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3-11 トルネリアの家業



「いい畑じゃな」

 薬草の間でしゃがみこんでいたノアの後ろから、トルネリアの声が響く。

 よほど深く考え事をしていたのか、まったく気づかなかった。弾かれるように立ち上がって振り返ると、得意満面の少女が立っていた。

「我が家の庭の方がすごかったがな。それはもう見事なものじゃったのだぞ」

「へえ、見てみたいな」

「もうない」


 表情を変えず言葉を続ける。

「すべて燃やした。家も庭も」

 声は硬い石のようで。

 返す言葉が見つからない。


 いつの間にか西の空は赤く染まっていた。冷えてきた風が肌に触れ、薬草を、髪を、服の裾を揺らしていく。

 夕陽の中、トルネリアの白い髪がほのかに赤く染まって、さらさらと緩やかに踊っていた。

「……いまはどうしているの」

「錬金術師というのはな、生きるのには苦労せんのだ。万物を理解し変化させられるからな」

「うん」


 とても便利な力だ。使えなくなるまでは、ここまで依存していたとは思わなかった。

 トルネリアはノアと違って風呂に入っていないはずなのに、髪にも肌にも服にも一切泥などついていない。この錬金術の腕前なら、快適な旅が約束されているだろう。

「驚きが少ない!」

「そんなことを言われても」

 怒りのポイントがよくわからない。


 トルネリアは肩を上下させて、大きな大きなため息をついた。

「お主は変わっておるな」

「そうかな」

 首を傾げて苦笑すると、「ふん」と鼻を鳴らす。

「侯爵の婚約者だというが、我には遠き国から来た旅人が立ち寄っただけに見える。お主は、綿毛のようにふわふわしておる」

 呆れ声は深く心に突き刺さった。


(綿毛……)

 この時代で心機一転自分なりに頑張って生きようとしているのに、他人からはそう見えてしまうのだろうか。風に流されるままふわふわと飛んで行ってしまう存在に。

「綿毛でも、いつか根を張りたいとは思ってる……よ?」

 魂の根は三百年前に張られているままかもしれないが、この時代で生きていく決意に変わりはない。願ったとしても時を戻ることはできない。


「はっきりせん奴じゃのう。侯爵の方に同情するわ」

「うう」

 刺さる。言葉が刺さる。

「まあいい。お主とこんな話がしたいわけではない」

 トルネリアの瞳が剣呑に輝く。鋭く研がれたナイフのような眼差しが、ノアを見据えた。

「侯爵と話がしたい。取り次いでくれ」


「どのような用件だろうか」

「ぎゃあ!」

 悲鳴を上げて飛び上がる。

 いったいいつからそこにいたのか、トルネリアの背後にヴィクトルが立っていた。


「しし、しししし心臓に悪い!」

 怒って叫ぶ。牙をむいて毛を逆立てる猫のように。

 気持ちはよくわかる。

「ああ、すまない。声をかける機会を逸してしまってな」

「……お主、見目は良いが性格は悪いな」

 気持ちはよくわかる。


 トルネリアは気を取り直すように咳払いをして、凛とした立ち姿でヴィクトルを見上げた。

「侯爵。ここに、ノアと同じ病のものがいるじゃろう。会わせてくれ」

「どこでそれを?」

 驚いた様子はなくただ確認のために訊く。

「メイドに聞いた」


 アニラだ。ノアの病を治せるのなら、ベルナデッタの病も治せるのではないかと思ったのだろう。アニラの切なる気持ちを考えると胸が痛んだ。

「わかった。案内しよう」

 離れへ向けて歩き出すヴィクトルに、トルネリアが戸惑いながらもついていく。


(これは、ついていくべき?)

 いまの自分が干渉していいものか。迷って動けずにいると、トルネリアが心細そうな顔でちらっと見てきた。



##



「ああ。これは確かに、ノアと同じ病だな」

 ベッドで眠るベルナデッタを一目見て、トルネリアは断言した。

「この病気はいったいなんなの?」

 トルネリアの一族がつくった病とは聞いた。名は人形病ということも。


 身体が硬質化する病は、おそらく導力回路から進行していく。錬金術師でなくても、導力を使えなくても、導力回路自体は誰もが持っている。血管のように全身に張り巡らされている。

 それらから硬質化していくのだとすれば、導力を使おうとするたびに痛むことにも、進行していくことにも納得がいく。


「……我が家系は代々毒と薬を売って暮らしてきたことは言ったな」

 ベルナデッタの姿を見つめたまま言う。

「ええ」

「商品の中には身体をガラスの人形のようなものに変える毒もあるし、かつてそういうものを欲しがる悪趣味なコレクターがいたのだ。人形伯とか呼ばれていたか」

 それはまた悪趣味な話だ。


「四、五年前か。めずらしくそれが売れたことがあってな。この娘はそれを使われたのだろう」

 ――何故?

