4 デート
「おい。咲はおるか?」
ドスの利いた声を出して、体躯の大きな中年男性が入ってきた。
蓮は鳩が豆鉄砲を食ったような顔に。咲は怯えて肩を小刻みに震えさせている。
「…お父さん」
「くだらないことをしてないで帰るぞ」
そう言って咲の父と思しき人物は、咲の腕を持って部屋から出ようとした。蓮は焦り、咲の手を取る。
「お義父さんですか?」
「お前のお義父さんじゃない!」
漫画のようなお約束のやり取り。咲は怯えるような目をしている。ガタイの良い男性にビビりそうになるが、彼女を助けなくてはいけないと蓮は思う。
「咲さんが悲しそうな顔をしているので、手を離してくだしゃい」
蓮は足をガクガク震えさせながら、聞いた誰もがスルーできないほど盛大に噛んだ。悲しそうにしていた咲が下を向いてふるふると笑いを堪えている。
「黙れ腰抜けが。咲は未成年で俺は父親。赤の他人が口出すな」
猛禽類のような目つきで蓮を睨む。さすがに蓮も慄いて父親から目線を逸らす。その先には申し訳無さそうに怯えた咲がいた。
「蓮さん、申し訳ありません」
彼女がそう告げ終わると、父親は彼女を連れて出ていった。蓮の惨敗である。
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蓮は家の床に寝転がり、自分の不甲斐なさに呆れていた。大きなため息を何度もつき、ずっと天井を眺めている。
「ピコン」
携帯の通知が鳴った、蓮がスマホを手に取ると、そこには咲からのメッセージが来ていた。
『今日は父が失礼いたしました。父は少し過保護すぎる節がありまして、私と関わる男の人が許せないみたいです。
でも、私はもっと蓮さんとお話ししたいです!もし、私のことが嫌でなければこれからも仲良くしてほしいです』
なかなかの長文だ。蓮は咲から嫌われていないことを知り、ひとまず安心する。
『僕の方こそ意気地なしですみませんでした。僕も咲さんと仲良くなりたいです! しかし、お義父さまのお許しが出ないのなら、直接お会いするのは困難ですかね?』
蓮も長文で返信する。そして、これからの咲との付き合い方に不安を募らせる。
『蓮さんに嫌われてなくてよかった! 日帰りデートならこっそり行けると思います。二人でお出かけしましょうよ!』
速攻で返信が来た。そして蓮もポチポチ急いで打つ。
『いいですね。日帰りなら咲さんの地元の近くが良さそうです。観光やお買い物など行きたい場所はありますか?』
『ショッピングモールで一緒にお買い物したいです! 友達と行くとウソもつきやすいし!笑』
その後も和やかなチャットが続き、二人は次の祝日にお買い物デートに行くことになった。
そうして二人とも咲の父親の件は考えないようにした。
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お買い物デート当日。蓮は約束の十三時の三十分前にショッピングモールの待ち合わせ場所に到着した。人生初のデートでソワソワしている。
「お待たせいたしましたー!」
急ブレーキをかけながら、蓮の目の前に現れたのは件の美少女、咲だ。
セミロングで絹のように美しい髪を今日は下ろしている。白いTシャツをダボっとしたベージュのパンツにインをしてショルダーバッグをかけている。
ザ・お出かけ中の女子高生といった佇まいだ。その姿は若々しく端正な顔立ちの彼女によく似合う。そんな美少女が蓮の顔を覗いて笑顔になる。
「今来たとこです。今日もおしゃれで可愛いですね」
蓮は慣用的に受け答えする。そして、咲のあまりの愛らしさに頬が緩む。
「蓮さんもビシッとジャケットを着てカッコいいですよ!」
蓮は白いTシャツに紺色のジャケットを羽織っている。
「ありがとうございます。買うときに妹ちゃんたちに選んでもらったんですよ」
「妹さんがいらしたんですか!? ちょっと詳しく聴きたいです」
「ゆっくりお話しするならどこか喫茶店でも入りましょうか」
咲と蓮はショッピングモール内のチェーン店のカフェに入った。
咲はカフェオレを、蓮はミルクティーを注文した。
「蓮さんコーヒー飲めないなんてお子ちゃまですね」
「コーヒー飲むと夜眠れなくなっちゃうんですもん。これでも咲さんの前だから、子供っぽいカルピスを頼むのは控えたんですよ」
少し自慢げに胸を張る蓮。ミルクティーもカルピスもどんぐりの背比べのような気がする。
「ふふ、蓮さんかわいい。そうだ! 妹さんのお話し聞かせてくださいよ」
蓮は少し頬を赤らめる。
「妹は二人いましてね、中学二年生と高校一年生です」
「おー! 一番可愛いお年頃じゃないですか! お写真とかありませんか?」
「小さい頃のなら」
そう言って、蓮も妹二人も小学生だった頃に雪遊びしていた時の写真を見せる。最近は、妹たちの思春期が始まって蓮が避けられていることは、咲には伏せておく。
