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4-11 古き呪詛



「ノア、いったい――」

「ごめん、話はあとで」

 ケルベロスが闇に還ったのを見届け、ノアはまず急いで部屋の扉を直した。歪みと傷を直し、導力で扉を浮かし、嵌める。


 あとは金具を直して固定するだけ、というところでニールが駆けつけてくる。ヴィクトルが扉を蹴り破った音で異変を察して。

 屋敷内の警備の兵や、マリーまで続々と集まってくる。


「旦那様、ノア様、ご無事ですか」

 扉を、開ける。倒れそうになるのをこっそりと支えながら。

「ごめんなさい。ちょっと苦手な虫がいて。ヴィクトルが退治してくれたから、もう大丈夫」

 物陰で扉の金具を直しながら、笑顔で答える。


「虫、ですか……?」

 ニールは怪訝な顔をする。

 虫退治の騒音としてはいささか激しすぎる気がしたが、無理やりそういうことにした。

 三つ頭の犬が突然部屋の中に現れて襲ってきたなんて事実、言えるわけがない。悪夢を見て寝ぼけたと思われるだけだ。


「夜中に騒いでごめんなさい。それじゃあ、おやすみなさい」

 腑に落ちないという視線たちから逃げるように、扉を閉める。直前に見えたマリーの表情が気になったが、いまはそれどころではない。

 扉の外の人だかりが少しずつ帰っていくのを聞き耳を立てて確認して、部屋の中を振り返る。

 この屋敷の主は部屋から出ていく様子はない。


「いったい何があった」

「呪詛よ。とても古い、暗殺の方法」

 ヴィクトルの横を通り抜け、ベッドのシーツを持ち上げる。

「離れた場所から人を呪い殺す術が……犬の姿でいきなり部屋の中に現れて、襲ってきたの」

 破れた個所を見せる。爪で引き裂かれた穴を、直す。


 ぞわり、と背筋が凍る。

 ――怒っている。

 それがはっきりと感じられて、顔を上げることができない。無心でシーツの穴を錬金術で繕う。

「……誰の仕業か、心当たりはあるのか」

「……ない」


 呪いをかけるには、呪詛の目標になるものが必要になる。具体的には対象の身体の一部か、呪具が。

 身体の一部は髪などでいい。髪なんて手に入れようと思えばどうとでもなる。

 もしくは呪詛の到達地点になる呪具があれば、呪いをかけることができる。呪具も術者に馴染みのあるものなら、特別なものは必要ない。


 問題は呪素を集める方法だ。

 ノアは大地から呪素を自在に取り出すことができるが、通常は新鮮な死体が必要になる。死んだばかりの、まだ魂が残っている肉体に呪素は集う。

 人を呪い殺すほどの呪素を集めようと思えば、大型の動物や人間が必要になる。

 術者はそんな手間暇と犠牲を捧げてまで、ノアを殺そうとしてきた。


「ないけど、私を呪い殺したいひとがいるみたいなのは確かね」

「…………」

 黙っていられるのが一番怖い。

「だいじょうぶ、無事だったから。だから、落ち着いて」

「……あなたが狙われて、落ち着いてなどいられない」


「…………」

 修復したシーツを、ベッドの上に戻す。

 これでもう何もかも元通り。部屋の中だけは。

 しかし呪詛の存在は、ヴィクトルの心に暗い影を落としたことは間違いなかった。


「やはり夜会への参加は取り止めよう」

「えっ、嫌」

「……ノア」

「私がここまで来たのは、もちろんヴィクトルを守るためもあるけど、私自身が皇帝に会いたいからなの」


 錬金術師を探しているという皇帝の顔を見たい。

 大皇宮に錬金術師がいるのなら会いたい。会わなければならない。そう思ってここまで来た。

「私には私の目的があるの。ダメって言うのなら、私にも考えがあるわ」


 ノアは侯爵の臣下ではない。

 部下でもない。いまは、雇われているわけでもない。立場は対等だ。少なくともノアはそう思っている。

「呪いはなんとかできる。他の人が呪われても、私がなんとかしてみせる。絶対に。だから、お願い」

 無言のまましばし見つめ合い、ヴィクトルは大きくため息をついた。


「本当に、なんとかできるのか?」

「できる。これでも王国ではそれなりの錬金術師だったもの」

