2-15EP 錬金術師の養子縁組
「まんまと嵌められちまうとはお前らしくもない」
侯爵邸の書斎に、リカルド元将軍の呆れ声が響く。
「面目次第もありません」
元将軍の正面に座るヴィクトルは、怒られた子どものように素直に謝った。
(どうして私はここにいるのだろう)
ドレス姿でヴィクトルの隣に座りながら思う。
無事アリオスに、侯爵邸に帰ってきて、休憩もそこそこに着替えさせられ書斎に放り込まれた。
中にいるのはリカルド元将軍と、ヴィクトルと、ノアの三人だけ。同席している自分が場違いに思えて仕方がない。
(それにしても、ずいぶん親しいなぁ)
ヴィクトルとリカルド元将軍の間に流れる雰囲気は、遠慮も飾りもない。かなり長い付き合いなのだろうということが伝わってくる。
「で、こちらのお嬢さんがそうなのか」
鋭い視線がノアに向けられる。思わず息を飲む。
「はい」
「このお嬢さんを養女にか……よしわかった。よろしくな、我が娘よ」
「えっ?」
話についていけず、間の抜けた声が出る。
(養女? どういうこと?)
「なんだ、話してないのか。肝心なことを話さねぇのは親父そっくりだな」
ヴィクトルを睨むが、後ろ暗いことが満載なのかこちらと視線を合わせようとしない。
この男はノアが婚約者役を承諾する前から、貴族との養子縁組の話を進めていたということだ。
「まあ養女と言っても書面の上だけだ。安心しな」
確かに侯爵の婚約者となれば、ある程度の身分は必要だ。身分を持たないなら貴族の養子にする、という段取りが必要になってくる。当然のことだ。理解できる。理屈では。
それにしても順番が違うのではないか。
以前なら、ここで立ち上がって部屋から出て行っていたところだが。
「お世話になります。お義父様」
込み上げる感情をすべて飲み込み、頭を下げる。
もう決めたことだ。
帝都に行くことは、もう決めたこと。この時代、この国の中で、錬金術で何が行われているのか、知りたい。それに婚約者という立場なら、ヴィクトルのそばにいても自然だ。自然な近さで守ることができる。
「おう。なんだかくすぐってえな」
リカルド元将軍は破顔する。迫力はあるがどこか愛嬌のある、安心できる雰囲気に、ノアもつられて微笑んだ。
――本当ならここで、本物の家族のことを思い出すべきなのだろうが。
父の顔も、母の顔も、いまはもうほとんど思い出せない。
この時代に来てまだほとんど時間が経っていないのに、薄情なものだと思う。
(そもそも思い出自体がなかったか……)
王太子との婚約がなかったことになったとき。その時から両親は妹のことばかりで、ノアも錬金術のことばかりで。家族としての関わりなどなくなっていた。
「感謝いたします。将軍」
「もう将軍じゃねぇよ。ったくお前らときたら」
「私にとって将軍は将軍ですので」
リカルド元将軍は苦い表情を浮かべ、頬をかく。
「まあ向こうは古参貴族とつるんでやがるから、お前は軍や新興貴族を味方につけるしかねぇんだがな」
リカルド元将軍のその言葉でやっと気づいた。
ヴィクトルは戦争をする気だと。
直接武力をぶつけ合うのではなく、政敵と政争を起こすつもりだ。いや、おそらくずっと前から戦いは続いている。
この養子縁組も。
この婚約も。
元将軍と縁を繋ぎ、軍との繋がりを周りに示すため。
(ちょっと待って……)
ノアはただヴィクトルを危険から守りたいだけ。錬金術のことを知りたいだけ。
なのに、どうしてこんな。帝国内の貴族の争いに巻き込まれようとしているのだろう。
(ううん、力をつけるのは普通のこと……潰されないために政治力や軍事力、経済力を高めるのは普通のこと……)
自分に言い聞かせる。これが普通のことなのだと。
しかし漂う雰囲気が物騒すぎる。
「俺の過去の名声とやらがまだ残ってるなら、好きに使え。どうせ俺の爵位は一代限り。血縁もいねぇし、誰にも迷惑はかからんしな。それにここで力を貸さなかったら、天国であいつに怒られる」
厳しい声に、一瞬だけ優しさが混じる。愛しいものを思う声が。
「忘れるなよヴィクトル・フローゼン。軍も貴族も、民も、忠誠を捧げるのは皇帝陛下ただおひとりだ」
「もちろん心得ています。私が剣を捧げるのは、皇帝陛下ただおひとり」
――いますぐここから飛び出して、誰も知らない場所に引きこもりたい。
第二章完
こちらで第二章終了です。
読んでくださりありがとうございました!
第三章は3月中に開始予定です。もう少しだけお待ち下さい。
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