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2 親睦

「んん」


 (れん)が目を覚ます。目を細めて開けるが、天井の照明が眩しすぎて何も見えない。毛布で包まれた全身の温もりから布団の中にいると推測する。


「お目覚めですか?」


 心地よい声音が頭上から聞こえる。(れん)は徐々に明るさに慣れてきた目を擦って、声のした方に目を向ける。


 そこには、眉尻を下げて心配げに、薄茶色の瞳でこちら見つめる美少女がいた。


 形のいい顎とうっすらと紅を引いた唇、光を反射した髪の毛が宝石のように煌めいている姿がなんとも艶めかしい。

 ローアングルでもこんなに美しいと感じてしまうなんて、どれだけバランスのとれた顔なのか。


「救急隊の方は、何もなければこのまま安静にしてよいおっしゃっていたのですが、とくに変わったところとかはありませんか?」


「ありません」


「それなら良かったです。あまり光景を思い出されない方が良いとは思いますが、私の祖母をお助けいただきありがとうございました。祖母は救急車で病院に運ばれましたが、(れん)さんのおかげで大事には至らずに済みました」


 (れん)は思い出した。頭上にいる美少女は旅館で話し相手になってもらっていた(さき)さんであり、自分は怪我をしている女将さん、(さき)さんのおばあさんを助けている途中に血を見て失神したことを。


「おばあさんが無事でよかったです。いやあ、血を見て気絶するなんて、とんだヘタレですみません。あはは」


「いえ、そんなことはありません。パニックになってしまった私の代わりに、祖母を救ってくださった(れん)さんは、私にはヒーローに見えました。重ね重ねありがとうございます」


 (さき)はどんな状況であってもお客様を持ち上げる。しかし、今のセリフは演技には思えないほど重みがあった。


「てか、僕の処置はそもそも大丈夫でしたか? 間違った処置をして後から損害賠償を請求されたり…」


「いえ!完璧な対応だったそうです。もし、(れん)さんの処置が無かったら、脳や内臓に後遺症が残る可能性もあったそうです。本当に感謝してもしきれません。そして、(れん)さんも無事に起きてられて本当に良かった」


 (さき)が安堵の表情を浮かべる。後ろから光の射したその顔はまるで女神のようだ。やはり、彼女には笑顔がよく似合う。


「そういえば、ここは旅館ですか? (さき)さんはおばあさんの病院に行ったほうが良くないですか?」


「構いません。祖母には番頭さんがついていきましたし、なぜか祖母にも(れん)さんの傍にいるように言われましたので」


「僕にはじいちゃんがいるから(さき)さんは病院に行っていただいても良かったのに。あれ?じいちゃんいなくね?」


 (れん)は祖父、辰雄(たつお)が見当たらないことに気づいた。せっかちでお調子者の爺さんだが、家族を何よりも大切にするため、(れん)のことをほっぽり出して宴会の続きを始めるなんてことはありえない。


「おじいさまはお酒がよく回っていたようで、お部屋でお休みになられています」


「寝てるのかよ! 孫の一大事になんて気の抜けている」


 自分で出した大声が頭に響いた(れん)は少し顔をしかめる。


「つい三十分前まで傍にいらっしゃったのですけど、とても立派ないびきをかかれ始めたので旅館のものが他のお部屋に案内させていただきました」


「なんかすみません! でも酔いの回ったじいちゃんにしては結構頑張った方か」


 辰雄(たつお)はいつも十八時には寝るので、彼にしては頑張った方かもしれない。


「それより、ゆっくりお休みになられてください。私は念のために傍におりますがお気になさらず。照明は消した方がよろしいでしょうか」


「いえ、目が冴えてしまったので、しばらく起きてます」


 (れん)に気を使ってくれているのか、(さき)は目線を部屋の端に向けてくれている。そんなことはつゆ知らず、思春期真っ盛りの(れん)は惚けた顔で彼女の顔を眺める。


 小さく筋の通った鼻、スッキリとしたあごラインはまるでフィギュアのようだ。そんな彼女が(れん)の枕元すぐにいる。あまりにも近すぎて肩より上しか見えないのが残念だ。


 (れん)は思案を巡らす。なぜ彼女はこんなにも近くにいるのか。ローアングルを見られるのが嫌ではないのか。よほど自分の容貌に自信があるのか。

 考えても仕方のないことなので、ほどよく反発のある枕に頭を埋めて落ち着くことにした。


 その時、(れん)の頭の中に稲妻が走った。


「もしかして!膝枕ぁー!?」


 (れん)の頭の中の点と点が繋がった。(れん)は飛び起きて枕元を見る。


「え! あ、期待させてごめんなさい。普通の枕です…でも、祖母のお礼もありますし私の膝でよければいくらでも…」


 (さき)は目線を下にして、頬を赤らめながら言った。(さき)の耳が次第に赤く染まっていく。


「僕こそ変なこと言ってごめんなさい! 魅力的な提案ですが、未熟な僕にはまだ早い…、しかし若い男女を一つの部屋で一緒にしておくなんて、(さき)さんの周りの大人はもっと危機感を持つべきだと思います!」


