自白の聖女と、キモいけど頼りになるでもやっぱりキモい3騎士
「それでは、証言をおねがいします。くれぐれも、ここが神域であることをお忘れなきよう」
糾明の神コンフェクシィアの聖女トゥルカは、一段高い聖座に収まって、神判の間にならぶふたりの少女を見下ろしそういった。
ピンクブロンドをツインテールにまとめた、可憐な少女が先に口を開く。
「……わ、私は、そこのウェットクロス公爵家のピュリティさまに、階段から突き落とされました。もし下にカーモネギー殿下がいらっしゃらなかったら、いまごろ……」
「いまごろ?」
「大けがをしていたか、もしかしたら、死んでしまっていたかも……」
肩を震わせ、大きな目をうるませながら、ライトヒップ男爵令嬢サキュラはか細い声を発した。
男なら一発で信じるか、少なくとも共感はするだろう。傍聴席からは、鼻をすする音や同情の声が上がっていた。
あいにくと、トゥルカは女性であった。そしてなにより、糾明神の聖女であるトゥルカには、音声以外の証言がよく聞こえている。
もうひとりの、くせのない黒髪をした、良くいえば清楚な、悪くいうならば地味な雰囲気の少女のほうへ、トゥルカは視線を振った。
「ライトヒップ男爵令嬢の証言は事実ですか、ウェットクロス公爵令嬢?」
「いいえ」
「どうして嘘をつきますの、ピュリティさま! あの場にいた、あなたと、階段の上を直接はご覧になっていなかったカーモネギーさま以外の、全員が証言なさったのよ!」
金切り声をあげてとなりへ食ってかかった男爵令嬢を、トゥルカは床へ錫杖の石づきを打ちつけて黙らせた。
「神は真実を告げました。ライトヒップ男爵令嬢、あなたの証言は、虚偽です」
「……あら、なにを証拠に?」
口角を吊りあげて笑うサキュラへ、トゥルカは唐突に棒読みをはじめた。空中に、ト書きの記された紙があるかのように。
「物証はどこにもない。口裏は入念に合わせたし十分にお金もつかませてある。カーモネギーさまとはもうベッドをともにしたし、これで殿下とピュリティの婚約破棄は確実。次期王妃の座は私のもの」
「な、なんなのよ急に……」
「そもそもただ公爵家に生まれたというだけで、見た目も性格も地味なこの女に王妃の位はふさわしくない。男爵家の生まれながら、こうして人脈を築いてきた私のほうが優れている。工作はズルでもインチキでもなく、政治手腕の証明ですらある。私がお人好しの騙されやすい王子さまを助けてあげるのは、親切といってもらいたいくらいよ。――まだまだありますけど、続けましょうか?」
心の中を全部読まれていると認めざるをえなくなり、サキュラはほおをわななかせた。
傍聴席の関係者たちも、顔を青くしている。
トゥルカは肩をすくめ、ため息をついた。
「うちの神さま、舐められてますよね。黙秘も偽証も通用しないのに。第三階梯じゃ威厳が足りないのかな」
ぼやきながら立ち上がって錫杖を打ち鳴らし、自白の聖女は神判が終了したことを告げた。
+++++
公爵令嬢ピュリティの冤罪は晴れた。
しかし、神判の過程で図らずもカーモネギー王子の不貞が発覚してしまったし、クソビッチとはいえ男爵令嬢サキュラの根回しの巧みさと工作能力はホンモノだし、関係者にとって今回の事態をどう終息させるかは、まだ難しい判断の残るところだろう。
「……ああそうか、明らかにならなくていいことまでバレちゃうから、コンフェクシィアの神判って、イマイチ人気出ないのか」
聖座にちょこんとおさまって、トゥルカはひとつの気づきにいたって天井を仰いだ。
愛の女神フィリア、契約の神プレジャス、武神ヴァリアンテ――このへんのメジャー神に比べると、糾明せしものコンフェクシィアはどうもパッとしない。
ここは信仰の熱意が神の位を高める世界だ。最高神マグナトに近づけばそれだけ人気が出てより信仰が集まる。逆をいえば、マイナー神が格を上げていくのは難しいのだ。
犯罪捜査や不正の摘発のためであろうとも、心に隠している秘密を知られたくない――そんな人間が圧倒的多数になれば、いずれコンフェクシィアは神格としての力を失い、この世界から嘘を見破る方法は消えてしまうかもしれない。
「嘘をつく自由を全部否定する気はないけど……虚偽を突きとおす権利のほうが優先されるべきだ、なんてのが世界の選択になるってのは、認めたくないな」
ひとりごとをつぶやきながら、トゥルカが物憂げな顔をしていると――
〈なんか、今日の聖女さまアンニュイ!〉
〈この瞬間、貴重かも〉
〈曇り顔トゥルカたんマブい!(死語←自己ツッコミ)〉
