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3-13 お義父様との外出



 なんて人に護衛を頼むのか。

「おう、今日はお前の護衛だ。よろしくな」

「お義父様……よろしくお願いします」

 筋骨隆々の老騎士、リカルド・ベリリウス元将軍、現士爵でありいまは義父に改めて挨拶をしたとき、強くそう思った。

 なんて人に護衛を頼むのか。


「ほう、こっちの方はこうなってんのか」

 晴れ渡った青空の下、リカルド元将軍と共に中央通りを歩く。

 背負っているのは、刃のほとんどついていない鈍器同然の大剣。しっかりと手入れされていて錆びひとつない。腰には鞘に入った長剣。

 どちらも大きな剣だが、持ち主の体格が良いこともあって大きすぎるようには見えない。ただし迫力は増している。威風だけで周りを圧倒しているほどに。

 そのせいか、人通りの多さのわりに自分たちの周りからは人が少し離れて歩いている。


 リカルド元将軍はアリオスに来て以来、防衛隊の訓練に明け暮れていてあまり街の散策には出ていないらしく、中央通りに来たのも初めてだという。

「獣人がこんな風に暮らしてるとはなぁ。ユーファにも見せてやりたかったなぁ」

「奥様ですか?」

「おう。俺みたいなのにはもったいない美人だったよ。馬みたいな尻尾が特に綺麗でなぁ」

 深い愛情のこもった表情だった。

 人の行き交う様子を眺める眼差しがとてもやさしい。


「あいつは昔からヴィクトル贔屓で、ここにも来たがっていた。とうとう叶わなかったが」

「そうだったんですね。ぜひお会いしたかったです」

「喜んでるだろうなぁ。あんたみたいなお嬢さんが娘になってくれて、ヴィクトルと結婚するだなんて」

(結婚はしないです)

 反射的に言おうとして言葉を飲み込む。この顔を見たら言えない。


「それにしてもヴィクトルが自分で嫁を見つけてくるとはなぁ……あいつの嫁は大変だと思うが、何かあったら言えよ。お前はもう俺の娘だからな」

 あたたかい笑顔に胸が痛む。

 増々結婚しないだなんて言えない。


(戦略婚約って話していないの?)

 困惑する。元将軍のこの様子だととても話しているようには思えない。

 この婚約はあくまでそばにいるための体裁のため。そもそも婚約のきっかけは、ヴィクトルが社交界で横に置いておく飾りが欲しかったから、それだけの仮の婚約だ。先はない。


 他の人にならばともかく、義父を頼んだリカルド元将軍にまで話していないのは、さすがに不義理ではないだろうか。

 無意識に拳をぎゅっと握る。帰ったら問い詰める。

 そうしながら歩いている内に、目的地に近づいてくる。白壁の建物が見えてきた。

 店は開いている。ライナスが開けてくれている。

「お義父様、あの白い建物が――」

 遮るように響いた爆発音が、午後の平穏を破壊した。




 立ち上る灰色の煙、粉塵、火の匂い。

 石造りの建物が崩れ落ちる音と悲鳴。

 爆発の現場に駆け付ける。壁に大穴を開けて半壊していたのは小さな教会だった。集会が開かれておらず人はほとんどいなかったが不幸中の幸いか。

 そして、炎に炙られ崩れ続ける壁の周りを大きな蜥蜴がうろついていた。

(また?)


 昨日見たばかりの姿が、再び壁に張り付いていた。

「こいつがサラマンダーか!」


 リカルド元将軍は崩れ落ちたレンガを拾い、サラマンダーに投げつける。サラマンダーはそれをひらりと躱して屋内に逃げ込もうとする。そこに二つ目のレンガが的中した。

 衝撃で壁から落ちたサラマンダーに向かって、背中の大剣を手にして駆けだす。

 地面に落ちたサラマンダーは素早くくるりと転がり体勢を立て直し、大きな口をリカルド元将軍に向けて開いた。

 火球が、吐かれる。


「危ない!」

「でりゃああああああ!」

 びりびりと震えるような大声と共に、リカルド元将軍は大剣を振り抜いて火球を真っ向から打ち返した。

(ええーっ!)

 火球は炎とガスの塊。実体はないに等しい。それを剣で起こした風だけで弾き返した。人間業ではない。


 驚愕している間に一気に距離を詰め、サラマンダーの頭を叩き割る。

 一瞬、激しい炎がサラマンダーの身体を包む。体内から溢れたガスに引火したのだ。リカルド元将軍は火のついた上着を脱ぎ、地面に捨てる。上着は瞬く間に燃え尽き、灰となり。

 その手前には、頭が潰れて炭化したサラマンダーの死体が転がっていた。




「お義父様! お怪我はありませんか」

「あー、少し燃えたが大丈夫だ。俺はいいから他のやつらを診てやってくれ」

「はい!」

 爆発の熱風や、火事での火傷。

 崩れた建物に取り残された人々。爆発や崩落での飛散物による怪我。傷ついた人々が多すぎた。


 中央通りは混乱に陥っていたが、リカルド元将軍の指示によって秩序が形を成し始める。

「下のやつらを助ける! お前ら手を貸せ! お前らは火を消していけ!」

 崩れた建物に埋もれた人を救出するため人を集め、非力な人々には残り火の始末を指示する。人々が戸惑っていたのは一瞬だけで、すぐに使命を帯びた顔で動き始めた。


 ノアはバッグの中に詰め込んでいた医薬品を確認し、怪我人の応急処置に向かう。

 水。水。とにかく水だ。

 周りの人々にも協力してもらい、とにかく水を運んできてもらって患部にゆっくりかけてもらい、冷やす。とにかく冷やす。歩ける人は水場の近くへ移動してもらう。

 アリオスに上下水道がしっかりと整備されているのは幸運だった。


 冷やし終えたら消毒と傷の手当。手持ちの医療品ではとても足りない。店から持ってこないと――

「ノア様、手伝います!」

「ライナスさん!」

 大量の医療品を手にライナスが店から駆けつけてきてくれる。

 気づけば他の医者や看護師も来ていて、怪我人の手当てや治療院への搬送を行っていた。

 兵たちは搬送の手伝いや消火活動、救助のために奔走している。


 涙が出そうになった。

 アリオスには病院や診療所も多い。かつて軍事拠点だった歴史からか。

 兵士の練度も高い。しっかりとした理想と理念を元に造られ、発展していっている街だからか。

 ここで生きる人々は、強くたくましい。


 顔を袖で拭う。

 いまのところ重傷者はいない。火も燃え広がっていない。このまま収束していくはずだ。

「ノア様、こちらに動けなくなった怪我人が――」

「いま行く!」

 ライナスに呼ばれ、横の路地へ入る。やけどを冷やす水を求めて、歩けなくなった怪我人だろうか。


 路地の反対側まで行ったところで、倒れている人を発見する。

「だいじょうぶですか?」

 声をかけ、膝をつき、顔を覗き込む。

 だらりと垂れ下がった両手、こちらを見ない虚ろな眼差し、半開きの口、零れる呻き声。

 あきらかに様子がおかしい。

 鼻を近づけてみると、何かの薬品臭がした。


(お酒……? いや、薬?)

 訝しんだ刹那、背後から口元を布で覆われる。強く甘い薬品臭が鼻腔から脳に突き抜けた。

 そこで、意識を失った。



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