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魔法使いルン

作者: タク@h.i.c

ルンは魔法を使える。

ルンにとって世の中の大抵のことは魔法で解決できる。だからルンは働きもせず、学校にも行かず悠々自適に暮らしていた。

ルンは人口が極端に少ない、過疎地域に生まれた。


ルンの母親はルンが生まれた時、全く泣かずにずっとにこにこと笑っているルンのことを気味悪がり、街の外れにルンを捨てた。その後誰にも拾われることなく、ルンは自然に置き去りにされた。


そしてルンが5歳になる頃、街は人口減少によりなくなり、ルンは誰にも会うことのないままひとりぼっちで、育っていった。


人間に育てられたこともなければ、関わったことも、姿を見られたこともなかったが、ルンは人間らしい姿をし、可愛らしい服を身に纏い、人間と同じく言葉を覚え、人間のように暮らした。足りないものは魔法で全て揃えた。


誰に教わったわけでもなかったが、本能で人間らしい生き方を選択したのだった。


そんなルンが住む黄色いレンガの家の近くに街ができるようになったのは、ルンが19歳の時だった。


当時の総理大臣が国の経済を良くするためにルンの住む家の近くまでインフラの整備を進めたのだ。インフラの整備が始まり、ルンの住む家から少し離れた場所に大きなショッピングモールや工場が立ち並ぶようになると、沢山の人々が移住し、その地域一帯は大きな街となった。大きな街ができてなお、ルンの住む家は街より少し離れた場所にあったが、ルンの家が見つかるのも時間の問題であった。


最初にルンの家にたどり着いたのは、72歳の老婆だった。街に引っ越して間もない老婆は出先から家への帰路が分からず、街を彷徨い歩いていた。しばらく歩いているといつの間にか街を出ていて、ルンの家に誘われたのだ。


老婆はルンの住む家を見た時、今まで見てきたどの家よりも美しい家だと思った。だが、美しさに茫然としていたものの、老婆は自身がルンの家を美しいと思う理由が何なのかはよく分かっていなかった。ただ何となく美しく見えたのである。


「ん?誰かいる……。」


ルンは老婆が家の前に来たことを魔法の力で察知した。


「よーし。」ルンは老婆に興味を持ち、タタタっと廊下をかけ渡り、ドアを開けに行った。


ルンが勢いよくドアを開けると、老婆はギョっとを驚き、少しすると気まずそうな顔をし、ルンを見つめた。


「こんにちは!」


ルンはそんな老婆の様子など気にもとめず、老婆に挨拶した。


老婆はどうしたものかと目を泳がせた。


しばらく沈黙が続いたが、老婆は消え入るような声で挨拶を返した。


ルンはにっこりと笑い、「どうしたの?」と老婆に尋ねた。


老婆は道に迷ったことをルンにたどたどしく伝えた。ルンは魔法を使えば老婆の事情など一瞬で理解できるのだが、老婆の言動に興味があったので、時間はかかったが、老婆の話をしっかりと相槌をうちながら、真剣に聴いた。


老婆が話終えると、ルンは「それは大変だね、おばあさんのお家まで私が案内しようか?」と言った。


老婆は「本当かい?そうしてくれると助かるわ。」とようやく安堵の表情を浮かべた。


「うん!その前にうちに上がってお話しない?」


そうルンが提案すると、老婆もこくりと頷いた。


老婆はこんなにも美しい家の中は一体どうなっているだろうとルンの家の中に興味を持っていた。


ルンはルンで、自分の家に対し、老婆がどのような感情を抱き、どのように振る舞うのか興味を持っていた。


お互い新鮮な心持ちでルンの家を歩いて廻る。


歩きながら老婆はルンの家の内装に感動し続けた。


今まで見たことのない美しいデザインをした家具が沢山置かれていたからだ。タンス、テーブル、絨毯、こたつ……


どれをとってもみたことのないデザインだが、独創的なデザインといったものではなく、今までそのようなデザインがなかったのが不思議と思えるような、そんな自然なデザインだった。


近頃科学が急速に発達し、生活が便利になると、老婆の家にもさまざな新しい品が揃えられ、日常生活の中で家具に目新しさを感じることは多かったが、そういった目新しい品とは違い、昔から知っていたような感覚があるルンの家の家具は、老婆の心を少しずつ温めていった。


ルンは老婆の様子を隣から観察し、老婆が何に対し、どのように心を動かされているのか必死に考えた。今まで他者の存在を認識したことがなかったルンにとって老婆の表情一つ一つが新鮮だった。


しかし、老婆は途中から違和感と共に恐怖心を抱き始める。


家の中があまりにも広すぎるのだ。


外で見たルンの家は二階立ての戸建で、さほど大きい家だという印象を受けなかった。だが、室内は歩いても歩いても廊下が続き、部屋の数は10を優に超えていた。この奇妙な家の構造に、先ほどまで温まっていた老婆の心は少しずつ冷えていった。


