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1-4 フローゼンの血筋



 街の中心にある一番立派な館で、おそらく一番豪華な客室に案内される。

「はじめまして。メイドのアニラと申します」

 世話係として手配されたのは、十五歳くらいのおっとりとした雰囲気のメイドだった。


 その頭にはウサギのような耳が生えている。もちろん人間の耳もある。

 どちらの耳が機能しているのか。

 それとも両方か。

 どんな風に音が聞こえるのか、機会があったら聞いてみたい。


「奥様のお世話をさせていただけるなんて光栄です。よろしくお願いします」

「ちょっと待って」

「あーん、お話に聞いていましたけれど、本当におきれいです。金色の髪にルビーのような瞳も、透き通るように白い肌も、まるで女神様のよう。旦那様とすごくお似合いです」

 頬を赤く染めて、スカートの裾を軽快に揺らす。とても楽しそうに。


「ちょっと待って! 誰が奥様?」

「あれぇ? まだでしたか? 旦那様が連れて帰られたとってもきれいな女性と伺っていたので、あたしてっきり」

「まだも何も……」

 そのような可能性はない。まったくない。

 婚約破棄をされた身としては、恋愛も結婚ももう関わりたくはない。あんなものは毒だ。いや毒はまだ薬にもなるから毒以下だ。


「私は――そう、時の旅人。終わらない旅をしているので旦那様の奥様にはなりません」

「あらぁそれは残念です。ノア様が奥様になっていただいたらとっても楽しそうなのに」

「何を根拠に?」

「あんな嬉しそうな旦那様、初めて見ましたから」


 首を捻る。

 ノアが見たのは暗殺者に殺されかけている姿と往来で跪き頭を下げている姿だけだが?

 そんな目に遭ったら普通は落ち込む。なのに嬉しそうとは?

(よっぽどおもしろい利用価値でも見出してくれたのかしら)

 それならそれで楽しみではあるが。結婚だけはない。向こうもそんなつもりは一切ないはずだ。




「まあそれはそれとして、これから夕食会ですのでお着替えをどうぞ」

「はあ……」

 ドレスを持ってこられて着替えを促される。

 ノアも生まれ育ちは候爵令嬢だ。着替えさせられるのには抵抗はない。

 黒いローブを脱いで、ベルトを外し、手伝ってもらって服を脱ぐ。

 用意された黒いドレスはサイズもぴったりで、生地と仕上がりも上等なものだった。


 ――黒のエレノアール。


 鏡に写った姿を見て、王国にいた時の呼び名をふと思い出す。

 名前を捨てたつもりでも、長年自分を形づくっていたものを忘れるのは難しいものだ。

「まあ、すてきです! お嬢様のドレスがぴったりでよかった」

「お嬢様?」

「ご安心を。旦那様の妹君です」

 アニラはにこっと笑う。

 どこかに不安がる要素があっただろうか。


 アニラに髪のセットをしてもらう間、ノアはぼんやりと窓の外に視線を向けた。

 赤い。

 街並みよりも、庭の風景よりも、空の赤さがどうしても気になる。

 こうも赤いと朝焼けか夕焼けかと勘違いしてしまう。空の端に夜闇が訪れているから、本当の夕焼けかもしれない。


「それで、いまは何年だったかしら」

 平静を装ってさりげなく聞く。

 封印期間が設定通りだったなら王国暦七四年のはず。

「いまは帝国暦三三四年ですよ」

 頭を横からガツンと殴られた気分だ。

(知らないぞ、そんな暦)


 困惑している間に髪のセットが終わる。

「それでは少しだけ失礼します。何かありましたらベルを鳴らしてくださいませ。お夕食はニールさんが腕によりをかけてつくってくれていますので、楽しみにしていてくださいね」

 アニラはきれいな仕草で頭を下げ、部屋を出ていく


 ひとりきりになったノアは、ふらふらと部屋の中を歩き、ベッドの上に腰を下ろす。

 ふわふわと弾む。

(スプリングが入っているのか、なるほど)

 知らない技術。

 クッション手に取りを抱きかかえ、顔をうずめる。

「いまはいつなの? ここはどこなの!」



##



「あなたは何者だ」

「私が知りたいです」

 夕食会でのヴィクトルの問いに正直な気持ちを答える。自分が何者かなんて、自分が一番知りたい。


 席についているのはヴィクトルとノアだけ。ニールとアニラが料理と給仕をしてくれている。侯爵家という割には使用人の数は少ない。だが、屋敷は隅々まで掃除されているし、食器もぴかぴかに磨かれている。テーブルクロスもシミひとつない。