頭の悪い思考を流出させているのは、直立不動、いかめしい顔でいる神殿騎士たちである。
外見上は、衛兵としての職務を実直にこなしているようにしか映らないのだが。
「あー、うっさいおまえら! 出ていきなさい!」
《お叱りキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!》
3人から一斉に歓喜の波動が飛んできて、トゥルカは頭を抱える。
〈いける、これで今夜ご飯3杯いける〉
〈もっと、もっと罵ってください〉
〈うへへ、怒られちゃった。でもこれがいい(変態←いや知ってた)〉
「はよ出てけ!」
『イエッサー』
「サーじゃない! わたしは女の子だ!」
『アイメム!』
アホ騎士3匹が神域となっている聖堂内陣から退出し、ようやく、トゥルカの脳裏に雑音が入ってこなくなった。
聞こえてこなくなっただけで、連中の不埒な妄想がおさまったわけではないだろうが。
「これって、セクハラの一種じゃないのかな……」
やはり、コンフェクシィアの神力はこの世界から失われるのが正しいことなのか? 一瞬そんな考えがよぎったトゥルカだったが、べつに、聞き取るのをやめたところで、人間から雑念や邪念が消えるわけではない、と思い直した。
しかし、世の中の人間は、みんなクソ真面目な顔をしながら、脳内ではアッタマ悪い妄言を垂れ流しているものなのだろうか?
+++++
双方の主張が食い違ったままお互いに譲らない係争案件とか、絶対に解決しなければならない重大事件だとか、そういうことが起こりでもしないと、コンフェクシィアの神判を仰ごうという声はなかなかあがらない。
この日のコンフェクシィア神殿に訪問者はなく、聖女トゥルカと神殿騎士たちしかいなかった。
〈ああ、こうして聖女さまと同じ空気を吸えるしあわせ〉
〈あまりに暇すぎて、トゥルカさまを讃えるポエムを考えてしまいました。聞いていただけますか?〉
〈トゥルカたん聖女に選ばれてそろそろ1年だね。背が伸びたなあ。祭服の裾からふくらはぎが見るようになって……(おっと←お口チャック(・﹏・;))〉
「警備するなら表で並んでろ!」
『イエッスメム』
などと、いつもどおりに気持ち悪い神殿騎士どもを聖堂内陣から蹴り出す。
つんつるてんになってはいるものの、まだ破れたりはしていないので最初にあつらえたものを使い続けていたが、新しい祭服を仕立ててもらうことにしよう、とトゥルカが心に決めたところで、追い払ったばかりの3匹のキモメンがあわただしく戻ってきた。
「ちょっと、入っていいとはいってないわよ」
「襲撃です!」
「お逃げくださいトゥルカさま」
「ここはわれらが」
「……は?」
騎士どもはいつもと変わらぬクソ真面目な顔のままなので、冗談かなにかではないかとトゥルカは身動きしかねていたが、轟音とともに神殿の壁の一角が崩れた。
内陣へ入り込んできたのは、黒い鱗のドラゴン。
聖堂の天井は高く、30メートルほどあるため、さほど大きくはない全長7メートルほどのドラゴンは、壁に開けた穴をとおりぬけたあとはつっかえることもなかった。
小さいといっても、ドラゴンはドラゴンだが。
聖座のほうへ近寄ってこようとするドラゴンの前に、横隊を組んだ3人の騎士が立ちふさがった。
『トゥルカさま、お早く』
〈怖くないッス! トゥルカさまのためなら死ねます!〉
〈ぼくのお墓の前で泣かないでください。この身が朽ちるとも、わが魂は永遠にトゥルカさまとともに〉
〈トゥルカたんの任期が切れる前に、ただのキモいオッサンじゃないってところを見せられてよかった(強いんだぜこのオッサン←戦いぶり見ててもらうわけにはいかんが)〉
あいかわらずキモいけど、3人ともに、一命惜しまぬガチ勢であることがありありと伝わってきて、トゥルカは神殿騎士たちを邪険にあつかってきたのを少しだけ申しわけなく思った。
……そこで。
〈神殿、壊ス。小娘、食ベル〉
カタコトながら、黒竜の思考が伝わってきた。
こいつは、気まぐれで襲ってきたわけではないらしい。
ドラゴンは、是非の区別がつかない百凡の魔獣とは違う。
その高度な知性は、場合によっては弱点ともなる――
「ブレスがくる、散開!」
トゥルカの声に、横一列にならんで壁を作っていた騎士たちは反射的に横っ飛びしてフォーメーションを変えた。
左右のふたりは。
センターにいた、最年長のサイモンはドラゴンとトゥルカのあいだを隔てる位置から動かない。
「ちょっと、サイ――」
〈黒竜が放つのは強酸の液状ブレス、こいつのサイズでも50メートルは届く〉
(わたしをかばって……!?)
