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4-13 見えない敵



 ノアが孤児院を見たのは初めてだったので、普通がどういうものかはわからなかったが、中は普通の屋敷だった。元は貴族の別荘だったものを改築したらしい。

 清潔すぎるくらい掃除が行き届いていて、健全な雰囲気の、大きな家。

 きれいに洗濯された服を着た子どもたちが元気に走り回り、通りかかった院長と客人の前では礼をしていく。

 あちこちから明るい声が飛び交う。屋内だというのに陽だまりの中にいるかのようだった。


「子どもたちは里親が決まるまでここで学び育ち、決まらなかった子も十五歳前後で独り立ちしていきます。得意なことを仕事にしたり、お屋敷に使用人として雇われたり」

 院長の説明を受けながらの見学が終わり、玄関先まで見送られる。

 ノアは再訪と次の寄付を約束して、孤児院を後にした。




「いかがでしたか、お嬢様」

 孤児院から離れ、丘を降りかけたところで、後ろを歩くクオンが声をかけてくる。

「子どもってかわいいな」

 背中に刺さる視線の冷たさで凍てつきそうだ。

「調査的には、収穫なし」


 孤児院の中は普通だった。特別呪素が濃いわけではなく、呪詛が行われたような形跡もなかった。血や死の匂いもしなかった。

 あまりにも健全だった。

 子どもたちの犠牲の痕跡がないことには安心したが、まだ懸念はある。


 ここから連れ出されて他の場所で儀式が行われた可能性も残っている。

 呪詛はどこから行われたのか。術者はいったい誰なのか。まだ手掛かりさえ掴めていない。

(生贄を使っているとも限らないんだけど)

 ノアと同じように呪素を操れる術者がいれば、生贄を用意する必要はない。そんなか細い希望にすがることはできないが。


(路地の子どもたちも、どこへ行ったんだろう)

 子どもたちの様子を注意深く見たが、皆ここに馴染んでいて、怯えや警戒などはなかった。昨日今日連れてこられた様子ではなかった。

 孤児院に無理やり連れてこられたのではないのなら、生活場所を移したのだろうか


 風に紛れさせて、小さくため息をつく。

 まだまだわからないことだらけ。

 すぐには新しい呪詛は実行されないだろう、という希望的観測だけが支えだ。更なる呪詛を行うのは、前回の呪詛が効いていないと確証を持ってからだろう。

 呪われたノアが生きていると相手に確実に伝わるのは、二日後の大皇宮の夜会だろう。

 それまでに解決しないといけない。


(間に合わなければ夜会は欠席ね)

 ――あれだけヴィクトルに反抗したのに。

 それでも。

 人の命には代えられない。


「気前のいい寄付でしたね」

「お金は血液と同じ。私のところで留めておくより、使って循環した方が健全だもの」

 事業の収入や、王国時代の金貨の換金で、ノアの個人資産はかなり膨らんでしまっている。基本的にフローゼン領内で使っているが、それでも使いきれなくて溜まっていく。

 それが子どもたちの未来のために活用されるなら、良い使い方ができたと思う。院長の信頼を得るのにも役立った。


 歩きながら、振り返る。

「クオンさん、案内してくれてありがとう」

「我が君のご命令ですから」

「昼からもよろしく」

 感情が顔から漏れ出していた。



##



 化粧の手直しのため一旦侯爵邸に戻る。配達屋の少年とすれ違って屋敷に入ると、玄関先には受け取ったばかりらしき荷物を抱えたマリーがいた。

「おかえりなさいませ。このような姿で失礼します」

「ただいま。それは?」


 ノアは瞳の色を変える眼鏡を取り、問いかける。

 マリーが両手で抱えているのは、金色のリボンと赤い紙で包装された箱だった。

 どこから見てもプレゼント。なんの変哲もない贈り物。

 だがノアにはそれが何故か、嫌なものに見えた。得体のしれないものに。


「旦那様宛のお荷物です」

「誰から?」

 箱の上に乗っている添え状を見て、訝しげな顔をする。

「差出人は……書いてありません」


「貸して」

 両手を差し伸べ、渡すように促す。

「いえ、これは旦那様へのお荷物ですので」

「私が責任を取るから、渡しなさい」

 あえて命令口調で言う。


「ですが……」

 マリーは助けを求めるようにノアの後ろのクオンに視線を向けたが、クオンは我関せずとばかりに反応しない。

 マリーは渋々とノアに箱を差し出した。

 受け取って重さを確かめる。軽い。だが、何かが入っている重みがある。


 箱を床に置いて、リボンを解き、赤い包装紙を破る。中には蓋つきの白い紙箱。

 躊躇なく蓋を開ける。紙の緩衝材に包まれて、『それ』は中央にきれいに収まっていた。

「いやああぁぁ!」

 箱を覗き込んでいたマリーの悲鳴が屋敷中に響いた。




 それは手だった。

 手首から先の、右手。

 枯れ枝のように小さくて細い、子どもの手。

 血が抜かれていて真っ白だった。腐敗は進んでいない。まだ、新しい。


(嫌がらせ? 呪具? 脅迫?)