 訊いてもトルネリアには知る由もない事だろう。

 ベルナデッタは美しい。その完璧な美しさを永遠に留めたいと思った馬鹿がいたのか、フローゼン侯爵家への政敵からの攻撃か、それとも不幸な偶然か。

 動機は犯人にしかわからない。


「そしてノア、お主も同じ毒にやられた。誰に盛られたか心当たりはないのか?」

「そんなこと言われても……」

 犯人にも動機にも心当たりがない。ノアを病気にして誰が得をするというのか。

 関わりのある人物を思い返そうとしても、多すぎる。


 アリオスで暮らすようになってからは、多くの人と関わることになった。

 侯爵家の人々、役所の人々。

 旧王都の調査隊。街の医療関係者や、薬事業の仲間。

 皆、善良な人々だ。本音を言えば誰ひとり疑いたくはない。


「ええい、ふわふわしおって」

 トルネリアはノアの心を読んだようにため息をついた。

「己の命がかかっているのに悠長なものよ」

(そんなこと言われても……)

 焦ったところで心当たりが思いつくわけでもなく。


「私のことはともかく……ベルナデッタ様のことも治せるの?」

「死人を治してどうする。生き返るわけでもあるまいし」

 はっきりと言い切る。当たり前のことを当たり前のように。

「治せないの?」

「……こうなってしまっては治しようがない。諦めるのだな」


 ――死者は生き返らない。

 何度も繰り返してきた言葉を、心の中でまた繰り返す。

 ヴィクトルの方を見ることができない。彼はいつだって妹の回復を願っていた。


「トルネリア嬢。毒を売った相手とはどのような人間だった?」

 いままで黙っていたヴィクトルが口を開いた。

「そんな記録残していない。それに、売った相手と使った相手が同じとも限らん。誰かに譲った可能性もあるしな」


「なるほど。その通りだ」

 気分を害した様子もなく頷く。

 しかしノアにはわかった。凪いだ水面のように落ち着いた表情の下で渦巻いている怒りが。

 家族をこのような目に遭わされたのだ。その怒りと悲しみは何年経っても消えるはずがない。


「そろそろ教えてもらいたい。盗まれたものとはいったい何なのか」

「血だ」

 紅い瞳に炎を宿して、吐き捨てる。

「母を殺して奪った血。それを持つものがこの街にいる」




 ――血には魔力がある、と言われている。

 ノアから見えれば良くできた人体の一部だが、血に魔力が宿ると考える人間は多い。

「最初は、侯爵が犯人かと思っていた。母を殺した下手人はフローゼンという言葉を残したからな」

 トルネリアは自嘲気味に笑い、小さく頭を振った。


「復讐するつもりだったのだが、違ったな。ここは匂いがしない。お主に罪を着せるための工作だったのだろうな。恨まれておるな」

「納得してもらえたならよかった」

 濡れ衣を着せられかけていたのに動揺する様子はない。


(家を燃やしたって言っていたのは……)

 犯人を必ず見つけるという決意だろうか。

 トルネリアは母を失い、家を焼いて、ここにいる。幼い少女が復讐心を胸に抱いて。

「お母上のことは気の毒だった。しかし、犯人の動機がわからない。何故血を奪う必要があった?」


 血に何かの意味があるからこそ、殺すだけではなくわざわざ血を奪ったと考えられる。血は体外に出るとすぐに変質する。保存するための準備が必要だ。

 犯人は準備を整えたうえで、血を奪った。

 その血に何らかの価値がなければ、そんなことをする理由はない。

 トルネリアは苛立ったように眉根を寄せた。

「知る必要はない。侯爵は犯人を見つけ、我の前に引きずり出してくればいいのだ。忘れるな。お主の婚約者を治せるのは我だけだということを」


「――ひとつだけ確認しておきたい。血が奪われたのはいつのことだ」

「二年前の今頃だ」

「なるほど、よくわかった。任せてもらおうか」



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