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5-3 星空の茶会




 カップの紅茶がなくなり、白い磁器のポットから、ティーカップに琥珀色の液体を注ぐ。

 揺れる表面を照らすのは、ランプの中で輝く錬金術の光だ。

 空中庭園からは帝都の夜の姿も見える。街で輝く光の中に、錬金術の光はない。


「先生はどうして、帝都に錬金術の技術を広めていないのですか」

 帝都にも、辺境のアリオスにも、表向きには錬金術は存在しないことになっていた。錬金術の技術によって作られたものも、存在しない。

 錬金術師が帝国の中枢にいるのにも関わらず。

 マグナファリスの意図を感じずにはいられない。


「エレノアール。いまは三百年前とは違う」

 緑の瞳に、金色の瞳孔。

 不思議な色の目が、ノアを見据える。

「素材となる力ある存在――神性生物もほとんどが消えた。錬金術はいずれ廃れる技術だ。そんなものを人の子に与えるのは酷というものだ」


 人間ではないような言い方をする。

「人には人の営みがある。錬金術は、才能あるものだけで密やかに楽しめばいい」

 マグナファリスはティーカップを傾け、紅茶で喉を潤す。


 ――マグナファリスは。

 錬金術の才能があるものだけを愛してきた。ノアもその愛を受けた。

 そして、才能がないものは見限った。


 いまも変わらないのだろう。帝国で錬金術の才能の片鱗があるものを愛し、才能がないとわかると捨てるのだろう。何の未練もなく。

 マグナファリスにとってはすべては遊びなのかもしれない。

 神代から生きる悠久の錬金術師にとっては、すべてが戯れで、暇つぶしなのかもしれない。


「……それでも――」

「君は薬を作っているな。ああいうアプローチはとても、君らしい。嫌いではないし、好ましくさえ思う。だがそれくらいにしておけ。人の子に過ぎたる力を覚えさせれば、その先にあるのは、すべてを焼く戦火だ」

