3-19EP あなたとワルツを踊りたい
ベルナデッタの葬儀は、この火災で亡くなった犠牲者との合同で行われた。
長らく病床に伏していて、離れの火災で亡くなったことになっていた。
爆発火災事件は大量発生したサラマンダーによるものとされた。
ライナスは行方不明の扱いとなり、その名前が犠牲者として残ることも、首謀者として残ることもなく。
彼はこの世から消えた。
歴史とはこうやって作られるのだろう。
事件から葬儀までの間で最も慌ただしかったのは、リカルド元将軍の騒動だった。
護衛していたノアが攫われたことを非常に悔やんでいて、「とんだ失態だ」「俺がついていながら」と腹を切りそうになるところを皆で必死で止めた。
薬屋のカウンターに座って、窓から見える外の景色を眺めながら、その騒動を思い出す。
葬儀から五日経ったいまはもう平穏そのものだ。
「どうして我が働かなければならない!」
トルネリアの怒り声が店内に響く。幸いいまは客足が途絶えているので、店にはノアとトルネリアしかいない。
「偽造金貨を作った罪と、知っていて使おうとした罪への罰です」
金貨はすでに正規の割合に戻してもらっているし、流通もしていないので直接の被害はないのだが、金貨を偽造したことは間違いない。
ヴィクトルがトルネリアに下したのは、二年間の労働だった。
それなら、とノアが身元を引き受け、薬事業を手伝ってもらうことにした。
「最初に使おうとしたのが私のところでよかったわ。もし流通してたらもっと重い罪になっていたし」
「うう……納得いかん」
「まあ、社会勉強と思って」
トルネリアはずっと森の中で暮らしていたそうだから、街の空気を知り、常識を知っていくのは悪くない。
いちおう安いが給料も出る。
離れの跡地に拡大した薬草園の管理のためという名目で侯爵邸に住んでもらっているから住むところの心配もない。
「トルネリアがいてくれてよかった」
本心から呟く。
薬の調合や薬草園の管理はさすがに手慣れたもので、安心して任せられる。
販売の方はまだまだ不安が残るので新しい人を雇わないとならないが。
「ま、まあ、お主は少し頼りないからな。しばらく我が面倒を見てやる」
「ありがとう」
トルネリアは照れたように顔を伏せる。
「トルネリア。助けてくれて、ありがとう」
向き合い、改めて礼を言う。
「な……なんだ改めて」
「トルネリアがいなかったら、どうなっていたかわからないもの。本当にありがとう」
「我は、当然のことをしたまでだ……ただし治療費は払ってもらうぞ!」
「もちろん」
##
その日、久しぶりに広間でワルツの練習を行った。ドレスを着て、ヒールの高い靴を履いて。
手を重ねて、身体を寄せて、規則的な音に身を委ねて。支えてくれるパートナーにすべてを任せて、ただただ楽しんで踊った。ステップのことも、足を踏むことも、蹴ることも忘れて。導かれるままに。
まるで雲の上にいるみたいだ。
思えばいままでは、足を踏みたくないとか蹴りたくないとか、迷惑をかけたくないという無意識の萎縮から身体が固くなっていた気がする。
いまはただ楽しい。こうして踊れることが。
嬉しい。ヴィクトルと同じ瞬間を過ごせていることが。
「踊れてた?」
「ああ、完璧だ」
完璧には程遠い気がするが、合格点なら満足だ。思わず顔がほころぶ。淑女らしくはない笑い方だが、いまはふたりきりだから問題ない。
「春が来たら帝都へ向かう。来てくれるか?」
「もちろん。婚約者だもの」
ヴィクトルの周りには悪魔がいる。
本人は決して直接手を汚さずに、動機のある人間に手段を与え、実行させて、ヴィクトルを傷つけようとしてくる。
ありとあらゆる方法で。その執拗さは蛇にも勝る。
婚約者の役を受けたからには、一番近くでその牙から守る。帝国流の淑女教育も身についてきた。もう怖いものは何もない。
ふと、聞かなければならないことがあったことを思い出す。
「ねえ、ヴィクトル。どうしてお養父様に嘘の婚約って伝えていないの」
固まる。
気まずそうに視線を逸らし、黙る。
「怒られたくないから?」
そんな子どもっぽい理由とは思えないが、ヴィクトルは時々子どもみたいな面がある。
ノアはじっと待った。顔を見つめて、返答を待つ。大切なことだから有耶無耶にはさせない。
「嘘にしたくないからだ」
目を逸らしたまま、ヴィクトルは言う。
――婚約を嘘にしたくないから?
始まりは嘘だったのに。いまはそれが嫌だと言う。随分身勝手なものだ。
それがどういう意味かわからないほど鈍くはない。
だが、この関係が嘘のまま終わるか、本当になるのか。
いまのノアにはどちらもあまり想像できない。未来のことはわからない。
「それは、ヴィクトル次第かもね」
思いついたことをそのまま言葉にする。
ヴィクトルと一緒にいたいと思う。
生きたいと思う。支えたいと思う。
それが恋なのかと言われれば。
(うん。私は、きっと――)
あなたに恋をしている。
でも、それはまだ言えない。自信も勇気もない。
この想いはまだふわふわとした綿菓子みたいなものだ。芽吹いたばかりで蕾にもなっていない花のようなものだ。
好意のようなものを寄せてくれているのはわかるけれど。
いつかこの気持ちを言葉にする勇気が持てたら、その時まだ近くにいられたら、伝えようと思った。
「……ノア」
「うん?」
ぐいっと身体を引き寄せられる。顔が近い。瞳が近い。
まっすぐに向けられる熱い眼差しに、息ができなくなる。
「あなたが好きだ。愛している」
第三章 了
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