 箱の中をじっと見つめる。まるで作り物のような手と、くしゃくしゃの紙以外、何もない。呪詛も施されていない。

 ただ、冷たい匂いがする。


「何があった」

「ヴィクトル」

 外出から家主が戻ってくる。よほど身分の高い相手と会ってきたのか、黒と濃青を基調とした格調高い正装姿で。

 ノアは箱に蓋をかぶせ、持ち上げて胸の前に抱える。


「ヴィクトルへ、趣味の悪い贈り物」

「ほう」

「子どもの手。見ない方がいいかも――」

 躊躇なく蓋を開け、中を見る。

「警察を呼べ」



##



「来ましたよ警察が」

 夕暮れが訪れ始めたころ、子爵であり警察官のレジーナが、黒い制服を羽織って侯爵邸へやってきた。

 ものすごくやる気のない顔で。

「レジーナさん? いまは休暇を取っているんじゃ……」

「上司がここはお前の担当だからって丸投げしてきたのよ。あの暗黒クソメガネ。あー、迂闊に職場に顔を出すんじゃなかった」

 ぶつぶつ言いながら赤い髪をかき上げ、首の後ろで一つに縛る。


「で? なに? 嫌がらせで手が送られてきたって? ほうほう、これね。貴族ならこれぐらい内々に処理してよ。受け取ったのは?」

「私です……」

 並んだ家人の中から、マリーが心細げに手を挙げる。

「名前と職業を教えてもらえます?」

「メイドのマリーです」


「マリーさん、届けてきた人は知っている顔? 初めて見る顔?」

「時々来られる配達屋さんでした」

「差出人がないことには何か言ってた?」

「いえ、何も……」

「それでそのまま受け取ったと」

 さらさらとメモを取る。


「侯爵様には心当たりはありますか?」

 問われ、ヴィクトルは黙って首を横に振った。

「了解。それじゃ、配達屋の方から辿ってみます。また送られてきたら言ってください。もちろん内々で処理してくれても構いませんよ」


 箱を小脇に抱えてそのまま持って帰る。

 嵐のようにやってきて、嵐のように去っていこうとする。

 ノアは思わずその嵐を追いかけ、外に出た。




「レジーナさん!」

 敷地内から出ていこうとするレジーナを追いかけ、呼び止める。

 レジーナは少し驚いたような顔をして振り返った。

「どしたの」

 すぐ近くまで駆け寄り、できるだけ声量を押さえて問いかける。


「あの、橋の近くで会った子どものこと、何か知りませんか。今日探してみたんですがどこにもいなくて。あの子たちが普段どこで暮らしているか知りませんか」

「知らない」

 あっさりと言われる。


「多分、他の人に聞いても知らないと思う。いままで気にした人がいないと思うから。まあ、どこかにうまく隠れてるんじゃない?」

 レジーナはにこりと笑った。

「冷たいでしょ」

 ノアは何も言えなかった。


「警察って善良な帝国民のための組織なの。治安維持を目的とした公権力。その枠組みから外れている相手にはこんなものよ。あたしも、正義のためにこの仕事をしているわけじゃないし」

 自嘲気味に笑う。

「でもまあこんなもの。貴族には手が出せないし、弱い存在は守れない。こんなものよ」

「……それでも、存在する意味はあると思います」


 意味がないものは消えていく。

 警察という組織の存在も、そこにレジーナが在籍していることも、意味があるものだと思いたい。

 レジーナはしばし沈黙し、箱を抱え直した。


「ノア、裏社交界って知ってる?」

「いいえ」

「そう。あたしは仕事は嫌いだけど、それでも何とも思わないわけじゃないの」

 はっきりとした言葉を避けながら言葉を紡ぎ、顔を上げ、空を仰ぐ。

 青と赤が入り混じる、夕暮れの空を。


「あの地を見て、悪魔を見て、あなたを見て。このモヤモヤをぶち壊してくれる予感がした」

 空の下で、赤い髪が揺れる。炎のように。

 顔を戻し、瞼を開く。緑の瞳が真っ直ぐにノアを見つめた。

「ま、冗談だから聞き流しておいて」





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