 (れん)は謎の責任転嫁をして誤魔化す。しかし、(さき)以上に耳が赤くなっている(れん)。その赤さが顔全体に広がってゆく。


「あの…後ろを、(れん)さんのお布団を挟んで私の向かい側を見てもらったら分かるのですが、私の他にも仲居が一人…」


 (れん)は言われた方向を見てみると、初老の女性が正座していた。


「ふへ!? 今までの会話聞かれてたの? 恥ずかし!」


 もう一人の女性に気づいた(れん)は慌てふためく。


「お客様、不快な思いをさせてしまったなら申し訳ありません。しかし、若人ふたりが愛を育んでいる中、割って入るのも野暮なこと。私はお客様の無事を伝えに行きますので失礼いたします。ごゆっくり」


 そう言って、仲居は不敵な笑みを浮かべながら部屋を後にし、本当の二人きりになった。(れん)の顔は湯気が出ているのかと錯覚するほど真っ赤になっていた。


 少しの間、沈黙が続く――――――――





「ふふっ」


 鈴を転がすような美しい声で(さき)が笑う。くしゃっと笑った彼女は栗鼠(リス)のように愛らしい。それは、(れん)と初めて会った時のような営業笑顔(スマイル)ではなく、自然にこぼれたような笑顔だ。


「どこかツボに入りましたか?」


「さっきの『ふへっ!?』って何ですか。ふふっ、あと『膝枕』なんて発想どこから出てくるんですか。うふふ」


「ち、違うんです、(さき)さん。 ちょっと拍子抜けしてしまっただけで。あと普段から膝枕して欲しいなんて思っていませんから! そう、これは気絶の後遺症。 ホントですから! 嘘ついてませんから! 見捨てないでください」


 オタク特有の早口でまくし立てる(れん)。自分で傷口を広げていることに気づいていないのだろうか。


「ふふっ、そんなことしませんよ。少しかわいいなぁと思っただけです」


 やっと引いてきた(れん)の顔の赤みが再び勢力を拡大していく。


(さき)さんまでからかわないでください! 僕はどちらかというと、カワイイ草食系男子よりもワイルド系肉食男子を目指しているので」


「またまたご冗談を――――」


 そんなくだらない応酬が夜通し続いた。



 ○○○○○○○○○○○○○○○○





「お世話さんでしたー!」


 チェックアウトギリギリの時間だからか、(れん)たちのほかにロビーにお客さんはいない。そこに響き渡る大声を出すのは、(れん)の祖父の辰雄(たつお)


 辰雄(たつお)はロビーで(さき)の祖母の女将と話している。女将は特に大きな治療も必要なかったため、今朝病院から帰ってきたという。


 (れん)は祖父に玄関でしゃべらせている間に、荷物を車にすべて詰め込んだ。そして、辰雄(たつお)を呼びに行った。


「よっしゃ、ほな帰ろか」


 そう言って、辰雄(たつお)は目につく全ての旅館の従業員さんに「おおきに!」という咆哮を浴びせ、車に乗った。朝起きてから(れん)(さき)の姿を見ていない。今日は仕事がなかったのかもしれない。そうして、そのまま車は出発した。


「女将さんから聞いたで。お嬢さんと仲良うなったんやろ?」


「うん、まあ。向こうがとってもいい人だったから、たくさんおしゃべりできた」


 深夜テンションだったおかげか、昨晩の(れん)(さき)とのおしゃべりは大いに盛り上がった。しかし、(れん)が起きた時にはもう(さき)はいなかった。

 もしかすると、昨晩の記憶はラノベオタク、(れん)の夢の中の世界だったのかもしれない。


「お? もしかしてお嬢さんのこと好きなんか?」


「いやいやいやいや、(さき)さんはとても魅力的な女性だけど、僕にはちょっと高嶺の花すぎるよ」


 辰雄(たつお)からすると、そろそろ孫に彼女の一人でも作らせたいのかもしれない。しかし、孫が奥手も奥手、草食系男子の権化であることは辰雄(たつお)も承知だ。


「向こうはお前のこと好きらしいぞ。女将さん言ってた」


「て、適当なことを言うんじゃありません! 期待させればさせるほど後で受けるダメージが大きいんだからね!?」


「いや、ほんまやて。せやからお見合いの約束しといたし、来週の日曜日空けとけよ」


 お見合いとは結婚を前提とした男女のために設けられる席のことである。


「はあ!?お見合い!? いつの時代だよ! 意味のないウソをつくな!」


「わからんやっちゃなぁ。ほれ、お見合い用の写真もらったから見てみ」


 (れん)は受け取った台紙を広げると、そこには化粧が施され一段と華やかな(さき)が微笑んでいた。


「向こうは向こうで用意周到すぎるだろ!」


 (れん)は思春期史上最大の大声でつっこんだ。


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