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3-7 元錬金術師は逃げられない



「うわぁあん、ノア様ぁ!」

 ウサギ耳の少女、アニラが泣きながら抱き着いてくる。メイド服のスカートが汚れるのも構わずに膝をついて。

(アニラ……)

 気がつけば張りつめていた緊迫感は消えていて、襲ってきた男たちはとっくに地面に倒れ伏していた。


 トルネリアは警戒して距離を取っている。

 一瞬にして場を制圧したヴィクトルとニールの二人から。

 アニラに抱き起されながら、ぼんやりと考える。

 どうして三人がここにいるのだろう。ヴィクトルは視察中、ニールはその供、アニラは侯爵邸で掃除中のはずなのに、と。


「拘束しろ」

「はい」

 ヴィクトルの短い指示を受け、ニールはすぐに気絶した男たちの腕を縛り始める。手慣れた鮮やかな手つきで。


 ああ、そういえば。

 先ほど人間に空を舞わせたのはヴィクトルだった気がする。

 いったいどういうことだろう。

 部屋に残してきた置手紙を読んで探しに来てくれたのだとしたら、いくらなんでも早すぎる。まだ半日も経っていないはずのに。


 思考が働かない。頭が痛い。

「ノア様、血が」

 血が顔を伝って服に垂れ落ちていく。

 アニラがきれいな布で傷口を押さえてくれた。

 頭を打ったせいか、血が流れ出ているせいか、現実逃避したいからか、ぼうっとして考えがまとまらない。


 ヴィクトルがノアの前に膝をつく。

「まさか、本当なのか」

 声に微かに含まれた動揺が、置手紙を読んでいることを示唆していた。

 おそらくアニラが発見し、すぐにヴィクトルに報告しにいったのだろう。そしてアニラの耳とニールの嗅覚で、ノアの場所を特定したのだろう。


 侯爵邸の人間は有能だ。こんなにすぐに目標を見つけ出してしまう。

 嬉しいようで悲しい複雑な心境だった。自分自身が何もかも悪いからこそ。

 顔を覗き込んでくる青い瞳から目を逸らしたくなる。逸らせない。

 ヴィクトルはノアの錬金術をよく知っている。

 怪我をしているのに治さない理由、治せない理由なんてひとつしかない。


「あなたに嘘はつかない」

 自分の声とは思えないほど、力のないかすれた声だった。




「迎えか。よかったではないか」

 様子をうかがっていたトルネリアが、危険はないと判断したのかノアのところへ歩いてくる。

 頭にそっと手が触れたかと思うと、心地いい熱が流れ込んでくる。それだけで、痛みが溶けるように消えた。

 出血も、頭の中に響いていた痛みも。


「痛くない……」

 目を瞬かせ、トルネリアを見上げる。

「トルネリア、治してくれたの?」

「まあこれくらいはな」


 ヴィクトルの目元が安堵に緩む。しかしノアの言葉を聞いて、眉根がわずかに寄せられた。

(やってしまった……)

 トルネリアの名前を自然に呼んでしまった。

 ヴィクトルには偽造金貨の容疑者としてトルネリアの名前をしっかり伝えているのに。状況を説明するべきなのだが、まだ頭も口もうまく働かない。


 ヴィクトルはノアの前に膝をついたまま、トルネリアを見据える。

「あなたは錬金術師なのか」

「ふふん。崇め奉れい」

 得意気に胸を張る。


「まあそやつをあんまり責めないでやってくれ。知らぬ病は不安にもなるじゃろう。だがその病は他人に感染するものではない」

「病だと?」

 隠していた病気をあっさりとばらされる。親切で言ってくれたのだろうが、冷や汗が出てきた。

 無意識に症状が出ている腕を庇うような動きをしてしまったのか、ヴィクトルに手首を押さえられ、袖をまくられた。


 部分的に硬質化した皮膚が、白日の下にさらされて、きらきら光る。

「これ、は……」

 言葉を失う。

 アニラも、男たちを拘束し終えたニールも同じ表情をしていた。

 離れで眠るヴィクトルの妹、ベルナデッタと同じ病ではないかと危惧している表情。そしてそれは正解だ。


「この病気を知っているのか」

 鋭い視線がトルネリアに向けられる。

「知っているも何も、我が一族が作った病だ」

「…………」

 沈黙が怖い。


 しかしトルネリアは臆する様子もない。むしろどこか誇らしげに言葉を続ける。

「我が一族は代々病と薬をつくってきた。貴族にも顧客はいたし、暗殺に使われることもあっただろう由緒ある病だ。その病の名は人形病。進行すればやがて人形のように全身が固まる」

「治療法はあるのか」

 トルネリアは大きく頷く。


「我が一族の病は、我が一族が治せる。もちろん対価は払ってもらうがな」

「対価とは」

「ちょ、ちょっと待って。対価は私が払うから」

「お主は頼りない。支払い能力のありそうなものの方に吹っ掛けるのが礼儀だろう」

 返す言葉もない。確かに錬金術の使えない錬金術師なんてただの無能だけれども。


「対価は、そうだな」

 トルネリアは楽しそうに考え込む。色とりどりのケーキの前でどれを最初に食べようか、とか考えているような顔で。

(侯爵邸への侵入とは言わないでほしい)

 気まずさでどうしたらいいかわからなくなる。


「我の大切なものを盗んだやつを捕まえるのに協力せよ。この街にいるのは間違いない」

 心配は杞憂に終わった。ノアへの要求よりもグレードアップしている気がするが。

 これが支払い能力の差か。世知辛い。

「わかった。その者の特徴は」

「それはわからん。ただ、そやつの近くにいるのは間違いない」

 細い指先がノアに向く。


「私の?」

「でなければ感染させられん」

 そんなことを言われても心当たりはない。ノアがこの街で過ごした時間は短い。顔見知りは多いが、こんな悪意ある行動をされるようなトラブルを起こした覚えはない。

 無差別に感染させようとしている悪意に巻き込まれた、と言われた方がずっと納得できる。


「あともうひとつ。侵入を試みている場所があるのだが、守りが固すぎて難しい。お主らは腕が立ちそうだ。手伝ってもらおうか」

「あ、その、それは――」

 トルネリアを止めようとするがヴィクトルに口を塞がれる。これ以上余計な口を挟むなとばかりに。

 横暴だ。圧政だ。


「この街を治める侯爵の家だ」

「わかった。その条件を飲もう」

 そうして、ノアの家出はあまりにもあっさりと終了することになった。





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