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5-5 不死の霊薬の作り方



 ――不老不死。

 それが皇帝の願いだとすれば、ありふれた願いだ。予想の一番初めに出てくるものであり、特段驚くことでもない。

「エレノアール、賢者の石の作り方は知っているか?」

「……グロリアから聞いたことはあります」


 いまこの場にはいない黒猫のことを思い出す。

「ああ、彼女は詳しいだろうな。そう、かつてのアレクシスは同盟国をひとつ犠牲にして、賢者の石をつくった。命を溶かし、まとめ、ひとつの石にした」


 王国の王となったアレクシスは、死んだ人間を生き返らせるために賢者の石を求め、グロリアの生まれた国の人々を犠牲にした。

 そうして作られた賢者の石は、グロリアが捨てたと言っていたが、実際はアレクシスの身体の中にわずかに残っていた。その欠片も既にないが。


「さて問題だ。いまこの帝国で、消えても誰も気にしない、むしろ歓迎される民といえば?」

 ヴィクトルの指先がぴくりと動く。

 ――かつての王国民だろう。戦争のために獣と混ぜられた人々の末裔は、獣人と呼ばれ不遇な扱いを受けている。


「皇帝陛下はアリオスを贄に、賢者の石を作ろうとしていると?」

「残念ながらそれを行える錬金術師はまだ見つかっていないがな」

 ヴィクトルの鋭い眼差しを――常人なら竦み上がり、指一本すら動かせなくなりそうな視線を、マグナファリスは小さく肩を竦めて受け流す。


「先生の他にはいないでしょう」

「私はあんなものには興味がない。あれは破滅への入口だ。アレクシスの末路を見ただろう」

「……先生はなんでもご存じなんですね」

「君は寝ていたが、私は見てきたからな。何が起こったのか、これから何が起こるのか、だいたいのことはわかる」

 叡智を宿した瞳が静かに光る。




「話を戻すが、残念ながら賢者の石だけでは不老不死には至れない。不老不死には人の命の結晶と、神性生物の結晶が必要になる。即ち賢者の石と万能薬だ。そのふたつから、不死の霊薬エリクシルが生まれる」


 何故そんなことを知っているのか、という疑問は愚問だった。目の前の錬金術師は老いもせず悠久を生きている。不老不死の体現者だ。

 こんな存在が近くにいれば、皇帝も不老不死を願わずにはいられないだろう。


「なら心配ないでしょう。万能薬はもう作れませんから」

 万能薬はノアが作ったものがおそらく最後だ。その時出来たのは二本のみ。一本は王国に提出して、その功績が認められて国家錬金術師となった。もう一本はノアが密かに保管していたが、それももうこの世にはない。


「君の身体の中にある」

 緑を帯びた、金色の目。すべてを見通す神の目が、ノアの身体を見つめていた。

「飲んだのだろう? まだ君の身体の中に微かに残っている。君こそが最後の万能薬とも言える」


 空から落ちて重傷を負い、死を覚悟したあの時。

 ヴィクトルは、ノアが彼の妹のために渡した最後の万能薬を、ノアに飲ませた。

「君と賢者の石を合成したら、どんなエリクシルが出来上がるのだろうな」


 背筋が冷たくなる。氷の刃を心臓に突き付けられているかのように。

 息をするのも忘れそうなノアの前で、マグナファリスは興味深そうに頷く。

「侯爵。そんなに怖い顔をするな」

 軽くたしなめ、頬にかかる髪を掬い耳に掛ける。


 錬金術師の瞳が、ヴィクトルを見上げる。

「皇帝がエレノアールを欲したらどうする? 渡すのか、戦うのか」

「渡すことは有りえない」

「戦うのか? 帝国と」

「必要とあらば、持てる力の全てで」


 ――無茶だ。

 無謀だ。

 だがいざその時が来れば。

 ノアの命だけでは贖えない災厄が、フローゼン領の人々に降りかかるのなら。

 その時はノアも、持てる力のすべてを使って戦うだろう。


「さて、雑談はこれくらいにして、ここに来た理由を話そうか」

 重い空気を無視して、マグナファリスは懐から抜き身のナイフを取り出すと、テーブルの上に置く。

 昨夜ノアが預けたナイフだ。

「賢者の石の失敗作。なるほど確かによくできた失敗作だ」

 マグナファリスの硬質な声が、わずかに興奮を帯びていた。




「ナイフはなんの変哲もないものだ。問題は塗料にある」

 テーブルの上に置かれたナイフを見つめる。

 マグナファリスの言った通り、ノアが調べた通り、銀色の刀身が輝く普通のナイフだ。

「錆止めの塗料に賢者の石もどきと神性生物の成分が含まれていた」


「塗料にですか?」

 予想外の指摘に目を見張る。

「人体に刺したときに血肉と賢者の石と神性生物の血が混ざって溶け出し、人を超越したものになったのだろう」


「そんな、私が見たときは何も」

「そう細工がされていた。見えない塗料が、柄元に僅かに残っていた。認識を阻害し、錬金術師の眼に触れないような高度な術が使われたものだ。君が眠った後に生まれた技術だな」


