花と迷いの帰り道
まだまだ暑い季節、
美しき藍色の夕闇時に女性が一人、歩いていた。
何時もより騒々しい蝉の音が耳に触る中、
彼女は黙々と歩いてた。
年のころは三十代だろうか?異国風のその顔はやや幼い印象を見る者に与える。
肩までのシャギーカットされた髪、少しうねってるそれは日に透けている部分が明るい茶色にも見える。
この国特有の黒に近い焦げ茶色の髪は暑さ故か、彼女の濃い肌色の肌に張り付いている。
少し切れ長な瞳は髪と同じ色、だがその瞳は潤んでいて、周りは仄かに赤い。
……泣いていたのだろうか?
きっとそうだろう、なぜなら彼女がさっきまでいた場所は墓地なのだから。
町はずれにぽつん、とあるその墓地は、
まるで故人たちを守るように糸杉の木が囲んでいる。
そしてその中央には、小さな教会。
おそらく最近天に召されたのだろう。
彼女の纏う黒の総レースのワンピースがまだ喪中であることを物語っている。
墓地の門を閉めると、耳障りな錆びた音。
それに驚いたのか、教会の屋根にとまっていたカラスたちが一斉に飛び立った。
同時に、軒下にいた二羽の蝙蝠と蛇が、彼女の後を追うように飛び立った。
黒く、長い女性の影。
こつり、こつり、と靴音のみが聞こえる。
さっきまで聞こえていたセミの音は、不自然にとまった。
さあ……と、そよ風が吹き、彼女は立ち止まる。
その視線の先にはマリーゴールド。
この時期によく咲いている尊きお方を象徴する花、
そして同時に、絶望と悲しみの象徴である花だ。
しゃがみこんだ後、そ……と、花に触れ、
無慈悲に握りつぶした。
瞬間、潰れた花から黒い液体が滴り落ち、世界は暗くなる。
だがその異常に気づいていないのか。
彼女は微動だにしない。
『かなしい?』
少し幼い声。
聞こえたのは彼女の背後から。
姿も、形もすべて黒く塗りつぶされたようなソレ。
輪郭すらわからない。
ソレは聞き続ける、目の部分から黒い液体を涙のように流しながら。
『かなしい?』
と。
女性は答えない。
聞こえていないのだろうか?
否。
聞こえてるのだろう、ただ無視しているだけで。
『もういちど。あいたい?』
その問いかけに、彼女の体が強張る。
だが無視し続けている。
まるで聞こえないように。
『これは ぎふと。 ひだりみみ に かざってあげる。
どう つかうか は あなた が きめて。』
そう言って、ソレは彼女の左耳に黄色い彼岸花を挿して、
そよ風と共にきえた。
世界は依然として暗い、
無言で立ち上がった彼女はまた歩き始めた。
頻りに耳元の彼岸花に触れながら。
右手にもいつの間にか持っていた白い彼岸花も握りしめながら。
蝙蝠が二羽、彼女の後ろを追いかけるように飛んでいる。
こつん、とつま先に小石が当たった。
ころころころ……と、転がるそれを目で追う彼女。
なんとなしに追いかけた先にあったのはカレンデュラの花。
神に恋い焦がれた少年の花。
おそらく花言葉を思い出したのだろう、涙ぐんだ彼女は、
その花を踏み潰した。
瞬間、潰れた花から赤黒い液体が漏れ出て、雨雲が集まり、小雨が降り始める。
空を仰ぐ彼女、
その頬に流れるは雨粒か涙か。
『サミシイ の?』
少しぎこちない声。
聞こえたのは彼女の左側から。
ソレは先ほどと同じ、
違うのは靄みたいな形状になったこと。
ソレはもう一度問いかける、口から涎のように赤黒い液体を垂らしながら。
『サミシイ の?』
と。
またもや女性は答えない。
ただただ空を仰ぎ見る。
『モウ いちど。アイタイ?』
その問いかけに、口を開きかける彼女。
だけどはっとして口を閉じる。
『コレ は ギフト。ひだりむね 二 かざって アゲル。
こころ シテ つかえ。』
そう言ってソレは彼女の左胸に黒百合の花を挿して、
雨が一瞬強くなった隙に消えた。
雨はまだ止まず、世界は暗い。
ゆらり、と本来の道へと戻り、歩みを進める。
時折、胸元の百合に触れながら。
右手にいつの間にか増えていた白百合をより一層強く握りしめながら。
蛇が一体、彼女を追い越そうと地を這った。
歩み続ける彼女、道の先には町の大教会。
神の御許へと旅立った聖母を祀るそこ。
ふらり、とそこへと立ち寄ろうとした彼女。
近づくにつれ、扉前の階段に違和感が。
そこにはスカビオサの花。
目障りなそれを
強引に引き抜いた。
瞬間、壮大な石作りの教会が、
美しく光り輝くステンドグラスが、
花を引き抜いた後にできた穴から溢れたどろっとした紅い液体に覆われた。
俯く彼女。
気のせいか、びくりとした後、彼女の体は小刻みに震えている。
その表情は見えない。
教会を覆った液体は常に変形しつつ形を得る。
ソレは歪な人型に近いナニカ。
耳にあたる部分からは液体が噴き出ていた。
頭の部分にはヤギの角に似た突起が。
そして背にあたる部分には、
蝙蝠のような、鷹のような羽が。
『悲しいか。』
今までとは違う、はっきりとした声。
聞こえたのはもちろん正面から。
蜜のように甘く、誘うような声。
ともすれば慈悲深く、優しく聞こえる。
『悲しいか。』
表情は確認できないのに、なぜか優しく目を細め問いかけてるように思える。
俯いていた彼女は顔を上げ何かを言おうとした、
そして……ぴたりと止まった。
まるで誰かに止められたかのように。
そして右手に持っていた花々を両手で持ち、
考え込むように足元に視線を落とした。
『愛しき者を亡くしたソナタ2ギフトga与エられ多。
そㇾらwo使えバ再会はカnaう堕楼。
さァ、ツカウが良1。』
どんどん暗くなる世界。
吹き荒れる風。
強くなった雨。
その中心にあるのは、
最早禍々しくなってしまった聖なる家とそこを覆うソレ、
そしていまだ何も言わず俯く彼女。
ふ、と。
彼女は左耳と胸元に合った花々を左手に持った。
そして、
右手に持っていた花々と見比べた。
『さあ、身に憑けraㇾたギフトをtukaい、願ウが1い。
さあ、nakaに這入り、奉げㇽが異為。ソレデ願いは敵ウ。』
ぎぃぃ……と、おどろおどろしく開く扉。
まるでソレの胎の中に誘い込まれるよう。
そして、女性は、
涙をその瞳に湛えながら顔を上げ、
扉を見据え、胸を張り、
右足から一歩を踏み出し、
扉を潜った。
粘り気のあるどろっとしている液体があたり一面を覆っている中、
紅い道が中央の絵画へと続く。
母たる彼女が永遠の眠りについた時の絵画。
いまだ汚染されていない唯一の場所。
その前に跪き、彼女は祈った。
そして、花々を捧げた――――
洋風ホラーにチャレンジしてみましたー!
怖くなってるといいなあ……
と思いつつ投稿しました。
感想お待ちしております!(ぺこり)