プロローグ
「はぁ・・・原石を探してこいだなんて、無茶苦茶だよ・・・」
梅雨が明け、燃えるような暑い夏の日。時刻は夕方5時になろうとしているのに、太陽の熱は冷めるどころか熱くなる一方だ。少しでも涼しくなりたいと風見川の近くに来たが、気休めにもならない。
風見市を流れる風見川は、隣市にまたがるように流れる1級河川で、川を下った先は海へと続いている。海に面して海浜公園などもあり、夏は海水浴客で賑わう場所となっていた。
元木浩輔が父親の経営する芸能事務所に入社したのは、3年前の24歳の時。
大学卒業後、大手の商社に就職したが、人間関係(特に女性がらみ)でうまくいかず退職。
別にそこら中の女性に手を出したわけではない。ただ、イタリア人の祖父をもつクウォーターのくっきりとした顔立ちと、身長183㎝のモデル並みの容姿のためか本人の意図しないトラブルが巻き起こり、それに嫌気が差して退職することになったのだ。
また、大学時代からその容姿のため街中でスカウトされることが度々あり、芸能事務所の関係者になれば、スカウトを断ることも今より簡単だろうと算段したことは秘密だ。
しかし、これまでスカウトされることはあっても、自分がスカウトをするとなると別である。社長である父親からは、
「GEMSTONEの名の通り、将来のダイヤの原石となる人材を見つけてこい。それがお前が為さなければならない仕事だ」
と、半強制的に言いつけられた。
(原石がコロコロ転がっている訳ないじゃないか)
暑さも相まって、愚痴しか思い浮かばない。そのためこうして時々、他の仕事の合間を縫っては各地方へ赴き、原石探しに明け暮れていた。
今日、あてもなく風見市へとやってきた元木は、河川敷の土手にある遊歩道を汗をぬぐいながら歩いていた。
風見川の河川敷はとても広く、芝生できれいに整備されていることもあり、近所の小中学生が放課後に遊ぶ定番スポットとなっている。
(ふぅ・・・・・・歩き疲れたな)
元木は遊歩道に設置してあるベンチに今朝買った週刊誌を置き、その上に腰かけた。直に座るとお尻を火傷してしまうからだ。持っていたペットボトルのミネラルウォーターを一気に飲み干して視線を正面に戻すと、この暑いなか河川敷で遊ぶ子供たちや家族連れが目に入った。
子どもたちが遊んでいる様子を、土手の上から元木はじっと観察する。
(磨けば光る原石か。父さんは「見ればわかる」なんて言っていたけど、見
ただけで何がわかるっていうんだ? そもそも俺にわかるのか?)
などと自問自答しながら、ただただ遊んでいる子供たちを観察していた。
平日の夕方に子供たちを観察する。一見不審者のように見えるが、そう思わせない容姿をしているのが元木の強みでもあった。
しばらく見ていると、視界の左側からゴム製のボールがポーンと飛んでくるのが目に入る。
「うわ! 竣! どこに投げてんだよ!」
「ごめーん僚くん!」
その声に何の気なしに振り向いた元木は、全身に電気が走るような、はたまた雷が頭に落ちたような衝撃を受けた。
元木の視線の先には、ドッジボールをしている小学校高学年と思われる子供がいる。男の子4人、女の子2人。6人が3人ずつに分かれてボールを投げあっていた。
「よっしゃー! 明日香アウト!」
「隼斗! 姉に対して手加減とかないわけ⁉」
「へっ、勝負に姉弟なんかカンケーねーよ」
「また始まったよ双子戦争。仲いいなお前ら」
「「良くない!!」」
「あははははは! 藤堂姉弟ハモってるしー」
「ほら、よそ見していると当てるぞ隼斗」
「わーー! 誠っ! やめろーー!」
小学生らしく小競り合いをしながらも楽しそうに遊ぶ6人。
その6人から元木は目を離せなかった。いや、離せずにいた。
(なんだ? あの子たちは。俺の目がおかしいのか? ずっとキラキラ光って見える・・・・・・)
ドッジボールをしている6人は、他からは普通の小学生に見えるだろう。しかし、元木の目にはそうではない。
子供ながらもどこか大人っぽさを感じさせる雰囲気。目鼻立ちはくっきりしており、手足もスラっと長くスタイルもいい。男の子たちはこれから変声期を迎えるのだろうか、まだまだ高音ボイスだ。女の子の声もかわいらしい。そんな子供がこの場に6人もいる。
(父さんが言ってた「見ればわかる」って、こういうことか)
半信半疑どころかほとんど諦めていたスカウト活動に、やっと結果に結びつきそうな人材を見つけたと思った元木は、頭で考えるよりも早く、体が6人の子供たちに向かって飛び出していた。
急いで土手の階段を駆け下り、息を切らしながらカバンから取り出した名刺を1人の男の子に差し出す。
「ねぇ君たち、僕こういう者なんだけど、ダンスとか歌に興味ないかな?」
これがのちに芸能事務所GEMSTONEからデビューする、ダンス&ボーカルグループ「buddy」となるのはもう少し先の話―――