老婆が不安な感情を抱くとすぐ、2人は拓けた部屋にたどり着いた。老婆は自分の心を家が読み取って変化してるのではないかと思い、余計に恐怖を抱いた。


「なんだか、不思議な家ねぇ。」


老婆はルンの表情を窺いながら呟いた。


老婆が呟くことでルンの家は一層不気味な雰囲気を醸し出した。老婆は迷子になった子どものように、怯えた様子で周囲を見渡した。見たことのない家の内装が家の広さを際立たせた。


老婆の不安そうな表情を見たルンはどうしたものかと考えた。ルンは自身や、家がどう思われようが何も感じなかったが、不安そうな老婆の様子を見て、可哀想だと思ったのだ。


ルンは「あのね、おばあちゃん。」と老婆にゆっくりと声をかけた。


ルンの声に老婆はビクッと反応し、怯えた。老婆はこれから何をされるのだろうかと気が気でなかった。


ルンはテーブルに2人分のコーヒーを置くと、「私ね、魔法使いなの。」と自身が魔法使いであることを打ち明けた。


老婆はルンの告白に対し、しばらく唖然としていた。


そして老婆はルンをじーっと見つめた。


が、ルンが魔法使いであることを知っても、老婆の救いにはならなかった。


老婆は「そっ、そうかい…。」となるべくルンを刺激しないように震えた声でこたえた。


ルンは少しじっくりと考えた。老婆にこれ以上怖い思いをして欲しくなかった。


老婆はルンがじっくりと考えている間、ルンから震えながらも目を逸らさずにいた。いつ何をされるか分からない。老婆にはそんな恐怖心が強くあった。


ルンは「よしっ。」と小さな声で呟き、コーヒーカップを手にとった。


老婆はルンが動いた途端ビクっと震え、ルンの次の行動を見守った。目を逸らすまいとする老婆の前でルンはコーヒーを少し口に含み、ブクブクと口を漱いだ。


ブクブクブクブクブクブクブクブクっ


口を漱ぐというよりも、口の中で何かを混ぜるようにルンはブクブクを繰り返した。


老婆の恐怖心は既に頂点に達していた。


ギュっ


ルンは頬を一気にすぼめ、そしてパッと口を開いた。


すると、ぽわーんと室内に菜の花の香りが漂い、窓からはぽかぽかと春の木漏れ日のような光が差し込んだ。


ふわりと心地よい風が2人を包む。


部屋は段々暖かくなり、老婆の強張った表情もゆっくり、ゆっくりと緩んでいった。


「私ね、魔法使いなんだけど、自分が魔法使いだって知ってるんだけど、知ってるだけなんだ。」


ルンは懸命に老婆に説明しようとした。


老婆はルンの言っていることはあまり理解できなかったが、今度は怯えることなくルンの話に耳を傾けた。


「今までね、他の魔法使いにも、人にも会ったことがないんだ。他の動物たちはよく見かけたけど、私に興味をもつわけでもなく、かといって無視するわけでもなくって感じだった。誰とも関わらなくて平気だったけど、今日おばあちゃんに会えてよかったって思うんだ。」


ルンはうーんととかえーっととか言いながら次の言葉を考える。ルンが一生懸命説明しようとしている様子を見て、老婆の不安は少しずつ消えていき、ルンを恐怖の対象から可愛らしい子どもとして見るようになった。


「怖がらせてごめんね。でももう少し、ゆっくりしてって?お願い。」


ルンは寂しいといった表情を浮かべない。そういった感情があることを知ってはいるが、老婆に心配をかけたくないため、表情には出さなかった。そういったルンの心がけを含め、老婆はルンを想い、泣いた。


「そうかい。私なんかでよければゆっくりさせて頂こうかしら。」


ルンはにこりと微笑み、「ありがとう。」と言った。


それから2人は長い時間話し続けた。


といっても、ルンが何かを語ることはなく、老婆が自身の思い出をルンに教えるように語り、ルンは老婆の話ににっこりと頷くだけだった。


どれくらいの時間が過ぎただろうか。


老婆がカップのコーヒーを全部飲み干した頃に、窓から夕日が差し込み、部屋が薄暗くなった。


「おばあちゃん、今日はありがとう。楽しかったよ。」


ルンはそういうと両手を右上に挙げ、パンパンっと二回手を叩いた。


すると、2人は老婆の家の前に瞬間移動した。老婆は驚いたが、ルンのことをもう怖がることはなかった。


「すごいわねぇ。私も楽しかったわ。またお会いできるかしら。」


老婆がそう言うと、ルンは「もちろん。」と笑顔で応え、「また会ってお話聴かせて!」と片目を瞑った。


ルンがもう一度パンパンっと二回手を叩くと今度はルンの家にあった絨毯が空から舞い降りてきた。


ルンはさっとその絨毯の上に乗り、家まで飛んでいった。老婆はルンの姿が見えなくなるまでじっとその姿を眺めていた。それはまだ冬の寒さが続く、ある晴れた日の出来事だった。

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