 ヴィクトルの華美ではないが品のある服装からも、この借り物のドレスからも、貧乏の気配は感じられない。

 他の家人とは会わせないようにしているのだろうか。


 それにしても料理が本当においしい。

 ポタージュはなめらかでコクがあって旨味がたっぷりで。

 肉厚のステーキは香ばしくてやわらかくて肉汁たっぷりで。

 パンはふわふわ。

 ワインも上等。

 ここまで贅沢な食事はいつぶりだろうか。


「あ、そう言えば傷の方は大丈夫でしたか?」

「ああ。奇跡のように塞がっていた」

「よかった。しばらくは少し痛みがあるかと思いますが、もし我慢できないとか、動かしにくいとか、動作に支障があったら言ってくださいね」

 ヴィクトルは微笑みながら頷く。

「あなたには事情があるように見える。よかったら話してもらえないだろうか。きっと力になれるはずだ」


 ――どうしよう。

 思いやりのある言葉をかけられたからと言って、自分の身の上を正直に話していいものか。相手は貴族だ。それも一筋縄ではいかなさそうな。

 人が好さそうでいて、慕われていそうでいて、間の抜けていそうでいて。それなのにどこか油断がならない。きっとあの目のせいだ。

 美しい青い目はいつも、氷のような鋭さを内に秘めている。


 ――しかし。

 手持ちのカードを少しは明かさなければ、欲しい情報を手に入れるのには時間がかかるだろうことも事実。

 地道に調べるという手はあるにはある。

 だが、本当にほんの少しだけ、疲れてしまった。疲れていることを、あたたかい食事のおいしさに教えられてしまった。少しだけ楽をしたいと思ってしまった。

「アレクシス・フローゼン。この名前をご存じですか?」

 そして沈黙が訪れた。




「あなたは本当に不思議な人だな。その名を知るものがまだ野にいようとは」

 長い沈黙の後、ヴィクトルはため息をついて呟いた。

「頭のおかしい女の妄想と思って聞いていただきたいのですが」

 ワインを飲み、喉の奥に詰まった苦いものを無理やり流す。

「私、その人に狙われていまして。逃げるために自分を三年ほど封印したんです」

「ふむ……」


「で、昨日目が覚めたわけなのですが、なんとなくなんですけど、三年どころじゃないなぁって。私の知っている空は青かったですし」

 ノアの知っている空は青く高かった。

 目覚めてから見る空は、いつも夕焼けのように赤く低い。


 ヴィクトルは少し黙って考え込んだ後、デザートのプディングとコーヒーを持ってきたニールに告げた。

「ニール。古い家系図を」



##



 テーブルの上がすべてきれいに片付けられて、長い紙がそこに広げられていく。

 長い、とても長い家系図だ。

 ノアはヴィクトルの横に立ち、広げられていくそれをじっと見つめた。

 紙自体はそこまで古くないが、記されている歴史は長い。紙も何度も付け足されている。

 一番上には王国を建国した始祖王の名が。アレクシスの名は三代下に。そのすぐ下に嫡子のカイウス。カイウスの子は三人。一番末の子から、ヴィクトルの名までの間に、十の世代が書かれていた。


「アレクシス・フローゼンが生きたのは約三百年前だ」

「さんびゃくねん!」

 頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。

 信じたくはなかったが、それならむしろ納得できる。

 王都が森に飲み込まれ滅びていることにも、城が廃城になっていることにも。

 それぐらいの時間が経過しているのなら当たり前のことだ。


(封印の時間設定失敗しちゃった?)

 いやそんな馬鹿な。

 さすがに三年のつもりで行った術が三百年まで伸びるはずがない。途中で術式が力尽きる。

(誰かの干渉があった……?)

 そうとしか考えられない。


 ノアに無断で術式に手を加えたものがいたに違いない。誰がなんのためにと考えようとして諦めた。

(錬金術師の知り合い全員、おもしろそうって遊んできそうな人たちだった)

 容疑者が多すぎる。

 この問題はとりあえず置いておく。


 しかし、信じがたい現実を受け入れると、今度は別の疑問がわいてくる。

 ニールの角に、アニラの耳。たった三百年で、人が獣の特徴を得られるものだろうか。自然の摂理では考えにくい。

 自分が不勉強なだけで、かつても世界のどこかには存在していて、移民してここまで来たのだろうか。


 もうひとつの可能性は、考えるのもおぞましい。

 それにあの赤い空。

 大気中に満ちる魔素。

 ノアがのんびり寝ている間にいったい何があったのか。





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