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4-7 爵位を継いだ女性の会


 慣れないことはするものではない。

 ノアはベッドの中で何回も寝返りを打ちながら、先人の教訓を噛みしめていた。いつの間にかカーテンの向こう側が明るくなっている。

 結局、ほとんど眠ることができないまま朝を迎えた。


 帝都の朝は静かだ。鳥の鳴き声が聞こえない。

(今日は、レジーナさんのところでお茶会……)

 昼過ぎに馬車で迎えにくると言われている。つまりドレスに着替えるのは昼食後でいい。

 動きやすいシャツと丈が長めのスカートに着替え、寝室を出てキッチンに向かう。あたたかい飲み物が欲しい。


 まだ誰も起きていないだろうし、自分で紅茶でも淹れようとキッチンに入ろうとすると、人の気配がした。

「ノア様、おはようございます」

「ニールさん、おはよう」

 清々しい朝にふさわしい爽やかな挨拶。

 昨日帰ってくるのが遅かったのに、睡眠が不足していたり疲れているような様子は一切ない。


「簡単なものでよければ用意しますよ」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」


 昨日のパンの残りにバターと砂糖をたっぷり塗って焼き直したもの、焼いた卵とハム、そしてコーヒー。

 甘さと塩気、そして芳香が身体と心を満たしていく。

 アリオスでも時々、こうやってニールの親切に甘えて早朝に軽い食事を用意してもらっていた。


 それにしてもこの状況。改めて見ると貴族らしくはない。

 朝食の時間を待てずに、食堂ではなくキッチンで食事をしている状況。どこからどう見ても貴族令嬢の振る舞いではない。普通なら行儀が悪いと叱責されるべきところだ。


「どうしました?」

 食事の手が止まっているのを心配される。

「ごめんなさい、なんでもないの。とても美味しいわ。ただ、貴族令嬢らしくない振る舞いだなって」

「心配されなくても、ノア様はその時にふさわしい振る舞いができる御方です」

 買いかぶりすぎでは。

 ニールは朝食の用意を続ける。


「普段から淑女はこうあるべきと凝り固まる必要はないですし、旦那様も望んでいませんよ」

 それはその通りなのだろう。ヴィクトルは一度だってノアに礼儀作法を求めてきたことなどなかった。淑女教育を望んだのはノア自身だ。

 必要があると思ったから、学んだ。あの選択に間違いはないと信じている。

 礼儀作法は鎧だ。身を守るための鎧。時には盾にも剣にもなるもの。それを持たないのは、丸腰で戦地に行くのと同じこと。



##



 昼。アニラとマリーに手伝ってもらい昼用のドレスを着て、髪を結い、化粧をして、控えめな宝石を付けて。子爵家からくる馬車を待つ。

 グラファイト子爵家の馬車は、派手さはないが重厚な造りをしていた。そしてそれは屋敷も同様だった。周囲の貴族の屋敷に引けを取らない、歴史と血筋の重みが感じられる屋敷だった。


 庭も外観も隅々まで手入れが行き届いていて、不足しているところがない。

 玄関ポーチも内装も。使用人のひとりひとりに至るまで、名家の誇りと風格を備えている。

「いらっしゃい」

 赤い髪の男装の子爵は、太陽のような笑顔でノアを歓迎してくれた。


「レジーナ様、本日はお招きいただきありがとうございます」

 ドレスの裾を広げて、深く礼をする。

「……あなたって本当に高位貴族のご令嬢みたいよね」

 全身隈なく眺められ、しみじみと呟かれる。合格ということだろうか。


「それじゃ、応接室に案内するわ。今日はあたしの開いた私的なお茶会だし、あんまり硬くならなくていいからね。侯爵が遠縁のご令嬢を元将軍の養女にして婚約したことは、帝国の全貴族が知っていることだから安心して」

(安心できるような、できないような)

 いったいどこからそんな話が広まっているのか。それだけヴィクトル・フローゼンの注目度が高いということだろうが。帝国貴族たちを耳目を集めるほどの影響力があるのだろうか。


「それに今日のふたり――いちおうあたしもだけど、血筋は純血派だけど、全然堅苦しくないから」

「純血派?」

「帝国の古い貴族よ。正統なる血族とも言われる、他の国を併合する前からの貴族」




 庭に面した開放感のある応接室は、家具から壁紙、天井の装飾に至るまで、豪奢な造りのもので揃えられていた。ノアには現代の物の価値はわからないが、質の高さはわかる。

 部屋の中ではドレス姿の女性がふたり、主人と客人を待つようにして座っていた。黒髪の女性と、金の巻き毛の女性。どちらもレジーナと同じ、二十代前半くらいの年頃だ。


 ノアはドレスの裾を広げ、ふたりに向けて深く礼する。

「初めまして。ベリリウス士爵の養女、エレノア・ベリリウスと申します」

 案内された椅子に座り、レジーナもその隣に座ると、茶器と紅茶、菓子が順に運ばれてくる。

 お茶会の準備がすべてが揃って、メイドたちが壁際に並んでから、レジーナがふたりを紹介してくれた。


「こちらはローゼット様。ローゼット様は伯爵位を継がれていて、孤児院の運営を行っている慈善家なの。獣人にも分け隔てなく接せられる、とてもお優しい方ですのよ」

「まあ」

「初めまして、エレノア様。素敵なお名前ですのね」

 黒髪の青いドレスの女性がおっとりとした優雅な微笑みを浮かべる。


「ゾフィア様も男爵位を継がれていらっしゃるの。武芸にも優れた女傑ですのよ」

 金髪の凛々しい雰囲気の女性は、落ち着いた緑色のドレスに剣帯、そして細身の剣を下げている。

「初めまして。あのフローゼン侯爵を落としたのはどんな女性かと思っていましたが、生まれたばかりの宝石のような、美しいご令嬢でしたのね」

「ええ。噂よりずっと可憐で、神秘的。氷の侯爵様が夢中になられてしまうのも当然ですわね」


 レジーナも、ローゼットも、ゾフィアも、爵位を継いだ女性だということに驚く。帝国では女性が爵位を継承するのが一般的になっているようだった。

 身分的にはノアが一番下だ。そして三人は親しい友人同士。最低限の礼儀作法だけ気をつけ、場に馴染んで気配を消すことにする。話を振られたときだけ答え、あとは笑顔を絶やさず相槌を打ちながら、機会を待つことにした。


 ローゼットが獣人を受け入れる孤児院を運営していることは、いまのノアにとって非常に気になることだった。ぜひ詳しく話を聞いてみたいと思う。

 レジーナがノアを誘ってくれたのも、きっとローゼットがいたからだろう。その心遣いを嬉しく思った。


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