3 お見合い
山の麓の田んぼに囲まれた平家の庭で蓮がせっせと畑を耕している。
辺りの水田は田植えが終わり、か細く弱々しい苗が風に負けないように踏ん張っている。
蓮は件のドタバタ旅行から悶々とした日々を過ごしていた。次の日曜日には咲とのお見合いが待ち構えている。
しかし、何か準備など出来る訳もなく、友達に相談できる内容でもない。蓮はこの焦燥感を庭の土いじりをすることで誤魔化した。
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お見合い当日。蓮は突然現れた祖父辰雄に急き立てられるように車に乗せられ、お見合い予定の料亭へ向かった。
約束の時間ギリギリに到着し、早歩きで予約していた個室に向かう。
料亭の内装は一見シンプルに見えるものの、使われている木の光沢や紙の明るさがそれを質素に感じさせない。
そして、縁側から見える庭は見惚れるほど綺麗に手入れされ、遠くに見える山々と見事に調和している。
個室には既に咲と彼女の祖母、女将がいた。女将は以前と同じ着物姿だが、咲は洋装をしている。
薄青色のレースのワンピースに真珠のネックレス。栗色の髪は編み込みながら後ろでまとめ、後れ毛を巻いている。さらにイヤリングも付けて旅館で会った時より華やかだ。
「あ、蓮さんだ! お久しぶりです。スーツよくお似合いですね!」
咲が弾けるような笑顔で挨拶する。予想外の好感触に蓮は少し後ずさりする。
「どうもお久しぶりです。咲さんも凄く素敵です」
蓮は無難に褒め返した。
「蓮さん、ご無沙汰しております。咲の祖母の涼風千春でございます。先日は怪我の手当をしていただいてありがとうございました。さあ、お席に座ってお食事をいただきましょう」
物腰柔らかに挨拶をしてくれたのは先日の女将だ。
そして、食事が始まった。特に何というハプニングも起きることなく、談笑しながら食事は進む。
さすがは家が旅館なだけあって、咲の所作はとても綺麗だ。蓮は恥を欠かないように咲の所作を見様見真似で真似する。主にお互いの祖父母の辰雄と千春が話を振り、それに蓮と咲が答える。蓮は相変わらずモゴモゴしゃべり、咲は溌溂と受け答えする。
「それじゃあ食事も終わったことやし、あとは二人っきりでゆっくりしい」
辰雄はそういって、千春と部屋の外に出ていった。そして、部屋に残された若者二人。
「お食事とっても美味しかったですね!」
思わず頭をガシガシなでたくなるような顔で咲が言う。
「はい。しかし、咲さんってこんな明るい人だったんですね。旅館ではもっと落ち着いたクールビューティーみたいなイメージでした」
「いやいや、旅館はお仕事ですから! お淑やかにしているんですよ。 蓮さんは相変わらずお話がおもしろいです!」
「へ? 特に笑うような話はしてなかった気がしますが…」
「蓮さんの日常がユニーク過ぎるんですよ! 大学生なのにどうして一軒家で一人暮らししてるんですか!? 会社を経営してるってどういうことですか! どうして家を借りたおまけに山と畑がついてくるんですか! とっても気になります」
確かに蓮は外見とコミュ力は凡庸な大学生であるが、プライベートはなかなか奇抜かもしれない。
「んー成り行きでとしか言えないです。説明すると長くなっちゃいますし、実際見たほうが早いかと。今度うちに遊びに来ますか?」
「ぜひぜひ! ちょー興味あります。ついでに家庭教師もお願いします!」
「教師の家庭に来る斬新なパターン!? 咲さん受験生ですもんね。先生、張り切っちゃいます!」
咲に気圧されて蓮もテンションが上がってきた。
「わぁ凄く楽しみです。私も勉強したら、蓮さんと同じ大学行けるかなあ」
「きっと行けますよ。いつでも僕に頼っちゃってください」
「頼もしい旦那さま! では連絡先お聞きしても良いですか」
「もちろん…?」
蓮は無視できないような単語を聞いた気がするが、勢いに飲まれてラインを交換した。
「これでいつでもお話できますね!」
「はい。しかし今日はびっくりでしたね。お見合いなんて朝ドラの中でしか聞いたことなかったですよ」
「そ、そうですよね! でも、すっごく楽しかったです。蓮さんとお話できたし!」
「そうですね。しかし、お互い気の早い祖父母には振り回されますね」
「じ、実は今日のお見合いは私から、おばあちゃんに…」
咲は白い頬を少し赤らめた。もし、この言葉が本当なら蓮に好意を持っているという辰雄の戯言が現実味を帯びてくる。
蓮は心臓をバクバク鳴らしながら、咲の発言の続きを待つ――――
「バンッ」
ふすまが勢いよく開かれた。
「おい。咲はおるか?」
ドスの利いた声を出して、体躯の大きな中年男性が入ってきた。