6 吉田家
「おはよう、咲さん」
「おはようございます…蓮さん、お疲れ顔ですが、父と何かありましたか?」
そう。蓮は昨夜、咲の父と一緒に寝ることになったのだ。蓮に警戒心むき出しかと思えば、一緒に事業をしたいとも言いだす父親。咲が心配するのも当然である。
「いえ、大丈夫です。昨晩、咲さんを見習って恋バナでもしませんか?とお義父さんに提案したところ、それはそれは言葉を尽くしてお義母さまについて語っていただけました。それで少し睡眠時間が削られてしまいました」
「すみません! うちの父は、母のことになると際限なくしゃべり続けるので、周りはそれを上手く躱しているんですよ。先に伝えておくべきでした」
「時間はともかく、お話は素敵だったので聞けてよかったです。それより! お義父さんが家に居るときは、いつでも泊っていいという許可を得ましたよ!」
「ほんとですか! それなら家庭教師は続行決定ですね」
そうして、毎週不定期だが、蓮は家庭教師に来ることになった。
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蝉の鳴く夏真っ盛り、咲と蓮は各々の課題に勤しんでいた。夏休みに入ってから、蓮は付きっきりで咲の家庭教師をしている。もはや、自分の家に居るよりも、彼女の家で過ごす時間の方が長い。
「もう勉強飽きましたー! 蓮さんはずっとパソコンしてて飽きないのですか?」
プクーっと膨れて不満そうな咲。
「僕は好きでやっているので、あまり苦痛ではないです。しかし、受験勉強は自分のしたいことだけじゃないですもんね。 勉強の環境でも変えましょうか」
「では、蓮さんのおうちに行きたいです!」
「おお! いいですよ! 山手で涼しいし、庭で育てている夏野菜も見てもらいたかったんですよ」
「一軒家でお部屋がいくつもあるんですよね! 楽しみです」
咲が目を輝かせる。
「来るなら車が必要なのでじいちゃんに頼んでみますね。しかし、お義父さんに許していただけますかね?」
喫緊の課題が見つかった。
「確かに。いっそのこと、父も連れて行きましょうか?」
「なんか嫌な予感がします。せめて、ちはっさんにしてもらえませんか?」
「ああ!おばあちゃんですね! きっと来てくれると思います。 それより、ちはっさんって何ですか?」
「あ!? いつも頭の中でそう呼んでいたので、ついうっかり…」
「直接おばあちゃんに言わないでくださいね。おばあちゃん、礼儀とかすごく気にするので」
そんなこんなで、蓮の家に咲と咲の祖母千春が来ることになった。
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蓮の家は昔ながらの日本家屋の一軒家である。二階建てで部屋は6つもあり、畑と山がついている。とはいっても賃貸で、田舎の地域おこしの補助金も相まって、都会のワンルームよりはるかに安い。
咲のお泊りに備えて掃除も済ませ用意周到のはずだが、落ち着かないので、葉っぱひとつ落ちていない玄関を掃く蓮。約束の時間ピッタリに、咲と千春を乗せて、蓮の祖父辰雄が車でやってきた。
軽く挨拶を済ませると、辰雄と千春は買い出しにいってしまった。つまり、蓮と咲の二人きり。
「では、家を案内しますね。ついてきてください!」
蓮は意気揚々と説明した。たくさんの和室、五右衛門風呂、コードまみれの仕事部屋、山、畑など自分の敷地内を案内するだけで一時間もかかってしまった。咲はすべて初めて見たかのようなリアクションではしゃいでくれた。
「近くの川や、湖も面白いのですが、そろそろいい時間なので、晩御飯用の野菜を収穫して家に帰りましょうか」
「はい! 蓮さんの家とっても素敵ですね。すべてが秘密基地みたいでワクワクします!」
好感触で蓮も安心する。田舎や生き物が苦手だと言われたらどうしようかと不安だったが、杞憂だったようだ。
「見てください! 夏野菜がたくさんあるでしょ!」
蓮の示す先は小さくもきれいに整備された畑があった。背丈よりも高く伸びたオクラ、緑の壁を作るゴーヤやキュウリ、そして緑の中で映える赤いトマト、他にも見たことのない青菜やハーブ、花が植えられていた。
蓮はエッヘンと胸を張る。
「すごーい! 見たことない野菜や、仕組みがありますね! 全部解説して欲しいです!」
咲も目をキラキラさせている。
「いいですよ。理系オタクなので話が長すぎたら止めてくださいね。では、化学や物理の受験勉強になる内容を抜粋しますね! ベラベラベラベラ――――」
「蓮さんそろそろ戻りましょうか! 収穫したお野菜も腐っちゃうかもしれませんし」
咲は全部解説して欲しいなんて言ったことを後悔した。まさか真夏の炎天下の中、数十分もしゃべるとはだれも予想しない。そして、咲は蓮の話に飽きてよそ見をしていた時に気づいたことを口に出す。
「蓮さん。気のせいかもしれませんが、あそこの家族連れらしき四人が家の前をずっと行ったり来たりしている気がします」
咲が示した方を蓮が見ると、そこには帽子とサングラスで顔を隠した大人の男女二人と子供二人が、いる。見るからに不審者だ。
しかし、彼らはよく見ると小さく手を振っている。
「って父さん、母さん、妹ちゃんたち!?」
蓮が目を丸くしていると、子供二人が小走りで近づいてきた。
「「わぁー! 蓮にぃ久しぶり」」
背丈が少し違うものの、二人ともボブヘアでデニムのオーバーオールを着ている。
「二人とも服かぶってるし、ほんと仲良しだね」
「「わざと双子コーデをしてるの!!」」
女の子二人は少しご機嫌斜めになる。
「もしかして、蓮さんの妹さんの楓ちゃんと紅葉ちゃん?」
「そうです。大きい方がカエデで小さい方がモミジなんで、カモって覚えてください」
駄弁っているうちに後ろの大人二人もやってきた。
「初めまして蓮の父と母です。いつも息子がお世話になっています」
「ご挨拶が遅れてごめんなさい。私は蓮さんと結婚を前提に交際させていただいている涼風咲と申します。不束者ですが、よろしくお願いします」
「「「「ふぉーーーー!!!!」」」」
件の四人が大騒ぎする。
「蓮にぃの妄言じゃなくて、本当に咲さんはいたんだね。モミジちゃん泣いちゃいそう」
「私はじいちゃんも言ってたから、実在するとは思ってたけど、まさか三次元だと思わなかったよー!」
「カエデ、それは疑っていると同義だぞ」
吉田家の勢いに圧倒される咲。しかし、驚く一方で、その仲の良さが少しうらやましく感じた。
「てか、父さんたちも何してるんだよ。普通に来てくれたら紹介するのに」
「何を言ってるんだ蓮。そんなことしても面白くないだろう。ほら、みんな準備はいいか? せーのっ」
「「「「婚約おめでとー!!!!」」」」
どこに仕舞ってあったのか、各々プラカードや花束を出す係、花吹雪係があるようで、用意周到だった。
「皆さん、ありがとうございます。お茶目なご家族さんですね。蓮さん」
蓮の家族はお祭り騒ぎ、咲は少し引いてはいるものの喜んでくれている。
この状況下、蓮の行動の最適解は何だろうか。
「みんなぁー!!ありがとー!」
「「「「ヒュー!ヒュー!おめでとー!」」」」
その時、蓮の目から零れ落ちた涙の理由は、嬉しさと、恥ずかしさのどちらだったのだろうか。
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