最初の警告に従って逃げておけばよかった――トゥルカが自分の判断ミスを悔いる間もなく、ドラゴンが大口を開けて強酸の濁流を吐き出した。
「うぉぉぉおおおっ! 波濤烈破斬!!!」
裂帛の気合とともにサイモンが打ち下ろした剣が、ドラゴンのブレスを左右に断ち割る。
分裂して軌道がズレたブレスの直撃で、壁の穴がさらにふたつ増えたが、トゥルカも、3人の神殿騎士も、無傷のまま。
「すごい……!」
〈聖剣流第二の奥義波濤烈波斬、まさかこの歳になって使えるようになるとは思わなかった!〉
「って、ぶっつけ本番かよ!?」
感心して損した、とトゥルカが思わずツッコんでいるあいだに、左右に展開していたふたりの騎士がドラゴンへ剣を突き立てる。
……が。
『ぐあっ!』
〈かってえ!〉
〈なんだこれは、鋼鉄の盾より堅牢だぞ!〉
黒光りする鱗に鈍い音を立てて剣は弾き返され、若手騎士2名(右がカイルで左がレットという)は手がしびれて口と心でともに悲鳴を上げる。
「伏せて!」
ドラゴンの攻撃意志を読んだトゥルカが叫び、カイルとレットは反射的に腰を落として頭を下げた。そのすぐ上を、竜の長大な尾が横殴りに通過する。一瞬でも遅れていたら、まともにふっ飛ばされて壁に叩きつけられていただろう。
「聖剣流第一奥義、岩盤断裂斬!」
尾撃をスウェーバックで躱したサイモンが、間合を詰めて前々から習得していたほうの奥義を繰り出した。岩をも断ち割るその剣は、黒竜の右の角に半ばまで食い込んだものの、その頭蓋を叩き斬るには至らない。
カウンターでドラゴンの右の鉤爪がサイモンへ迫る。角に食い込んでなかなか外れない剣を手放す判断がわずかに遅れ、サイモンは逃げ損なってしまった。
――と。
「うぉぉぉおお! 岩盤断裂斬ッ!!!」
トゥルカから見て左、つまりドラゴンの右側にいたレットの振るった剣が、サイモンを引き裂かんとしていた竜の前肢の腱を断ってその動きを阻み、先輩騎士を救う。
「……出たっ、奥義できました!」
「よくぞその若さで、俺より5年は早いぞレット!」
レットとサイモンが盛りあがっている以上に、痛みと怒りで我を忘れたドラゴンがシャギャアとやかましいのだが――
「はぁああぁぁぁぁっ! 岩盤断裂斬!!!」
こちらも奥義に目覚めたカイルが、ドラゴンの首根へ斬りつけ、鋼鉄よりも硬い鱗を叩き割る。
青黒い血が噴き出した。
「キッシャアアアァァァァアアアッ!!!!!」
狂乱したドラゴンがやみくもに振り回す尾を避けて、3人の騎士は床へ伏せたが、トゥルカは凶悪だが同時に狡猾な竜種のたくらみを看破していた。
「逃げるつもりよ!」
『なんですとっ!?』
尾を旋回させながら方向転換し、ドラゴンは自分が開けた壁の穴へと一目散に向かっていく。剣を取り返せなかったサイモンがレットから得物を借りて振るったが、尻尾の先を切り落とせたのみ。
壁の穴から神殿の外へ追っていくと、すでにドラゴンは両翼を羽ばたかせて空へと舞い上がっていた。
「あの程度の手傷なら、すぐに治ってしまうはずだわ」
〈手練、3匹モ。話、チガウ。出直シ〉――ドラゴンの思考を読んでいたトゥルカは、眉をしかめた。もし後日、神判中でほかに人のいるときに襲撃があったりしたら……。
