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1-8 不滅の幽霊


 キメラとの戦闘でぼろぼろにしてしまった侯爵邸の中庭を修復し、戦闘での負傷者の治療をこっそりと行い、診療所にも顔を出して昨日の子どもの様子を聞いて、ノアは城郭都市アリオスを後にした。

 門から出ると門番に止められるかもしれないので、警備の薄い壁に錬金術で足掛かりをつくって、導力で操る縄で補助して上った。

 森に下りると人目につかないように気を付けながら家のあった場所を目指す。

 気分は犯罪者だ。何も後ろめたいことはしていないのだが。


「迷った……」

 街が見えなくなって早々、ノアは絶望的な気分で呟いた。

 どこもかしこも森。なんの変哲もない森。景色の変わらない森。

 根拠のない自信満々で帰られると思っていた自分の馬鹿さに頭痛がした。


「王都の方角はわかる。王都から家への道は覚えてる……ので、王都に行ってから帰る」

 方針は決まった。

 何とも遠回りな上に、先ほどのキメラとまた出会いかねないルートだが仕方ない。

 せめて前向きに歩き始めたとき、遠くから地響きのような音が聞こえてきた。

 石を土の上に滑らせるような音。


 ほどなく森の隙間から見えたのは大きな人影――いや、石の影。

「ゴーレムくん!」

 ノアの作ったゴーレムが、ゆっくりと力強い足取りでノアの元へと歩いてくる。

「そうだった! お仕事が終わったら私のところに来るように言ってた!」

 特に何も考えずにした命令が、いま花開いている。

 製造者と製造物を繋ぐ魂の糸が、運命の糸になったのだ。


「ゴーレムくんありがとー! 大好き!」

 顔のない石人形が格好良く見えて仕方がない。

 早速ゴーレムの肩に乗る。

「それじゃあ、このまま家に連れていって」

 ゴーレムは歩き出す。自らがやってきた道を。



##



 太陽が中点を超えたころに家にたどり着く。

 瓦礫の山は命令した通りに、石とその他で分類され終わっていた。

「お疲れ様。ありがとう」

 お礼を言ってゴーレムの命令をすべて解除し、仮初の魂を抜く。

 魂を失ったゴーレムはその場でガラガラと崩れてただの石に戻る。


「さて、もうひと頑張り」

 気合を入れて地面に一部屋ほどの四角い穴を開ける。

 壁と床を厚い石で覆って、天井は出入り口部分だけは開けておいて同じく石で覆って、地下室にした。その中に元研究室の中にあった大事なものを入れていく。子どもぐらいの大きさのゴーレムを三体つくって手伝ってもらいながら。


 地下室が完成すると、上に小屋を立てる。昔の屋敷ほどの大きさはいらない。前回は実家基準で作ってしまったので小さくしたつもりだったが大きすぎた。今度は一人暮らしに十分な規模でつくる。森の中で目立たないので小屋を。

 いま思えば、屋敷がボロボロだったのは経年劣化だったのだろう。三百年の風雨に晒されれば仕方がない。そこにあの地面の揺れ。崩壊しても仕方ない。よく頑張ったと思う。


 最後に見つかりにくくなる隠者の術式をかけて、ひとまず仮の家づくりが終わる。とりあえず家具は簡易的なもので揃える。

 ベッドは大事なものなので、上の小屋と地下室の両方に備える。

 ある程度表面を整えたら、地下室に下りる。

 とりあえず雑多に置いていった錬金術関係のものを、丁寧に整理していく。足りない棚はすぐに石を盛って作れるから、錬金術というものは本当に便利だ。

「ああ、これも、これも、壊れている……」


 研究道具の中でも繊細な器具や、フラスコやビーカーなどのガラス製のものは割れてしまっている。器具は一応中に入れて、割れたガラスは大地に返した。

 同じようなものはこの時代でも買えるのだろうか。もしくは、鍛冶屋やガラス職人を探して作ってもらうことはできるのだろうか。

 どちらも無理なら。

「自分でつくらないとなぁ」

 できるかどうかはわからないが、やるしかない。


 そう。やることはまだまだある。

 あるのだが、果たして。

「意味があるのかな……」

 この世界ではもはや錬金術は憎しみの対象ですらあるのに。

「人体修復には需要があると思うけど……錬金術だって言ったら、嫌がられるかなー。隠して使えばいいのかなー。でもそうしたら聖女とか思われかねないし」

 聖女という響きは好きではない。

 聞くたびに寒気が走る。

 他ならぬ妹がそう呼ばれていたから。



 双子の妹という存在と折り合いをつけるのは難しい。

 自分と同じ存在のようで、自分とまるで違う。

 身体も魂も分けて生まれてきたはずなのに。

 同じだからこそ、違うということが突き付けられる。



 ふらふらとベッドの方に歩いていき、靴を脱いで、寝転ぶ。

 なんだかとっても疲れてしまった。

 たった一日出かけていただけなのに、長い長い旅をしてきた気がする。

(あのベッドよかったなぁ……スプリングを仕込むあのアイデアは真似しよう)

