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4-19 帝都の夜を駆ける




 帝都の夜は暗くて明るい。

 夜空へ伸びる呪詛の尾を辿って、街を進む。ヴィクトルに背負われながら。

 帝国の首都ということもあってか、街灯も多く、夜の中で活動するものも多い。深夜ともなると出歩く人々はほとんどいなかったが。すれ違う人もいない。

 帝都の夜は闇が深い。とはいえ移動用ゴーレムで走ることができるほど閑散としているわけでもない。


「痛いところはない?」

「ああ、問題ない」

 背負われながら、問いかける。

 屈強な男性ふたりに体力的についていけないため背負われることになってしまったが、これが非常に情けない気持ちになる。


「重くない?」

「羽根のように軽いな」

 以前ノアを肩に担いで旧王都を駆け抜けただけはある。広い背中は安定していて、不安は微塵も感じない。

「ならいいけど無理はしないで。あ、方角はこのままで」

 夜空に浮かぶ弱々しい影を見上げ、行き先を示す。尾は呪詛を封じた土人形から伸びている。

 手がかりは細い。だが確かに目に見える。遠くない道の先に何かがあると示している。


 さらに顔を上げると、月に照らされた雲が白く輝いている。

 風に混じる夜のにおいを吸い込み、逸る心を落ち着かせる。

 本音を言えば、目標地点についてはクオンの意見も聞きたかったのだが、後方を走るクオンは一言も口を挟まない。

 この道が正解か間違いかはわからない。だが到着すれば結果は出る。違うのならば次の場所を探すだけだ。




「あのお屋敷……うん、間違いない。降ろして」

 呪詛の尾の終着地点、周囲の屋敷より少し古めかしい、大きな屋敷の近くでヴィクトルに声をかける。

 大きな背中から地面に降りる。

 靴底に触れる石畳の感触が懐かしい。


「デルフィーク伯爵家か」

 帝都の地図も貴族屋敷の位置もすべて頭に入っているのだろうか。

 屋敷の窓からはいくつも明かりが漏れていて、人の動く気配もする。まだ寝静まってはいないことがわかる。


「呪詛と関係あるのは間違いないわ」

 屋敷全体を覆うように、暗闇とは違う影が霧のように漂っている。呪素が。

 この屋敷が呪詛と何らかの関係があるのはもう間違いない。

 術者が存在するのか、単に場所を提供しているだけかは判別できないが。


「止めるならいまのうちにお願い」

「問題ない」

「クオンさんは?」

 黙って頷くのみだ。否定意見が出ないのならば事を進めることにする。


(信じてくれるのは嬉しいけど)

 ノアにしか見えない呪詛の尾だけを根拠に、貴族の邸宅に侵入することに抵抗はないのだろうか。

(もし違っていたら逃げるだけだけど)

 覚悟を決める。逃げるだけなら、逃がすだけなら何とでもできる。逃走経路づくりと目眩ましには自信がある。


(さて、と)

 屋敷を囲む塀を見上げる。正面から入るわけにもいかないので目立たないところから侵入する潜入する必要がある。

 ヴィクトルやクオンはおそらく難なく乗り越えられるだろうが、ノアには塀に穴を開けるか、足場をつくって乗り越える必要がある。残念ながら運動神経が良い方ではない。

 安全性を取って塀に穴を開けようとしたとき、馬車がこちらに向かって走ってきた。


 不審者だと疑われないようにするには――時既に遅しと言えぞ――平静を装うしかない。ただの通行人が体調を崩して塀に手をついているのだと、自分に言い聞かせて通り過ぎるのを待とうとした時。

 馬車がすぐ近くで止まる。

 貴族の馬車が。

 窓にかかっているカーテンが開き、窓が少しだけ開けられた。


「エレノア様ではないですか。どうして我が家に?」

 緋色のカーテンの向こうにあったのは、見知った顔だった。レジーナ主催のお茶会で知り合った黒髪の女伯爵。

 夜会帰りなのか、肩の開いた青いドレスを身に纏っている。

「ローゼット様」

 ――我が家、と彼女は確かに言った。


「まあ、フローゼン侯爵まで……夜会の帰りにお二方に出会えるなんて、わたくしはとても幸運ですわね」

 艷やかな微笑みは、同性でさえ眩むような色香がある。

「夜分申し訳ない。あなたにお聞きしたいことがあるのだが、構わないだろうか」

「ええ、もちろん。それでは中にどうぞ」

 赤バラのような唇に笑みを刻む。身に纏う芳香がふわりと夜風に流れる。濃い花の香の底に、微かに血の匂いが混ざっていた。




 ローゼットと共に伯爵邸に入ると、ずらりと並んだ使用人に出迎えられる。

 使用人は男女ともに獣人のみであることに気づく。獣人は純粋な人間と比べて特徴があり、身が軽かったり力が強かったり、耳や鼻がよかったり、それ故に勘が鋭いと言われる。そのため労働力として重宝されていると。


