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3-5 家出と取引



 翌日。

 朝食の時に、ヴィクトルは街の視察に出てニールも供をすることを聞いた。

 これはチャンスだ。

 部屋に戻ると早速大きな鞄を用意して、激痛に耐えながら旅に必要なものを亜空間ポーチから取り出した。当面の路銀も確保する。


(まずはトルネリアを探してみよう)

 彼女のことはいろんな意味で気になる。

 朝食の席で聞いてみたが、トルネリアの目撃情報はまだないらしい。他に偽造金貨を使われた報告もない。

 すでにアリオスを出ていった可能性も高いが、もしまだいるとしたら人通りの少ないところに潜んでいるのだろう。


 アリオスの人通りの少ないところと言えば、街の北西部。こちらは開発があまり進んでいない静かな地域だ。比例して治安も悪いが、身を潜めるのには絶好の場所だ。

 方針が決まれば行動は早い。

 ノアは帝都に帰るレジーナに病気がないかを確認してから見送った。そのすぐ後、置手紙を書いていつもと変わらない振る舞いで侯爵邸を出た。




 アリオスの北西部は、中央や東部と比べてやけに静かだ。

 商業地から離れているため、壁の中だというのに人通りが少ない。ノアもここに足を踏み入れることは滅多にない。

 犯罪の温床になるためヴィクトルは手を入れたがっているが、いかんせん利便性が悪く需要がない場所というのは開発しにくいものだ。


(アリオスの中とは思えないほど静か)

 雨上がりの土の匂い。

 あちこちに残る水たまり。

 古びて、壊れた個所の多い石畳。

 人の住んでいない廃墟。


 それらを眺めながら歩いていると、突然背中に硬く尖ったものを当てられた。

「動くな」

 息を潜めた、女性の声。

「これ以上罪を重ねない方がいいと思うけれど」

 両手を挙げて降参のポーズをとる。

 振り返ると、蒼い顔をしたトルネリアと目が合った。


「お主は薬屋の……」

 覚えておいてくれたらしい。

 トルネリアは舌打ちをしてナイフを鞘に納めた。

「追手かと思ったわ。紛らわしい」

 悪態をつくその顔色は悪い。ノアの見たところ貧血状態だ。


「だいじょうぶ? 随分具合が悪そうだけど」

「ふん、少し誘拐されただけだ。大方、人身売買とかそういうところだろう」

「ええっ?」

 まさかあの後そんな目に遭っていたとは想像もしていなかった。アリオスの治安はノアが思っているよりずっとずっと悪いのだろうか。


「それは兵士さんに相談したほうが」

「たわけ! いまの我は追われる身だ。お主のせいで。まったく」

 それは逆恨みというものでは。

「確かに偽金貨の件は通報はしたけど」

 この街に生きるものとして見過ごすことはできない。


 しかし偽造金貨の件もだが、誘拐と人身売買疑惑についても放置はできない。

 できないのだが――……

(いまの私にはどうしようもできない)