 少し休んだら、快適な空間づくりに取り組もう。

 満足いく部屋ができたら、もういっそここに引きこもってしまおうか。

 外の世界は怖すぎる。



##



 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 夢とうつつの間で揺れながら、ゆっくりと目を覚ます。

 ぼやける視界の中で、白いドレスを着た女性の姿が見えた。ベッドの上に浮かぶ格好で。

 夜空を紡いだかのような黒く長い髪。

 月のように輝く金色の瞳が、ノアを見て瞬きをする。

 その身体は薄っすらと透けていて、重量感というものがまるでない。

 そしてノアはその顔に見覚えがあった。


「グロリア!」

 名前を呼んで飛び起きる。

「あら黒の。やっと起きたの」

 白のグロリア。

 ノアが黒のエレノアールと呼ばれていた時に、同じく錬金術師だった女性だ。白と黒との対だとよく言われた。

 あの時はまだ普通の人間だったが。


「おめでとう! ついに肉体を捨てたのね!」

 いまのグロリアは精神体。

 全身がきらきらと金色を帯びる、魂のみの姿だ。グロリアはずっと肉体を捨てたいと言っていた。そして肉体を捨てるための研究を続けていた。

「あんな重くて醜いもの。あなたも早く捨てたほうがよろしくてよ」

 ふわふわと浮かびながら肩をすくめる。


「余計なお世話。相変わらず価値観が合わないわ」

「あら可愛くない。せっかくお休みの時間を伸ばしてあげましたのに」

「やっぱりグロリアの仕業だったのね!」

 そんなことだろうと思っていたけれど。錬金術師の術式に関与できるのは錬金術師くらいだ。

 グロリアは以前と変わりない様子で、楽しそうに笑う。

「ふふっ。そうでなければもっと大変な目に遭っていたでしょうね」

「う……具体的に聞きたいような、知りたくないような」


 ノアはベッドから足を下ろし、腰かける状態になってグロリアを見上げる。

「まさかこの時代で再会できるとは思っていなかったわ。いままでどうしていたの?」

「わたくしが教えてあげるとお思い?」

 美人も悪女に見える、意地の悪い笑み。

「まさか無事に戻ってくるなんて興覚めですわ。時の狭間に消えてしまえば楽になれたでしょうに」

「残念でした。で、グロリアはその三百年幽霊やってたわけ?」


「幽霊って言わない! 高位精神体!」

(どう見ても幽霊だし、下手すれば悪霊)

「誰が悪霊ですってぇ!」

「心が読めるの? すごーい」

 思わず拍手する。

「もー! 黒のなんて知りませんわ!」

 なぜか怒って姿を消してしまう。何の名残も残さずに。

 端から見ればどう見ても幽霊だ。




 部屋にひとりきりになり、ノアは腕を組んでうつむいた。

「うーん、いまのは本当に現実だったのかしら」

 自分が見た都合のいい幻覚かもしれない。

 知り合いに会いたいという深層心理から生まれた白昼夢だったのかもしれない。

「いやでもグロリアには特に会いたくはなかったし。やっぱり現実?」

 気を取り直すために、地下室から上に移動する温かいお茶でも飲んで落ち着こう。

 湯を沸かし、ポーチから茶葉を取り出し紅茶を入れる。即席の椅子に腰をかけて、ゆっくり身体を温める。


 心も段々落ち着いてくるのを感じる。

 やっぱり、自分の家は落ち着ける。

 目覚めてから、わけがわからないこと続きだった。昔のことと現在のことが整理しきれずに、一種の興奮状態だったと思う。

 それでもそろそろ受け入れないといけない。

 この時代を。この世界を。

 ゆっくり考えるためにもお茶菓子が欲しいと思ったその時。 

 入口のドアが激しくノックされた。


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