 驚きが喉に張り付いて、言葉も出ない。

 ノアは小さく咳払いをして、疑問を口にした。

「神性生物の血なんて、もう手に入るとは思えません」

「ホムンクルスで培養したか、手持ちのものを使ったかだろう。もしくはどこかに蓄えていたか……」


 アリオスではサラマンダーのホムンクルスが甚大な被害を引き起こしていた。

 入手は困難だろうが、古く力のある生物の身体の一部を手に入れることは不可能ではない。


「でもそれなら、どうして抜けば身体が崩れたのでしょう……」

 身体に溶け込むのなら、ナイフを抜いても影響は何もないはずだ。しかしナイフを抜かれた超越者たちは皆、身体が崩れた。


「それは制御機構のひとつだな。まったく制御できないのも困るから、トリガーをひとつ用意しているのさ。このナイフの鉄は王国産の特殊なものだ。この鉄が核に変わるようにしてあるのだろう」

「…………」

 なるほどと感心したくなる。

 思っていた以上に複雑で繊細な技術が使われている。


「賢者の石もどきの方は、賢者の石研究での産物だろうな」

 錬金術師なら誰しも、賢者の石を求めて研究を行う。

 偶然、目的のものに近しいものが出来上がることもあるだろう。

 どちらも困難だが不可能なことではない。


 マグナファリスの口元がふっと緩む。

「戦争中にも同じようなものを見かけたよ。懐かしい」

 臓腑を直接かき混ぜられているかのような、不快な感覚が広がっていく。

(こんなものが、戦争でも使われていた?)

 どれだけの惨劇が生まれたのか――……


 込み上げてくる吐き気を、何とか抑える。

 正気を失うわけにはいかない。ノアは聞かなければならない。どれだけ苦痛を伴おうとも。

 マグナファリスは知っている。過去も。ノアが眠っていた間のことも。戦争の真実も。


「君は繊細だな。顔が真っ青だ。もう終わらせるか?」

 マグナファリスがノアの眼を見つめる。心の底まで見透かすような眼で、笑っていた。

「…………」


 震える手に、温かい感触が重なる。

 ソファの上に置いていた手を、大きな手が包み込んでくれていた。

 その体温が、その感触が、その存在が。ノアに顔を上げる力をくれる。

「いいえ。ご存じならばお聞かせください。これをつくったのは、広めているのは誰なのか」


 マグナファリスは眉根を潜め、深く息をつく。

「エレノアール。私は何も意地悪で言っているのではない。これ以上踏み込めば帰ってこられなくなる。その覚悟は君にはあるのか?」


「いまの私には、守りたいものがあります」

 この時代に来てから、多くの人と関わりを持ってきた。

 以前は自分を守るために時代から逃げたが、いまは自分よりも大切な人たちがいる。

 もちろん本質が変わったわけではない。面倒ごとからは逃げたい。引きこもって過ごしたい。けれど。


「逃げたいですけれど、逃げません」

 もう逃げないと決めた。ここで生きていくと決めたのだ。大切なものを守るために。

 そのためには、情報がいる。

 知らない、知りたくないでは、守れない。


 マグナファリスは部屋の外まで響きそうな、深い深いため息をつく。瞳が、深い憐憫の情に揺れていた。

「これをつくったのはカイウスだ」

「カイウス……? アレクシスとエミリアーナの子どもの、カイウスですか?」

 まさか、と思いながらも確認する。

 おそらく名前が偶然同じだけだろうが、疑念を頭の中に置いたままでは話を続けられない。


「そうだ」

 笑い飛ばされるのを期待したが、マグナファリスは眉一つ動かさず肯定した。

「カイウス・フローゼンは錬金術師としても才能があった。性格に難があったがな」

 ナイフの刀身に指先を伸ばし、撫でる。


「かつては戦争の道具として、いまは帝国を混乱させるために、こんなものをつくってバラ撒いたのだろう……いや、そこまでマメではないな。おそらくは利害が一致するものに大量に渡して、バラ撒かせているのだろうが」

「待ってください。それだと、カイウスが生きていることに――」

「そのとおりだ。どうなんだカイウス」


 振り返り、後ろに立つ従者を見る。

 仮面で顔を隠した、金髪の少年を。





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