 これから街を離れようとしている身だ。ひとまず、覚えておくことにしてこの件は置いておく。


「いまの私はあなたを捕まえるつもりはないわ。ただ話がしたくて探していたの」

「話だと?」

 眼光がノアを刺す。

 この年頃の少女とは思えないほどの鋭さで。

 しかしそれに臆するノアではない。


「トルネリア。あなたはどうしてこの街に来たの」

「……盗まれたものを取り返しにだ」

「それはどんなもの?」

「なんじゃ、探すのを手伝うとでも言うつもりか。お人好しめ。そのような余裕があるのか?」

「う……」


 言葉に詰まる。

 トルネリアはノアの右腕を見つめた。

「お主、発症しておるのじゃろう?」

「え、なんで……」

 思わず腕を押さえる。硬質化している部分を。


「我にはわかる。まあ、安静にして過ごせば多少は持つ。養生することじゃな」

「ま、待って」

 歩き出したトルネリアを慌てて追いかける。

「何故ついてくる」


「私ももう帰れないの」

「病のせいでか? 薄情な家族じゃのう」

「家族じゃないわ。居候。迷惑をかけたくなかったから出てきたの」

 書置きもしてきた。探さないでくださいと。


「そういうわけで余裕があるから、手伝うわ」

「それはまた随分殊勝な心掛けじゃの。だが、何故じゃ? 我とお主には何の関係もないはずじゃが?」

「あなたは錬金術師でしょう?」

 トルネリアの表情が変わった。

 少し恐れるような顔でノアを見る。


「何故、それを」

「わかるわ。あの偽造金貨をつくれるのは錬金術師だけだもの」

「……あれは、母に教わった技じゃ。こうすれば増えると」

 どんな教育をしているのか。


「なるほど。お主も魅せられたか。よかろう。お主、名は」

 何に納得がいったのかはわからないが、問われれば答える。

「ノア」

「ふむ……」


 トルネリアは何かを思案するように、腕を組んで首を捻る。

 その時だった。人の気配がこちらに近づいてきたことに気づいたのは。

 獣人の男が三人、明らかにノアとトルネリアを見て近づいてきている。


 背中を曲げた、気力のない立ち方と歩き方。だらりと垂れる手には、鞘から抜かれた短めの剣。

 力なく開いた口、その代わりのように鋭い眼光。

 正気ではない。そして凶暴性を隠そうとしない。

 まるでグールだ。理性のない人型の獣。


「薬で頭をやられておるな」

 トルネリアがぽつりと呟く。

 アリオスは商業が盛んだ。その分、人の出入りが激しい。

 人の出入りが激しければ、治安を悪化させる人間も生まれてくる。

 そしていま、そんな人間たちに狙われている。


 導力が使えない。

 錬金術が使えない。

 身体強化も使えない。

 武器も持たず戦いの心得もない。

 そんなノアにできることは。

(逃げることだけ)


 突然、目の前に煙の幕が広がる。白い幕が視界を多い、相手の姿をかき消した。

「何をぼーっとしておる。来い」

 トルネリアがノアの服を引っ張る。引きずられるようにして走り、その場から逃げだした。



##



 男たちの追跡を振り切り、元民家だったと思われる廃墟のひとつに身を隠す。窓も扉もなくなった家だが、少なくとも視界は遮られる。

 肩で呼吸をしながら、ノアは壁の影に座り込んだ。息が持たない。体力が続かない。もう走れない。

「なんなんじゃ、お主は! トロいわ鈍いわ判断も足も遅いわ。よくもそれで一人で生きていこうと思ったな!」


 声を潜めながらトルネリアが叫ぶ。返す言葉もない。

 錬金術の使えなくなった自分がここまで貧弱だとは思わなかった。逃亡の間中ずっとトルネリアに助けられていた。

「お主の未来はさっきのような輩に慰み者にされて殺されるか、さらわれて売られて金持ちのペットだ!」

(いやいや、流石にそれは)

 ないとは言えない。もっと悲惨な目に遭う可能性だってある。


 トルネリアは頭を抱え、大きくため息をついた。

「そうか、病のせいか……」

「いえ、生来だと思う……」

 以前は錬金術で筋力を強化していたから多少は動けたが、いまはトルネリアの言うとおりだ。足が遅くて動きが鈍い。


 頭が痛い。

 まさか自分がここまで情けない存在だとは思わなかった。錬金術を覚えてからはそれに頼りきりで、身体を鍛えることをしてこなかったツケが回ってきている。

(護身術ぐらい習っておくべきだった)

 後悔してもどうしようもない。

 これから本当にひとりで生きていけるのだろうか。不安しかない。


「……治してやってもいいが」

 ぽつり、とこぼされた言葉は、ノアを激しく揺さぶった。思わず前のめりになる。

「治せるの?」

「対価は払ってもらうぞ」

「それはもちろん。私の全財産で足りなければ借金してでも」

「金ではない」


 トルネリアは赤い瞳を煌めかせ、ノアを見つめた。

 息を飲む。対価が金銭でないというのなら、いったい何を要求されるのか。

「お主には侯爵邸に侵入するのを手伝ってもらう」

 金と言われた方が良かった。




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