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3-16 炎の悪魔


「こんなバカな……」

 昏い声が呪文のように続く。

「そうだ、作り直せばいいんだ……身体も、魂も、作り直せばいい……そうして僕とベルナデッタは永遠に幸せになるんだ……」

 ライナスは無くなってしまった夢を追いながら、なくなってしまった右腕を押さえ、妄想の世界の住人になっている。自らが作り上げた幸せな夢を見ている。


 昏い瞳は現実を映すことはない。

 鼻は血の匂いを感じない。

 耳は何も聞こえない。

 壊れている。


 虚構の世界でライナスは背中からナイフを取り出す。

 銀色に輝く何の変哲もないナイフ。普通過ぎるのに異様な輝きを放つ、見覚えのあるナイフだった。

 錬金術師ファントムが、バルクレイ先代伯爵夫人を怪物に変えたときに用いたナイフとよく似ていた。

 ――賢者の石の失敗作と呼ばれたものと。


「だめ!」

 声は永遠に届くことなく、ヴィクトルの剣も届かない。

 黒い刃は肉を切る音と共にライナスの腹に深々と刺さり、手首を切断された左腕がだらりと垂れ下がる。


 火が生まれた。

 ライナスの目に赤い火が燃え上がる。

 意味のない呻き声が零れる度に、身体の節々から火が溢れ、身体を焼いていく。

 肌を爛れさせ、叫び声さえ燃やしていく。


 ヴィクトルがライナスの首を斬る。だが、斬れない。ただ叩きつけるだけとなる。それでも激しい衝突だったが。

 高温で剣の刃が溶けていた。火に触れた部分が飴細工のようにぐにゃりと曲がっていた。

 首が折れたライナスは燃える涙を流して、床の上で苦しみもがく。大きく開いた口は息を求めていた。


 手が生える。

 切断された手の代わりに、炎を纏った真っ赤な手が生える。

 頭が盛り上がり、もうひとつ同じ顔が生まれる。

 目を疑う変容が目の前で起こる。


 背後の扉が吹き飛ばされた。外からの力で。

「なんなのじゃ、これは!」

「旦那様!」

 飛び込んできたトルネリアとニールだった。トルネリアは部屋の状況と高温、ライナスの様子に困惑して足を止め、ニールはヴィクトルの前に出て主人を庇おうとする。


 熱風が吹く。

 ライナスは最早、人ではない。あらゆる理を超えたもの。

 その姿に名前を付けるなら。古の炎の悪魔、イフリート。



##



 両手を拘束していた手錠が外される。

「我が君の手を煩わせないでください」

 いつの間にか背後に来ていたクオンが針金と外れた手錠を手に苦言してくる。

「ありがとう、ごめんなさい」

 正式な礼と謝罪は後回しにすることにして。

 久しぶりの自由を味わいながら、燃え盛る魔人を見つめる。


 とにかく、これで錬金術が使える。

「あのナイフをなんとかしないと」

 燃え盛る炎の中に手を突っ込む無謀な行為だが、迷っている暇はない。

 吸い込む熱気が気道を熱する。炎の温度はどんどん上がっていっているようだ。

 あの銀のナイフが力を与え、人体を変質させている。力の供給源を絶たなければ炎は止まらないだろう。


(賢者の石の失敗作……)

 届くだろうか。導力は。

 一瞬ごとに温度が上昇し、炎は強くなっていく。身体が自然と後ずさり、距離を取っていっているというのに温度は増している。

 床が、壁が、天井が燃え始めるまで時間は残されていない。


「この化物め!」

 トルネリアがイフリートの胸部を爆発させる。イフリートの身体が爆風により吹き飛ばされ、部屋の壁にぶつかった。

 だが、すぐに体勢を立て直す。爆発の影響は弱い。効いていない。

 イフリートは目を鋭く燃やし、炎風を巻き起こしトルネリアを包み込んだ。


「――――ッ!」」

 トルネリアの身体を薄い壁で包み、一瞬だけ酸素を絶つ。火が消えたのを確認し、ひとつだけ安心しながら壁を壊す。

 イフリートの火は普通の火だ。よくわからない魔法の火ではない。酸素の供給を絶てば消える。


「う……痛い、いたい……」

 床にうずくまり、悲痛な声を漏らす。火は消えたが、服の一部が燃え、皮膚にやけどを負っている。

 自力で治療しようとしているようだが、自分の怪我は痛みにより集中が妨げられるので、深い怪我はうまくいかないことが多い。

 ノアは導力をトルネリアに通す。患部を冷却し、皮膚の出血を止める。痛みは残っているだろうが少しは緩和されたはずだ。


 錬金術を使いながら不思議に思った。激痛が走っているはずなのだが、興奮状態のせいか痛みは感じない。ただ、病の症状は確実に悪化していっているのを感じる。

「お主、もしや聖女か?」

「いちおう錬金術師です」

「なっ! 早う言わんか!」

 トルネリアは爪を腕の肌に立て、思いっきり引っ掻いて傷つける。先程治したばかりの場所に赤い血が滲んだ。


「進行が早いはずだ。よく耐えたな。ほら、飲め」

 血の零れる傷口を目の前に突き出される。

 炎の匂いの中に、やけに甘い香りが漂った。

「いいから飲め! 我が一族の毒は、一族の血が薬だ!」


 叱咤の声に背中を押され、芳香に誘われるように、傷口に吸いつく。

 それは甘美な感覚だった。

 むせかえるほどに甘い香りと、痺れるぐらいに苦い味。

 酩酊したように頭の奥の理性が溶かされる。

 これはただの血ではない。錬金術によって作られた毒と薬だ。

 芳醇なワインのような人を狂わせる香りだ。


 身体に力が満ちていく。

 巣食っていた病が溶かされ、消えていく。導力回路に熱が満ちていくのが感じられる。

「ここは危険です! 外へ出ましょう!」

 ニールの声が遠くで聞こえる。


(了解)

 石柱を床から生やし、火が回り始めた天井を支える。部屋が崩壊しないように。

 石壁を作り、イフリートの周囲を囲う。すぐに溶けてしまうだろうが、少しは時間を稼げるだろう。

 壁に穴を開け、外への道を繋ぐ。

 ベルナデッタのベッドを硬質の厚い膜で覆う。少しでも炎に傷つけられないように。どれだけ持つかは不明だが天井が崩れるぐらいでは中は大丈夫だろう。


 ――ああ。わかる。視える。

 いままでより深く、いままでより明るく。

 理解できる。読める。この世のすべてが。森羅万象が。


「お主、何者だ……?」

 トルネリアが畏怖の眼差しで見上げてくる。そんなに変わったことをしているのだろうか。

「いちおう、錬金術師です」







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