 それはよく身に沁みている。


「傲慢になれ。エレノアール」

 納得しかねるノアに、諭すように笑う。

「傲慢に、ですか」

 意図を測りかねて、聞き返す。なるなと言われるのならわかるが。


「錬金術師は人に戻ると弱くなる」

「……心に留めておきます」

 それがマグナファリスの出した結論ならば。納得できるかどうかはまた別の問題だったが。

 ノアは意を決して茶器を置き、顔を上げ、背筋を伸ばし、マグナファリスと向き合った。

「先生に見ていただきたいものがあります」




 ドレスの裾をめくり、脚に巻き付けた亜空間ポーチの中から、石で包んだナイフを取り出す。

「その姿でその行動はどうかと思うがな」

「何が起こるかわかりませんから」

 石の塊をテーブルの上に置く。マグナファリスは苦笑した。


「随分厳重に封印を施してあるな」

「このナイフが刺さった人間は、異形の存在へと変わりました。それこそ、伝説に残る神性生物のような」

「ほう?」

「ある錬金術師はそれを超越者と呼んでいました。人を、理を、超越したものだと。そして彼は、このナイフを賢者の石の失敗作とも言っていました」

「なるほど」


 マグナファリスの目が輝く。

 ノアはもう一歩深く踏み込んだ。

「先生は関わっていらっしゃらないのですか」

 短い沈黙のあと、呆れたようにため息をつく。


「相変わらず直情型だな。駆け引きというのを覚えたらどうだ」

「先生相手に駆け引きで勝てるとは思えません」

「素直でよろしい。だが最初から降伏されるのも面白くない」


 ナイフをテーブルの上に置いたまま、表面を覆っていた石を分解する。鱗が剥がれるように剥離し、分解され、風に消える。

 そこに残ったのは、何の変哲もないナイフだ。


「残念ながら、これは私の関与するところではないな。だが、興味は引かれる。借りても構わないか」

「はい」

「では今日はお開きだ」

 マグナファリスは立ち上がると、ナイフを持ってノアが来た方向とは反対側に歩いていく。

 黒猫がその後ろを健気についていっていた。



##



 空中庭園から廊下に続く扉を開けると、ヴィクトルが立っていた。ずっとここで待っていたようだ。仮面の少年の姿はもうなかった。

「お待たせ」

「どんな話をしたんだ」

「錬金術の話。やっぱり私の知るマグナファリス先生だったわ」


 しかし少々当てが外れてしまった。

 賢者の石の失敗作のことをマグナファリスが知らないのなら、いったい誰がつくって、誰が広めているのだろうか。

 ここはファントムを問い詰める方が先かもしれない。あのナイフに関わる人物の中で、生き残っているのはあの錬金術師だけだ。


 これ以上の凶行は阻止したい。超越者の力は人智を超える。

 そうなるとあの神出鬼没な錬金術師をどうやって捕まえるか、だが――

 何かいい手はないものか。頭を悩ませながら歩いていると、ぐらり、と足元がよろめく。

 倒れると覚悟したが、転倒の瞬間は訪れず、ぐっと力強く身体を支えられる。


「あ、ありがとう……」

 腰に回された腕に手を添え、顔を上げる。

 ヴィクトルの顔が思った以上に近くて、息を飲んだ。

 きれいな青い瞳が、すぐ近くから眼を見てくる。心まで覗き込まれそうなほど、まっすぐに。


 腕が離れない。離してくれない。

 薄暗い廊下にふたりきり、見つめ合っている格好になる。

 ふたりの関係は正式な婚約者だ。皇帝に結婚を認められた婚約者。暗がりで抱き合っている姿を誰に見られても問題はない。

 問題はノアの心だけだ。


 この距離はダンスの練習で慣れたはずだった。

 しかし気持ちを伝えあったいまでは、違う。いままでとは全然違う。

 意味も、体温も、変わってくる。

 身体の奥に焦がれるような熱が生まれる。


(だめ)

 流されてはいけない。

 ノアの中ではまだ本当の婚約者ではなく、あくまで偽の婚約者。演技だ。形式上は正式な婚約を結んでいる上、お互いの気持ちも伝えあったが、ノアはまだ結婚などは考えていない。考えられない。

 ――いまはそれどころではない。


 好きと言ったときに、そのこともちゃんとヴィクトルに伝えた。

 いまはそれでいいと言ってくれた。

 そう。気持ちを伝えあっただけで、何かが変わったわけではない。

 ないのだが。

 熱が、止まらない。


 嫌なわけではない。

 だが、自分の都合で宙ぶらりんにさせていることが、ひどく後ろめたく、心のままに動けない。

 ヴィクトルのことは好きだ。

 だが貴族の結婚は多くの責任が付きまとう。ノアは生まれは王国の侯爵家だが、錬金術師になってからは貴族の生活からは遠のいていた。


 いまさら帝国の侯爵の妻が務まるのかという不安が、前に進むことを躊躇わせる。進んだらきっともう戻れない。

 好きという気持ちに偽りはない。

 ヴィクトルを支えたいと思う。だが支えるのなら、他の形があるのではないかとも考える。

 これは真剣に考えないといけない問題で、いまはそれをゆっくり考える余裕はない。

 だから――思わず、目を閉じてしまった。


「…………」

「…………」

 腰に回っていた腕の力が弱まる。

 抱き寄せられる力が緩くなり、ノアは目を開け、支えられながら、自分の力で立ち直した。

 ヴィクトルの顔を見上げると、ノアと代わるように目を閉じていた。まるで嵐の前で吹き飛ばされないように耐えているかのような表情で。


「足は大丈夫か」

「うん。ヴィクトル、腕を借りてもいい?」

 差し出された腕に腕を絡ませる。

 寄り添い、体重を預ける。

 やはりこの靴はヒールが高い。慣れるまではこうやって、甘えることにした。





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