閑話 蓮の初恋
これはまだ夏真っ盛りの頃。蓮が、咲の家で家庭教師をしていた時の話。
「もう一時間はぶっ通しで勉強したので、一旦休憩しましょうか」
「はい。せっかくなので、ゆっくりお話しでもしましょうよ。 では早速、蓮さんの今まで好きになった女の子のお話を!」
「ちょっ! なんてこと聞くんですか。僕たち恋人同士ですよね!? 付き合う前ならまだしも、今さら知る必要ありますっ?」
久しぶりに自分のキャラを思い出し、うろたえる蓮。
「あります! より好きになってもらうために!! 傾向と対策は大事って、さっき蓮さんがおっしゃていたじゃないですか」
蓮は先ほど調子づいて偉そうに語ったことを後悔する。
「ぐぬぬ…咲さんも教えてくれるなら僕も言います」
姑息な手段を取る蓮。
「生憎ですが、私は蓮さん以外に好きになった人はいません。蓮さん一筋です。さあ次は蓮さんの番ですよ!」
「やだ、咲さんカッコよすぎ。惚れちゃう」
咲のあまりの勇ましさにキュンキュンしてしまう蓮。蓮がもし女の子だったら、キュン死していたかもしれない。
「誤魔化さないでください! 隠すということはいらっしゃるんでしょ! ほら、早く」
「うう…今までで一人だけいますぅ…その子に一目ぼれしたのは小学校三年生のころで」
「うんうん! それでそれで!」
咲は目をキラキラさせている。
「結果としては、中学一年生の頃に告白して、一年だけ付き合ってフラれました。おしまい」
「ええ!、何があったんですかー!? 四年間もあったのに話が飛び過ぎですよ! てか、蓮さんって内気な人だと思っていたのですが、告白するなんて出来ちゃうんですか!?」
咲は、蓮の可愛らしい初恋の話を聞こうと思っていたのに、まさかの元カノがいたことに少しダメージを受ける。
「ええ、まあ。小中学校の頃はお調子者で、人並みに騒いでいました。でも、この告白やら、中学の時の人間関係を引き金に根暗になりました」
咲は地雷を踏んだかも?と思い、話を戻す。
「それで蓮さんの初恋の人ですよ。どんな人だったんですか?」
「一言で言うと、学校の勉強以外は無敵でした。咲さんに負けず劣らず容姿端麗で、ピアノやバレエや絵でしょっちゅう表彰されていました。料理がめちゃくちゃ上手で、時々くれるお菓子はもう絶品でした。それに加えて性格も良いんですよね。どんな話をしても笑ってくれるし、怪我をしたら絆創膏をくれました」
蓮が呆けた顔で言う
「何ですか、その完璧少女。蓮さんって意外と理想高いですよね。その人、料理とピアノとバレエのできる、完全に私の上位互換じゃないですか」
咲はムスッとした顔になる。容姿と性格の良さを自分で認めるの?と突っ込みたくなる蓮だが、事実だし、触れてはいけないと思いスルーする。
「確かに、僕はお付き合いする女性にとても恵まれているかもしれませんね。咲さんもめちゃくちゃかわいいし、気配りもできて、明るい性格で周りまで明るくしてくれる。そんな人と一緒に過ごせるだけで、この上ない幸せです」
蓮が天然で咲を褒めちぎる。蓮が打算的に話すことが出来ないことを知っている咲は、それを聞いて思わず嬉しくなる。
「もうっ、私のことより、初恋の人ですよ。そんなハイスペックな人なら、ライバル多かったんじゃないですか? こう言っては何ですが、そのころ蓮さん結構ぽっちゃりだったのに、どうしてお付き合いできたんですか?」
「その子は毎日のように男の子から告白されていましたが、一度もオッケーしたことはありませんでした。順を追って説明しますと、小学校三年生の頃はとりあえず面白い話をして気を引こうとしてましたね。好きになった時に、運よく隣の席だったので、ずっとしゃべっていました」
「本当ですか? 今の蓮さんからは、計算して面白い話をできるように思えないのですが」
咲は、蓮が少し、いやかなり話を盛っているのではないかと疑った。
「な! できますよ。小学校の頃はムードメーカー的な存在でしたからね。席替えした後もその子の傍に行って、昨日見たテレビの話や面白かった出来事を話し続けていました。その甲斐あって、その年はバレンタインチョコをもらうことが出来ました!」
「はーそうですか。それで小学四五六年はどうだったんですか?」
咲が少し不貞腐れながら言う。
「ん? もしかして咲さん焼きもち焼いてくれてます?」
蓮がほくそ笑んでいる。
「ち、違いますから! 私から話を振ったのに、それで機嫌を悪くするはずありませんよ! さあ続きをどうぞ」
咲は慌てながら、ムキになって言う。少しバツの悪そうな咲の顔も、また魅力的だ。
「小学四五六年生のころはクラスが離れ離れになってしまいました。でもたまに廊下で会った時は頑張ってしゃべっていました。しゃべれる距離にじゃないときは手を振ると手を振り返してくれましたよ!」
「ということは、中学一年生で急展開があるということですね」