「きゃー! みんなかわいい! 蓮さんこの頃は結構ぽっちゃりさんだったんですね」
そんな平穏な談笑が小一時間続いた。
「さっき妹さんとお買い物に行ったとおっしゃってましたが、普段はどこで服を買っているのですか?」
「お安いファストファッション的なお店です。でも、おしゃれには、とんと疎くていつも妹ちゃんにおまかせしてます」
「えー! ファッション楽しみましょうよ。蓮さんスラッととした体型だから、どんな服でも似合いますよ。さあ、お洋服買いに行きますよ!」
そうして蓮は会計を済ませ、咲に手を引かれて服を買いに向かった。
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蓮は為されるがまま、取っ替え引っ替え服を着させられた。何が何やらさっぱりわからないまま一番似合うと言われたチェックのシャツを買った。
次は咲の服を選ぶ。端正な顔に艶やかな栗色の髪。小柄でスラッとした体型は何を着ても似合いそうだ。
「私は目星をつけてきましたから、試着するので選んでください!」
そう言って咲はパパパッと服を数着とって試着室に入った。
しかし、入ってすぐにカーテンの中から顔を出す。
「覗かないでくださいね」
「なんちゅうこと言うんですか!? 興味ありませ…ありますけど自重しますっ」
蓮は慌てて目を隠す。
「ふむ。正直なところは認めてやろう。さて、君は私の着替え中に自分の欲望を抑え続けることができるかな?」
「いったい何が始まったの!?」
咲は笑いながらカーテンを閉じた。蓮は咲の足音や布が擦れる音に少しドギマギする。
「いかがですか?」
カーテンが開いて咲が現れる。襟とボタンのついた白色のワンピース。まるで麦わら帽子を被り、そよ風吹く草原で絵を描いている女性のようだ。素朴な衣装が彼女の整った顔とサラサラの髪を引き立てている。
「よくお似合いです。涼しげで爽やかな印象があります」
咲がムスッとした顔になる。
「店員さんみたいな褒め方ですね。涼風咲だけに涼しげですかー? もっと大きなリアクションをしてくれるまで着替え続けますから。プイッ」
咲の機嫌が少し悪くなった。蓮としては物凄くかわいくて感動していたつもりだったが、伝わらなかったようだ。
再びカーテンが開く。次は真っ白のブラウスに淡い色のジーンズ。活発そうな印象で海や山なんかにお出かけするときに合いそうだ。
「ちょーかわいいー! 女神様! よっ日本一!」
「てんでダメですね」
蓮は慣れない大げさなリアクションをとると、咲にあきれられた。咲はそのままカーテンを閉める。蓮は必死に頭を回すが最適解は見つからない。
また、カーテンが開く。次は肩を出した真っ白なブラウスに、チェックが入ったベージュのミニスカート。先ほどから期限の悪い咲のツンデレ感も相まって、とても魅力的な姿である。あまりの色気と美しさに蓮は口が開いたままだ。
「蓮さん。何もコメントは無いのですか?」
プンスカっという効果音が出そうな顔で咲が言う。
「あ、かわいすぎて見とれていました…」
咲の顔がポッと赤くなる。
「では、これにします。早くその助平な顔を元に戻して行きますよ!」
咲はとても機嫌がよくなった。そして、ルンルンでお会計を済ませた。
「親に心配されるので、そろそろ帰らなくてはなりません」
「そうですか。楽しい時間はあっという間ですね。次はいつ会えるのでしょうか」
二人とも物憂げな表情だ。
「受験生なのでしょっちゅうデートは行けませんね。お勉強しなくてはいけませんし…あ、ならいっそう蓮さんが家庭教師になればよいのでは?」
「確かに! 咲さんに会うためなら毎日だって来ちゃいますよ。あ、お義父さま…」
蓮はあの大男を思い出す。
「父はしょっちゅう出張に行っているので、タイミングを見計らえば週三ぐらい来ていただけますよ!」
「なら決定ですね! 基本いつでも空いてますので都合の良いときにご連絡ください」
話しているうちに駅についた。
「ここでお別れですね。咲さん、今日は楽しかったです。また一緒にお出かけしましょうね」
「はい…」
咲が眉尻を下げて寂しそうな顔をする。そんな顔を見ると蓮も後ろ髪を引かれる思いで帰りづらい。
「きっとすぐ会えますよ。僕はずっと暇なんでいつでも呼んでください。咲さんに会うためなら例え火の中水の中なんちゃって。じゃあまたね!」
蓮は咲を見ているとどんどん帰りたくなくなってくる気がして踵を返した。すると、左の手首が掴まれ、耳に暖かい吐息がかかった。
「蓮さんのことが好きだから、お付き合いしてほしいです」
咲は蓮の耳にささやき終わると、駅に向かって爆走した。
なろうの仕組みがよくわかんないので、とりあえず投稿してみました。わたしのプライベートがとっても暇なので、見ていただける人がいらっしゃればハイペースに書いていこうと思います。