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4-24EP 錬金術師の告白



 ローゼットの所持していたナイフは、クオンからノアに渡された。

 明け方に侯爵邸に帰ってきてから、まずは休息をと言うことで部屋に戻り、就寝の身支度を整えた。あとは休むだけとなってにも関わらず、眠ることができないまま、椅子に座って預かったナイフを見つめる。


 このナイフのことはまだほとんどわかっていない。

 バルクレイ先代伯爵夫人をメドゥーサに変えたナイフもノアが預かり、何度も調べたが、いくら構造を見てもただのナイフだった。

 そしてこれも。

 頭が痛い問題だらけだ。


「あの御方ってどの御方?」

 ローゼットにこのナイフを与えたという人物はいったい誰なのか。

 古参貴族の伯爵が敬う相手となるとかなり絞られてくるが。

 ノアがいくら考えても答えは出ない。

 潔く諦めることにして立ち上がり、ナイフを石で包み込んで亜空間ポーチの中に収納する。


 そのまま椅子にも戻らずベッドにも行かず、室内用の上着だけ羽織って部屋を出る。こんな状態で眠られるわけがない。

 まっすぐに書斎へ向かい、扉を開ける。昨日惨劇のあった場所は、きれいに片付けられていた。血痕も消えており、まるで何事もなかったかのようだ。

 部屋の前に立ち、中には入らず、朝日の差し込む書斎の姿を眺める。


(何も残っていない)

 ローゼットのことも、デルフィーク伯爵家のことも、おそらくこの部屋のように、すぐに片付けられて表の歴史からは消えていく。不都合な存在だから。

 そうなることがわかっていたから、火を放ちすべてを終わらせたのだろうか。他者の手に奪われないように。


(身勝手な話)

 孤児院は無事ということだから、それだけが救いだろうか。

 人のいない書斎の前に立ち尽くしていると、廊下を歩く人の気配を感じた。

 振り返ると、マークスがいた。


「これはこれはエレノア様。いかがなさいましたか」

「いえ、何も。掃除が行き届いているなと」

「恐縮です。この度はマリーがご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」

「いえ……」


「マリーは既に解雇しました。本日中には家を出ます」

「えっ?」

「旦那様の許可もいただいておりますし、本人の希望でもあります。エレノア様には少しの間ご不便をおかけしますが、すぐに代わりのものをご用意しますので」

 マークスは事務的に続ける。


「ちょっと待ってください。えっと……マリーさんは、何か覚えているんでしょうか」

「いえ、ほとんど何も。ただ自分が罪を犯したことは理解しておりました」

 おそらく、ヴィクトルを刺してしまったことだろう。


「それにこのままではいずれ、さらなるご迷惑をおかけするでしょう。あの子にとってもこの方が良いのです」

「マリーさんと話をさせてもらってもいいですか? 直接、ふたりで」

 マークスは表情を変えることなく頷いた。

「承りました。部屋でお待ちいただけますか」




「どのようなご用件でしょうか」

 ノアの部屋に訪れたマリーはメイド姿ではなく、私服だった。落ち着いた茶色のワンピースがよく似合っていた。

 意志の強さを感じる表情と、毅然とした立ち姿は、まるで戦いに挑んできているかのようだ。


「マリーさん、辞めないでほしいの」

 駆け引きも何もなく、単刀直入に言う。

「マリーさんはとっても優秀なメイドだもの。この人手不足の侯爵家でいまマリーさんに辞められると、私もアニラも他の皆も大変なことになるわ」

 戸惑うマリーの瞳を見つめ、ノアはさらに続ける。


「マリーさんは優秀だからどこでも重宝されると思うけど、できたらここで働き続けてほしいの。もちろんマリーさんの気持ち次第だけど」

「私は……私はもう解雇された身です」

「私が直に雇ってもいいし」

 ノアが自分の侍女として雇うのなら、マークスもヴィクトルも良い顔はしなくても強くは言ってこないはずだ。もし反対されたらその時はその時で考える。


 マリーはますます困惑を深め、視線を下に逸らす。

「私は、旦那様に、とんでもないことを……」

「ヴィクトル? 別にどうもなかったけど」

「そんなはずは」

「悪い夢でも見たんじゃないかしら」


 幸いにもマリーの記憶ははっきりとしていない。そこに付け込む。

 ヴィクトルの傷はもう治した。傷跡は薄っすらと残っているが、誰かに気づかれることはないだろう。

 しばらくの沈黙。

 ノアは黙ってマリーが話してくれるのを待つ。


「どうしてそこまで言ってくださるんですか」

「私の知らないヴィクトルを知っているんでしょう?」

 堂々と切った啖呵を思い出しながら言う。


「私の知らない部分を、あなたなりに支えてあげてほしいの。この場所でも、別の場所でも、もちろん全部吹っ切ってくれてもいい」

 このままマリーを別の場所に送り出すのは簡単だ。彼女ならどこでもやっていけるだろう。

 だがそれではノアが納得できない。

 利用されて罪を被って姿を消してしまうのは。


「だから、あなた次第」

 ヴィクトルが呪詛を受けたのはマリーのせいではない。ノアの責任も大きい。ヴィクトルはノアを庇って刺された。誰が悪いのかと考えれば、やはりローゼットに呪詛の依頼をした何者かが一番悪い。