 そのまま応接室に通される。

 ソファを勧められヴィクトルと並んで座り、クオンは背後に控える。

 ローゼットはノアたちの正面に座り、使用人が六人、壁際に並んで控えている。


「今日、ローゼット様の孤児院に行かせていただきました」

 世間話の体で切り出すと、ローゼットは少女のように微笑んだ。

「まあ。寄付をしてくださったのはエレノア様ですのね? ありがとうございます」

「子どもたちへの愛情を感じられる、とても素晴らしい場所でした」

 心からの気持ちを伝える。


「私も何かをしたいと常日ごろ考えてはいるのですが、ローゼット様は何がきっかけで孤児院を運営され始めたのですか?」

「家業ですわ。先祖代々の」

 柔らかな微笑みは慈愛と誇りに満ち溢れたものだった。

「惠まれない子どもを救うことが、わたくしの喜びであり、デルフィークの習わしなのです」

「素敵ですね。そんな慈悲深いローゼット様が、何故、呪詛を使われているのでしょうか」

「呪詛?」


 首を傾げるローゼットを見て後悔した。拙速すぎた。しかし一度口にした言葉は取り消せない。開き直る。

「呪術、呪い、呼び方はなんとでも。人を呪い殺す術です」

「そんな魔法みたいなもの」

 可笑しそうに笑う。

 ローゼットの青い瞳が興味深そうに開かれ、ノアを見た。


「ふふ、もしかしてわたくしを疑っております? 面白いこと。根拠はどこに? 証拠はございますの?」

(証拠……)

 土人形から伸びる呪詛の尾がローゼットに纏わりついていると言ったところで、見えない相手には虚言妄言の類いにしか聞こえない。


 実力行使、という言葉が脳裏をよぎる。

 この場を制圧し、呪詛の証拠を捜すという稚拙プランが。

(この家には絶対に何かがある)

 それは確信だ。

 しかし万が一失敗したときのことを考えると、行動を躊躇する。ここはもう少し粘り強く行くべきか。


「当家の執事が集めたものの写しだが」

 ヴィクトルが上着の内側から数枚の紙の束を取り出した。

 重なった紙が乾いた音を立ててテーブルの上を滑る。

 ローゼットの顔の筋肉がわずかに動いた。


「これは裏社交界のパーティの開催記録か。どんな宴が行われているのか、民衆が知ればどう思うだろうか」

「あら、まあ……」

「孤児を攫って孤児院に収容しているが、一部の子どもは余興に使っていたようだな」

 ――余興。

 それがどんなにおぞましいものであるかは、ノアにも推測できた。侯爵邸に送られてきた贈り物を思い出す。


「こちらは出席者の名簿の一部、これは当家に侵入した賊の身元についてだ。残念ながら呪いで人を殺した証拠はないが」

 手袋をはめた指先が、テーブルと紙を叩く。

「どれも醜聞としてはなかなかのものだ」

 ヴィクトルがその気になれば、ほどなく帝都中に広まるだろう。新聞社に持ち込んでも、噂として流しても。貴族でも止めきれるものではない。


 出発前にマークスと話していると思ったらこんな武器を持っていたなんて。流石と思いつつ複雑な気持ちになる。

(こんなものがあったなら――)

 ヴィクトルもマークスもローゼットに焦点を合わせていたのなら、教えておいて欲しかった。

 ノアにはそこに書かれている内容の真偽はわからなかったが。


「お人が悪いですわ、フローゼン侯爵」

 ローゼットは悪びれることなく小鳥のように笑う。

 ヴィクトルの眼差しを受けたローゼットの顔から優雅な笑みが消え、すっと目が細まる。

「デルフィークの家業です。先祖代々の」

 帝国の古い貴族――正統なる血脈を受け継ぐローゼットは、誇らしげにそう答えた。




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