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3-10 侯爵邸の後片付け



 爆発の余波も収まったころ、防衛隊の兵士たちが隣の本部から駆けつけてきた。

 既に原因と思われる存在は退治されていたため、兵士たちにはそのまま後片付けの任務が与えられた。サラマンダーの黒焦げ死体も早々に片付けられることになった。錬金獣やらキメラやらミノタウロスやらと対峙してきた人々なので、巨大蜥蜴の黒焦げ死体くらいでは動じない。


「失礼します。お客様がいらしています」

 兵士たちに指示を出し終えたタイミングで、クオンが客人を連れてやってくる。

「お屋敷の周りで迷っていらしたようですので、お連れしてしまいました」

 人当たりのいい笑顔に連れられてきたのは、怯えた様子の白衣の男性だった。


「ライナスさん?」

 ノアの薬屋を手伝ってくれているライナスが、かわいそうなくらい身を小さくしていた。

 場の空気に飲まれてしまっているのか、完全に萎縮してしまっていた。

「すみませんすみません、ノア様にご相談があったんですが、すみません、急ぎではないので出直します……」


「相談? どんな?」

 店や患者についての相談は何度も受けたことがあるが、侯爵邸までライナスが来たのは初めてだ。

 それにしてもタイミングが悪い。

 爆発騒ぎが起こったばかりの時に周りをうろついていたら、犯人と関わりがあると疑われても仕方がない。

 クオンは確実に疑っているだろう。

 ヴィクトルの雰囲気からは何も読めないが、警戒していることは間違いない。


「いえ本当に、急ぎではないので。また次にノア様が店に来られた時で」

「差し支えなかったら言ってみて。考えておくから」

「お客様から惚れ薬がつくれないかと相談があって」

「ん~~」

 予測不能だった言葉が飛んでくる。それはまた難解な相談だ。

 理論的にできなくはないだろうが、倫理的にどうなのだろうか。


「わかりました。一応考えておきます」

「ありがとうございます。あと……最近ノア様の体調がすぐれないようなので気になって。それで、近くまで来たついでに立ち寄ってしまったんです。お忙しい時にすみません」

 いくら彼が医者とはいえ、ライナスにも伝わっていたなんて。そんなにあからさまに体調不良だったのだろうか。

 ノア自身は気づいていなかったのだが。


「ありがとう。少し疲れていたのかも」

 本当は病気のせいなのだが、いまの段階ではライナスには言いにくい。

「今日は無理だけれど、明日にでもまた顔を出すから」

「ありがとうございます。ただ、くれぐれも無理はなさらないでください」

 ライナスはそう言って、足早に帰っていく。まるで逃げるように。


「――捕らえなくてよろしいのですか?」

 クオンが主人に伺いを立てる。完全にライナスが怪しいと踏んでいる。

「証拠はないのだろう」

「ええ、残念ながら。僕が見たのはただうろついていた姿だけです」

 穏やかな顔だが目が笑っていない。

「それでは僕は失礼します。アニラさんのお手伝いをしてきますね」




 クオンと入れ替わりで、兵と爆発現場の確認をしていたニールがやってくる。

「被害状況は」

「はい、怪我人はいません。壁の表面には煤がついていますが、本体は無事のようです。窓が割れた場所が三か所と、芝生の一部が焼けたくらいですね」

 ニールは得心が行かないといった表情で報告する。

 爆発の規模、そして火にあぶられて黒煙が立っていた割には、被害が少なすぎるという表情だ。


 ヴィクトルの視線がノアに向く。見当がついているような表情で。

 流れるように目線を逸らす。

 研究実験中に爆発する恐れがあるので暇なときに強化していたなんて言いにくい。そんな危険な研究をするなと言われそうで。旧王都の錬金術研究施設を目にしているヴィクトルなら予想はついているかもしれないが。

「あと必要なのは、あの槍の撤去と修繕くらいでしょうか。足場を組む必要がありそうです」

「わかった。手配を頼む」



##



 侯爵邸の中に戻ったノアは、まず泥だらけだった身体を風呂できれいにすることにした。髪についた煙の匂いも落とし、室内用のドレスに着替える。メイドのアニラは大変忙しいため自分で着替えを済ませる。

 その後は休んでおくようにと言われたが、いつの間にか中庭の薬草園に来ていた。

 薬草園の手入れに休みはない。枯れた葉を摘んだり、摘芯したり、収穫をしたり。することは毎日たくさんある。


 なんだかんだで導力を使わずに済んでいるからか、体調はかなり安定してきている。元気な状態で休んでいるといろんな考え事をしてしまいそうで。身体を動かせる薬草園の手入れはいまのノアに向いていた。

 それでも、無心に作業をしていても、考え事は内から次々と湧いてくる。

 病気のこと。サラマンダーのこと。トルネリアのこと。


 そして何よりノアを悩ませるのは、ヴィクトルに言われた言葉が不意に思い出されて、そのたびに顔が熱くなることだった。

(ああ、まただ)

 頬を抑えて薬草の間でしゃがみこむ。立っていられない。

 ――言葉は魔法だ。何度だって威力を発揮する。

 これは熱冷ましの薬が必要かもしれない。効くかどうかはわからないが。目が自然と熱に効く薬草を探してしまう。


(それにしても惚れ薬の相談かぁ……)

 持ち込まれる相談事の中には次に開発する薬のヒントになるものも多々あるが、このパターンは初めてだった。

 理論的にはきっと可能だ。興奮する物質を出させて恋と勘違いさせたり、好まれる香りを調香したり。どちらかと言えば、ノアが王国の国家錬金術師だった時に同僚だった白のグロリアの得意分野だろうが。


(そういえば最近見てないな)

 ノアが黒猫の姿に変えてしまったグロリアは、最近はまた旧王都の方に入り浸っていて調査員に可愛がられているらしい。

 ノアとしても錬金術を使えなくなった姿を彼女に見られるのは困るので、好都合ではあったが。

 グロリアなら、惚れ薬なんて面白そうなもの大喜びでつくるだろう。むしろつくった経験がありそうだ。


 もし本物の惚れ薬があったとしても、そんなものはきっかけに過ぎないのだろうが。

 きっと、恋が続くかどうかは本人たちの努力次第だ。どんなに整った舞台が用意されても、続かない時は続かない。破綻する。

 それに、薬で気持ちを操るというのは倫理的にどうなのだろう。

(許可が下りない気がする)

 おそらく絶対ここの領主は許可しない。


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