 そんな相手の思い通りにはさせない。誰の未来も奪わせはしない。

 これ以上何ひとつ奪わせない。それがノアの決意だった。


「……ありがたいお話です。私には過分なほどに」

 ずっと俯いていた顔が上がる。

 長い雨が晴れたような、清々しい表情だった。

「幼い夢からは覚めました。もしできるのなら、奥様にお仕えさせてください。誠心誠意、お勤めさせていただきます」



##



 マリーと話したあとすぐにマークスを呼んで説明すると、ひとまず解雇は保留となった。しばらくは様子見で、次何かあれば即解雇ということで落ち着いた。

 ノアのワガママを押し通す形となってしまったが。


 問題がひとつ片付いて、やっと一休みする気になったところで、部屋の扉がノックされた。

 入ってきたのはヴィクトルだった。

「休んでいるところにすまない」

「気にしないで。まだ眠れそうにないし。どうしたの?」

 何を言われるのだろうと、内心身構える。


「……すまない。顔が見たかっただけだ」

「……それだけ?」

「ああ」

 嘘や冗談や誤魔化しを言っているようには見えない。ただ、疲れているのか、大きな身体がひどく小さく見える。


 抱きしめたいと思った。抱きしめて、存在を、体温を、この手で感じたいと。

(いま、何を……!)

 とんでもないことを考えてしまった。首を何度も振って変な考えを頭から追い出す。

 恋人でもないのにそんなことができるはずがない。


「つ、疲れているなら薬を用意する?」

「いや、必要ない」

 あっさり断られる。必要ないのならそれに越したことはないのだが。

「抱きしめても構わないだろうか」

「うんっ?」


 動揺しすぎて変な声が出る。心の声が漏れているとしか思えない。もしそうだとしたら恥ずかしさで死ぬ。

「……うん」

 自分も疲れているのだろうか。疲れていることを口実にしているのだろうか。


 両腕を広げると、遠慮がちに抱きしめられる。

 恋人ではないのにこんなこといいのだろうか。

 合意があるからいいのか。

 自分を納得させて身体を寄せる。

 顔と身体が熱を帯びる。鼓動が全身に響く。


 ノアのすべてがあたたかく満たされていく。

 このままずっと一緒にいられたら、どれだけ幸せだろう。

 ――わかっている。この幸せは薄氷の上にある。いつ壊れるかもわからない。

 壊したくないと、思った。


「無理をしていないか」

「うん、だいじょうぶ」

「あなたは無理を隠すのがうまいから、時々不安になる」

「ヴィクトルも」

「私はいつも見透かされている」

 髪に触れられる感触がした。


「……ヴィクトル、守ってくれてありがとう」

 言いそびれていたことを、いまこの機会に言う。

「でも、お願い。無茶なことはしないで」

 刺されそうになったノアを、ヴィクトルはなんの躊躇もなく身を挺して庇ってくれた。


 正直なことを言えば、守られることは嬉しくない。

 自分のせいで人が傷つくのは嫌だ。

 受けるべき傷や痛みを肩代わりされるのは辛い。本当はノアこそヴィクトルを守らなければならないのに。


「あなたは私の光だ」

 顔を上げる。冬の青空のように青い瞳は、焦がれるようにノアを見つめていた。

「あなたと共にいる世界は、眩しいほどに明るく、美しく、あたたかい」

 背中に触れる指先に力がこもる。


「負担を強いているのはわかっている。だが、どうしても諦めることができない。あなたのいない世界では、生きていけない」

 ノアは両手を伸ばし、ヴィクトルの頬に添える。

 自分に視線を向けさせるように。

 そんなもしもの世界を考えるより、いまここにいる自分を見てほしい。


「傍にいるわ。無理もしない。ヴィクトルの未来を私も見たいの」

 心の声も、気持ちも。すべてが伝わるなんて都合のいいことがあるわけない。

 大切な気持ちほど、言葉にして伝えなければいけない。


「好き」

 ずっと育んできた想いを、いま言葉にする。

「ヴィクトルが好き」




第四章 了


第四章終了です。

ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!

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