 とはいえ他の錬金術師に呪詛の対応ができるかはわからないが。少なくともノアにはできる。


「それにたぶん、相手は生贄を使っている」

「生贄だと?」

「うん。生贄を使わなければ、あれだけの呪詛はきっと使えない。今回は失敗したから、次はもっと生贄の数を増やすかもしれない」

 今回は動物を生贄にしたのかもしれない。人間を使っている可能性もある。

「どんな呪いが来ても私は対処できるけど、こんなことでこれ以上犠牲を出したくないの」

「…………」


「だから、夜が明けたら術者を探しにいくわ」

「私も行こう」

「ううん。ヴィクトルは、ヴィクトルにしかできないことをして」

 こんなことに侯爵の貴重な時間を使わせてはいけない。

 帝都での時間の流れは速い。ヴィクトルには他にもっとなすべきことがある。侯爵として、フローゼン領の領主として、帝都でしかできないことがある。


「……わかった。ではクオンを供にしてくれ」

 長い黙考の末の言葉に、ノアは首を傾げる。

「クオンさん? わかった」

 本人は不服かもしれないが、それでヴィクトルが安心できるなら、と受け入れる。

 クオンは身のこなしが優れている。危険に巻き込まれることは少ないだろう。




 話が一段落すると、どっと疲れが押し寄せてくる。ノアは吸い込まれるように近くのソファに座った。

「駆けつけてくれてありがとう。いままで起きてたの?」

「……ああ。眠れなくてな」

「一緒に寝る?」

 ヴィクトルは眉根を寄せて首を振る。

「年頃の女性がそういうことを言うものではない」

「じゃあ、眠くなるまで話に付き合って」


 ソファの隣を軽く叩いて座るように促す。

 ヴィクトルは困ったような顔をしたが、結局そこに腰を下ろした。

「昨日はごめんなさい。変なことして」

 一日中あったわだかまりを言葉にする。静かになった部屋の中に、その声は思いのほかよく響いた。


「別に怒っていない」

「そうなの?」

 あれ以来態度がいつもと違っていたから、てっきり怒っているものと、嫌われたものだと思っていた。

 いまだって隣に座っているのにこちらを見ようともしない。

「少し、驚いただけだ」

(――そんなに?)


 すぐ近くにある整った横顔を見つめる。

 不意打ちで驚かされたことが不服だったのだろうか。

(怒っていないのなら、いいか)

 肩の力が抜けて、背もたれに倒れるように体重を預ける。

 人の心はよくわからない。人体の構造ならわかるのに。心の構造は永遠の謎だ。特に男性の心は。


「……王国では功績を立てた騎士にはね、身分の高い姫が叙勲と、祝福をしたの」

 王国の叙勲式での光景を、瞼の裏に描く。

 身分の高い家の姫や恋人が、頬へ信頼の証を祝福として授けていた。

「少しだけ、憧れてた」

 あまりにも眩しい光景で。


「だからあれは――その……」

 それを真似たもので、と言うのがとても恥ずかしいものに思えてきた。思い上がりも甚だしいのではないかと。

「なるほど」

(何がなるほど?)


 混乱して訳がわからなくなってくるノアの隣で、ヴィクトルは視線を合わさないまま続けた。

「……他の男にはしないでくれ」

「できません!」

 悲鳴じみた声が喉から溢れる。

「ヴィクトルだから、したいって思って……もうしない」

 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。頬が熱い。胸が苦しい。


 耐えきれなくなって身体を背けようとしたところで、両肩をぐっと掴まれた。

 青い瞳と正面から視線がぶつかる。

「だから怒っていない。あなたから触れられて、嬉しくないわけがない」

「嬉しかったの?」

 瞳を見つめ返すと、整った顔に苦渋を満ちさせて、頷いた。


「なんだ…‥ふふっ、よかった。わかりにくい」

 あんなに悩んでいたことがおかしくなって、思わず声が零れる。いままでの時間は何だったのだろう。おかしくて、安心して。笑いあっているうちに。

 いつの間にか、寝てしまった。





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