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4-3 青い獅子



「行ってくるといい。クオン、ノアの護衛を」

 念のためにヴィクトルに相談したところ、快く送りされた。

 護衛を命じられた使用人、クオンの方も快く承諾する。あくまでノアにではなく、主のヴィクトルに対して。


 護衛として来たのに護衛をつけられ、釈然としない気持ちになる。

 護衛とはいったい何なのか。何のためにここに来たのか。

 自問したくなったが、帝都の様子を知ることも大事なことだ。ヴィクトルのことも心配ではあったが、帝都で、皇帝の御膝元でいきなり事を構えたりしてくることはないだろう。


「それじゃあ、お預かりしますね」

 腕を絡められ、引っ張られるように外へ連れ出される。

「大皇宮はもう行った?」

「いえ、まだです」

「じゃあまずはそこからね。ここから近いし、少しでも知っていた方がいいしね」


 貴族の邸宅が並ぶ通りを、大皇宮の尖塔に向かって進む。緑に溢れた、静かな通りだった。中央は馬車のための道。両脇に一段高くなった歩道が整備され、淡い木漏れ日がきらきらと風に揺れている。

 邸宅の周囲は衛兵が巡回し、張り詰めた空気が漂っている。


「あの、レジーナさん。お仕事はいいんですか?」

「ちゃんと長期休暇取ってあるし、上司にも二度と来なくていいって言われているから大丈夫」

 それは全然大丈夫ではないのでは?


「だから今日のあたしは警察じゃなくてただの子爵」

「子爵ですか……子爵っ?」

「そうよ。令嬢じゃなくて当人だから、そこのところよろしく」

 貴族だろうとは思っていたが、まさか子爵位を継承しているとは思ってもみなかった。

 年齢的にも若く、何より女性だから。王国では女性が爵位を継ぐことは特例中の特例だった。これも時代の変化なのか。


「まあ侯爵夫人とは比べられないし、気は使わないでね」

「まだ夫人じゃないです」

「時間の問題でしょ? あー、結婚式が楽しみ。あの悪魔の幸せそうな顔なんて、考えるだけでぞくぞくするわ」

 楽しそうに頬を緩ませる。


 ふと後ろを見てみれば、クオンは三歩下がったところを気配を消して歩いていた。完全に影に徹していて、喋りもせず、ノアの視線に気づいているはずなのに表情も変えない。足音もしない。

 優秀な影すぎて逆に目立つような気もしたが、おそらく彼にはこの方が楽なのだろうと思い、指摘するのはやめておいた。



##



 国の中心地である大皇宮の前には、とてつもなく大きな広場があった。

 商業地一区画分が入りそうなほどの広さが、六角形に揃えられた石で覆われている。

 蜂の巣のような高度な石畳の上を歩きながら、大皇宮を見上げる。天を貫く五本の尖塔はもちろん、宮殿自体も巨大で荘厳なものだ。神の眠る場所としてつくられていたとしてもおかしくはないほど。


 近くで見るとその迫力に、ただただ圧倒される。

 これが皇帝の住む場所であり、帝国の中心。

 観光客に混じって見物しながら、隣を歩くレジーナに尋ねた。


「大皇宮の中には入れないんですか?」

 彫像のように動かない衛兵が守っている、大皇宮に繋がる門を見つめる。

「無理無理。貴族でも無理」

 手のひらをぶんぶんと横に振る。


「自由に出入りできるのは一部の高位貴族ぐらいよ。普通の貴族は前もって用件を伝えて許可をもらうか、招待状とか通行証になるものを持っていないとダメ」

「そうなんですね」


 言っている傍から、豪華な馬車が走ってくる。

 重厚で頑丈な造りで、馬も馬具も馬車も黒で統一されている。

 馬車に掲げられている紋章には見覚えがあった。何度も見て、記憶に刻み付けた。

(ボーンファイド……)

 この帝国で、皇族に次ぐ地位を持つ公爵家の紋章。




 公爵家の馬車は淀みのない動きで大皇宮の中に向かっていく。

 ノアはそれを見ていることしかできない。これがいまの立場の差だ。

 馬車の中から視線を感じたような気がした。


「んん?」

 レジーナが訝しげな唸り声をあげる。

 馬車がいきなり止まったかと思うと、中から貴人が飛び出すように降りてくる。やわらかそうな金髪の、若い男性だった。気高い獣のような眼差しが、強く印象に残る。

 何かトラブルがあったのだろうか。周囲の視線が集まる中、男はまっすぐにノアたちの方に向かって歩いてきた。人が割れ、道ができる。


「嗚呼、春風の女神よ。この日この時、この運命に感謝します」

 力強い声が広場に響く。

 貴人は膝を折り、ノアの前に騎士のように跪き、頭を垂れた。

 どこか現実感のない、夢のような光景だ。


「美しき春の乙女よ。私はドミトリ・ボーンファイド。どうかこの哀れな男に名を教えてくださらないか」

「――高貴な御方、顔を上げてください」

 金髪碧眼の美しい男性。年齢はヴィクトルと同じくらいだろうか。

 知っている名前。知っている姿。いったいどんな人物かと想像を巡らせていた相手が、すぐそこにいる。


「ごめんなさい。わたくしはまだ、貴方に名乗ることはできません」

 瞼を伏せ首を横に振ると、ドミトリは悲痛な表情で見上げてくる。

「きっとまたお会いできるでしょう。その時に、必ず」

「では、せめてこれを」

 ドミトリは立ち上がり、中指の指輪を抜き取ってノアの手に握らせた。あまりにも唐突で強引なやり方で、突き返す間も与えない。


「――兄上」

 硬い声が、公爵家の馬車の方から響く。

 夜闇で紡いだような長い黒髪の、ドミトリと似た雰囲気を持つ男性が、馬車の傍から冷たい眼差しをこちらに向けている。

 ノアは彼の名前も知っている。


「ああ、すまない、ルスラーン」

 ルスラーン・ボーンファイド。

 公爵家の次男。


 ドミトリはノアに微笑みを残して、馬車の元へ戻っていった。貴人を迎えた馬車は再び走り出し、大皇宮へと入っていく。

 蹄と車輪の音が遠ざかると、日常の空気も戻ってくる。割れていた人の流れも元に戻り、穏やかで平和な光景が再び描かれる。


「うっわー、びっくりした……何かしたの? 魅了とか」

 息を潜めていたレジーナが、大きく息をつきながらノアの顔を覗き込んでくる。

「まだ何もしていません」

 そもそも魅了の錬金術なんて知らない。惚れ薬もつくっていない。


「ドミトリ様は次期公爵様よ。侯爵の婚約者に次期公爵が一目惚れだなんて……怖い怖い」

 顔がにやけている。

「それはないと思います」

 ノアがヴィクトルの錬金術師、もしくは婚約者ということに気づいてあえて接触してきたと考える方が自然だ。


 手のひらの上の指輪を見る。獅子の紋章が刻まれた、白金の指輪。まだ体温が残っているそれからは、恋の甘い香りなんてしない。

「それがあればきっと大皇宮にも入れるわよ。行ってみる?」

「いまはやめておきます」

 さっきのいまで会いにいくような度胸はない。


「冷静すぎて怖い」

「誉め言葉と受け取っておきます」



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