「はい。なんと中一は同じクラスに! しかも席がひとり女の子を挟んで隣同士! その時は、これでもか!と言うぐらいしゃべり倒しましたね」
「ひとり女の子を挟んで隣同士って、隣同士じゃないですよ。その間にいた女の子が気の毒です」
「ご安心ください。その女の子も会話に加わっていましたし、なんだったら同じ班で後ろの席の三人の男の子も一緒に話していました」
「蓮さんがクロストークを! いえ、そんなことできるはずありません。その六人のうちの一人が仕切りたがりの人だったのでしょう」
咲の中で、蓮の女性免疫がなく根暗なイメージが瓦解していく。
「慧眼ですね。もちろん僕が場を回していました。それと、このころから容姿を気にするようになりました。つまりダイエットをしたわけです」
「あーモテるためにダイエットをしたんですね。何をして何キロぐらい痩せたのですか?」
「ランニングと筋トレと食事制限をして、半年で六十七キロから五十三キロまで痩せましたね」
「へ!それって何気に凄くないですか? 半年で十四キロもやせるって仰天チェンジに出られるれべるですよ。 蓮さんって事業や勉強もそうですけど、努力の仕方がえげつないですよね」
そう。蓮は地味に、努力だけは得意なのだ。
「そして、このころ丁度スマホ買ってもらって、ラインができるようになったんです。ラインを交換してからは毎日チャットを交わすようになりましたね」
「どんな内容を話していたのですか?」
「やっぱり学校のことが多かったですね。面白かったことや、友達の恋愛模様を話していました。そこで、彼女に彼氏がいないことは把握したのですが、いると言う好きな人は教えてくれませんでした。付き合ってからも教えてもらえませんでしたね」
「いやそれって絶対に…、何でもないです。続けてください」
鈍感な蓮はそのまま泳がせておいた方が良いと咲は判断した。
「それで、しばらく恋バナブームが続いて、お互いに彼氏彼女を作ろうよって話になったんですよ。その時もまだ、彼女のことが好きだと言い出せなくって。それで、どっちが先に恋人ができるかみたいな話になったんですよ」
「お互い好きな人を隠したままってことですねー」
咲は生返事をする。
「咲さん飽きてきました? では簡潔に。その恋人づくりの勝負の話から、僕が『もう僕たち二人が付き合ったら早いのにね』ってライン送ったんですよ。そしたら、彼女が『それも良いかも』って言ってくれて付き合えました」
「なんですか!そのキュンキュンする素敵な展開! そこはサラッと流しちゃだめですよ!」
咲は少しもったいないことをしたなと思う。
「あちゃーそうですか。付き合うことになってからは、テスト前にお互いの家で勉強したり、ラインでハートマークを送る仲になりました」
「デートとかは行かなかったんですか?」
「はい。誘う勇気が出なくって」
「それは仕方ありませんね、うふふ」
咲は自分が、蓮の元カノより一歩進んでいることで、優越感に浸る。
「それで、学年が変わった時にクラスも変わって、だんだん会わなくなりました。そして、最後は『曖昧なことばかり言わないでください! 意気地なし!』って言われて別れました。その意味はいまだによくわからないのですが」
咲は蓮を気の毒に思いながらも、今こうして蓮と恋人になれているのは彼らが破局してくれたおかげだから、『別れてくれてありがとう!』と心の中で叫ぶ。
「それは残念でしたね。しかし、蓮さん凄いですよね。学校で大人気の女の子と付き合うことが出来たんですもん。こういっちゃなんですが、蓮さんのどこに魅力があったのでしょう」
「それなんですよ。付き合ってからも、付き合ってくれた理由は教えてくれませんでした。僕は、彼女の顔が良い、料理が上手、優しい等々いっぱい褒めたのに」
「ん-、ダイエットを頑張ったり面白い話をするなど、自分のために努力してくれたところが嬉しかったのではないでしょうか?」
「いやあ、でも太っていた時の方が良かったとか、必死にしゃべってくれなくても一緒に居るだけでいいとか言われてました。だから余計に謎なんですよね」
「まあいいんじゃないですか。今はこんな可愛い彼女がいるんですし!」
咲は、蓮を見てニッと笑う。その笑顔を見て思わず頭をなでたくなってしまう。
「それもそうですね。今はとっても幸せです。 あ、そういえば。彼女が僕と付き合う前に『好きな人がいる』って言ってましたけど、それは誰だったんでしょう? 彼女はその人をおざなりにして僕と付き合ってよかったのかな?」
蓮は今こうして振り返っても、何も気づかない。
「もうっ!元カノさんが気の毒です! 蓮さんの鈍ちん!」
やはり、蓮は人の気持ちを察することが苦手なんだなあと思う咲だった。
高校時代は友達も彼女もいなかった蓮ですが、中学校までは意外と陽キャでした。