、6人の目は輝き、胸は高鳴っていた。
こうしてボイストレーニングの見学も、無事に終える。
そのあと藤堂母は、桜木翔太と握手することができ、ちゃっかりサインまでもらっていた。その様子を子供たちに生温かい目で見られていたことには気づいていない。