「神域を侵す邪悪なる竜、逃しはしない!」
「いや、もう逃げられたし」
剣を掲げたサイモンへトゥルカは呆れ顔を向けたが、オッサン騎士の顔にはなにやら勝算があるようだった。
太陽を指した剣が、サイモンのオーラによって輝きを増していく。
「いまならできる……聖剣流最終奥義、真空天破斬ッ!!!」
気迫の叫びとともにサイモンの剣が宙を斬ると、尖鋒から聖なる波動が迸り、空中のドラゴンへ襲いかかった。
その両翼が裁ち落とされ、断末魔の叫びとともに黒竜が墜落して……周囲をちょっとした地響きが揺るがした。
+++++
第三階梯とはいえ神の殿堂が、しかも上告審を担当する司法機関でもあるコンフェクシィア神殿が襲撃を受けたことで、王都は大騒動になったが、このお話の主題はそこではない。
お察しのとおり、ライトヒップ男爵令嬢と、神判を傍聴していなかったがために再び愛妾の言い分にころっと騙された、カーモネギー王子の差し金であったことだけ明記しておく。
王国の指導層にささやかだが重大な入れ替えが起こり――
武神ヴァリアンテに仕える騎士のあいだですら100年以上失伝していた、最終奥義真空天破斬を身に着けた神殿騎士サイモンは、王国騎士団の総監長の地位を内示され、侯爵に叙せられるという話までもたらされた。
話を聞いたサイモンは、
〈やだいやだい! トゥルカたんの成長を見守るのがこのオッサンの日々の楽しみなんだ!!!〉
とキモい内心をダダ漏りにしながら、
「自分は庶民の生まれの上、もう老兵。王国の全騎士の規範たる総監長には、もっと若く家柄のよい人士がよろしかろうと愚行する次第で」
なんて、外見上はクールに謝絶しようとした。
〈そ、そんな……サイモンどのをスカウトし損なったとかなったら、クビにされちゃいますよ!〉
〈聖女さま、なんとかしてください!〉
使者に心で泣き落としをされたトゥルカは、第5王女のリネッタが、聖女を救いドラゴンを討った騎士の大ファンとなっている、とさりげなく伝えて、「美少女にかしずき隊」という難儀な性癖のオッサンをうまくコントロールした。
なお、王宮側にサイモンの真の性根については話していない。トゥルカにも人の情けというものはあるし、キモいのは内心だけ(それが大問題だという説もあるが)で、表面上は忠実に仕えてくれて、いざとなれば身体を張って守ってくれることもわかっているので。
最強の騎士サイモンが抜けたものの、年若いながら聖剣流第一奥義に開眼した、カイルとレットが所属するコンフェクシィア神殿の衛視役は、にわかに人気職となった。
新規採用した神殿騎士たちは、
〈トゥルカしゃまはぁはぁ〉
〈踏んでほしい……踏んでほしいよぉ〉
〈すごくいい……もっと蔑んだ眼でこのブタをご覧になってください〉
……などと、相変わらず心中がひどいものだったが。
「なんか神格が第二階梯に上がったけど、支持率上昇の理由って、所属神殿騎士が奥義に目覚めたからっていう、あきらか本来の権能と関係ない理由なのに、いいんですかね」
そんなことをトゥルカはぼやいたが、今日も糾明神コンフェクシィアは、人の心の真実以外、なにも語らない。
おしまい
地を斬り水を斬り空を斬る。3つの奥義が揃っても、なにかストラッシュは出ません。