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1-5 王家と侯爵



「アレクシスは周辺の国を武力で攻め滅ぼし、国土を拡大した。ゆえに遠征王と呼ばれていたらしい」

(遠征王。馬鹿王から出世したものね)

 それにしても、馬鹿だとは思っていたけれど、ここまでの馬鹿だったとは。

 そして何のためにそんなことをしたのか。


 亡くなった妻を生き返らせるため、その方法を探すため。もしくは気が触れてしまったか。側近にそそのかされたか。

 ノアは何も知らない。

 知る前に討伐軍を向けられた。


「しかし歪な支配は混沌を呼び、国は乱れ、やがて実の息子に打ち倒される」

(カイウスね)

 王妃エミリアーナは、アレクシスの子カイウスを産んだあと亡くなった。アレクシスは王妃を深く愛していたから、後妻をもらったとも考えにくい。家系図でもアレクシスの子はカイウスだけだ。


 あの子が父王を討ったとしたら。

 力になってあげたかった。

(後悔先に立たずね……)

 自分を封印している場合ではなかった。

 いやしていなくてもきっと、軍や錬金術師に討伐されていただろうけれど。


「空が赤く染まったのはこの頃とされている。王の嘆きが、空を血で染めたと」

「うーん、そこはおとぎ話っぽいですね」

 正直な感想を言うとヴィクトルは少しだけ笑った。

「その後フローゼン王朝は帝国に滅ぼされて、この地もいまは帝国領だ」


 遠征を続けて恨みを買い、国を疲弊させ。

 内乱が起こり、さらに国が疲弊し。

 ぼろぼろになったところを、帝国にあっさりと滅ぼされたというところだろうか。遠征王もとい馬鹿王が出兵した先が帝国に力を貸していったなら、いくら王国でも持ちこたえられない。

 この城郭都市アリオスは、おそらくそのころに作られた軍事拠点が都市となったのだろう。


「質問。滅ぼされた王家なのに、まだ名前が残っているのはなぜですか?」

 普通なら一族皆殺しで血を絶つ。

 温情があれば男子のみ処刑、女子は残される。もちろん名前が残るはずもなく。

 ここにヴィクトルが存在して侯爵として街の中心にいることが不思議に思えた。

「当時の王を倒したのは、帝国の支援を受けた傍流のフローゼン一族だった。その功績により侯爵位と、この赤い空が与えられたわけだ」

「あー、それは立場は最悪ですね」


 王国にとっては裏切り者。

 帝国にとっても信用のならない者。

 どこかから暗殺者を差し向けられてもおかしくない。

 使用人が少ないのはそれが理由だろうか。本当に信頼できるものしか近くに置かない。


(ん? 赤い空が与えられた?)

 その言い方だと。

「外の空は青いのですか?」

「ああ、青い」

 ヴィクトルは遠い目をして頷く。

「だがこの地の民のほとんどは、空の青さを知らずに生涯を閉じる」

 つまり、空が赤いのはこのあたりだけということで、その広さはそれなりに広範囲に及んでいそうだ。

(何かの影響で空か光が捻じ曲がっているのかしら)

 気にはなるが、いまはあまり重要なことではない。

 とりあえず、いま知りたいことは知ることができた。望んでいた以上に。

 ヴィクトルに聞いてみて良かった。




「ノア。あなたのいた時代は、獣の混じった人はいたか?」

 ヴィクトルからの問いに、息を詰まらせる。

「……いえ。尻尾のある方も、角のある方も、耳が四つある方もいませんでした」

「遠征王の時代、戦争の道具とするために、錬金術で生み出された獣混じりの人間たちがいた。それが、彼らの祖先だ」


 ――獣との結合。

 人と獣を混ぜ合わせ、その特性を引き出す。禁忌の術。

 平時では決して許されない研究でも、戦争中ならば、需要も材料も大いにある。吐き気がするほどに。

「……許しさえあれば、そういう研究をしそうな錬金術師は確かにいました」


 錬金術師はノアだけではない。

 王からの命令があれば、喜んで探究心を発揮しそうな錬金術師はいた。

(神代のマグナファリスに白のグロリア)

 錬金術師とは倫理観が壊れているものが多い。

 そんなもの、研究の邪魔にしかならないと言う。


 吐き気がする。

 ヴィクトルの語ってくれた歴史がすべて本当だったとしたら、王国ごと錬金術も滅ぼされても仕方がない。いかに優れた錬金術師でも神ではないし、不死身の存在でもない。世界に敵と認定されれば、生き続けることはできない。


 ノアのように時空のはざまに身を隠すか、肉体を捨てて精神体となるか。

 権力者に匿われるか、無力な民として力を隠して生きるか。

 足元がぐらりと揺れる。

 ふらついたところをヴィクトルに支えられる。


「少し休んだ方がいい」

「ありがとうございます……」

 椅子を出され、素直に座る。

 ぼうっとする思考のまま、家系図を眺める。

 三百年は長い。実感が持てないほど。


「……ヴィクトル様は、私のことがどのように見えますか?」

「そうだな。可憐で美しい女性に見える」

 違う。そうではない。

「名のある家の出自ではないのか? 所作に美しさが滲み出ている」

 三百年でマナーがあまり変わっていないのは、よかったのか悪かったのか。

「そういうことではなくて」

 わかっていっているのか。


「私はずっと、錬金術とは恐ろしいものだと思っていた」

「それは、そうでしょう」

 歴史を知っているのなら、そう思わなければならない。

 だからノアのこともそう見えているはずだ。初めて会ったときの、錬金術師と名乗ったときの表情を、忘れることができない。


「しかしあなたの使うそれは、とてもやさしい。すべてのものは使い方次第なのだと、いまさらそれに気づいた。数々の非礼、本当にすまなかった」

「いえ、もう気にしていませんから」

 あそこまで真摯に謝られたら。

 ヴィクトルは少し困ったように笑ってから、家系図を片付けていく。


「あなたの腕を見込んで、頼みがある」

(これが本題か)

 きっとこの頼みとやらのために、ヴィクトルはノアを引き止め続けた。

 ノアの言葉を信じた態度を取った。


「お仕事としてなら聞きます。できるかどうかはわかりませんけれど」

「ああ、対価はいくらでも払おう」

(あ、これ。まずいやつだ)

 その目の鋭さが怖い。


「妹の病気を治してほしい」





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