表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/182

2-10 海沿いの監獄にて



 森を走る。作り直したゴーレムに命じて、暗い森の中をひたすらに、海岸に向けて。

 冷静に。理性は何度もそう忠告してくるが、逸る心を抑えられない。

(お願い。無事でいて)

 不安で胸が押し潰されそうだ。


 途中で何度かミノタウロスが出たが、迅速に埋めて事なきを得た。いったい何体つくってあるのか。ファントムがつくったのだとしたら、帰る前に片付けていってほしいものだと思う。

「……はぁ」

 ため息をつく。息がうまくできない。

 いまのノアにできることは、ゴーレムに身を委ね、力を溜めて、待つことだけ。

 黒猫はというとゴーレムの上ですっかり静かに眠っている。


 その時、森の匂いの中に、海の匂いが混じった。

 潮騒の音が遠くから聞こえてくる。

 ――近い。


 森が途切れ、視界が開け、ノアはゴーレムを止める。海岸線の崖の上で。

(海……)

 目の前に広がるのはどこまでも続く大海原。遥か彼方には水平線も見えた。

 海を見るのは初めてではない。ないのだが見るたびに、圧倒されるような、懐かしいような感慨を覚える。


 最近新調したばかりの望遠鏡を取り出し、周囲の様子を確認する。

 どこまでも続く海岸線の途中に、人工的な建造物の影が浮かび上がった。

(あれが、バルトゥール監獄?)

 建物の周囲では、人による光がわずかに見えた。




 バルトゥール監獄。バルクレイ領の海岸沿いに位置した建物は、地図にはそう書かれている。

 近づいて見てみれば、とても古い建物だ。大規模な修繕工事もされていない。捕虜や罪人の収容所と思わしき建物はあるが、いまは使われている気配はない。

 建物の周辺は鉄柵で囲まれていた。あちこちに篝火が焚かれ、見張りの兵士もいるが人数は少ない。


(これなら何とかなりそう)

 見張りに見つからないように周辺を偵察しながら、判断する。慢心は禁物だが。

 確認できる範囲ではキメラの姿もない。

 これなら、短時間ならばひとりで制圧できるだろう。

(制圧しなくても、ヴィクトルさえ助け出せればいい)


 ゴーレムを作り直す。移動用から石の巨人の姿にして、森の影に待機させる。

(焦るな)

 まずはヴィクトルの存在と位置の確認を。

 もしかしたらここにはいないかもしれない。それは願望に近い思考だった。


 鉄柵の一部に穴を開け、監獄の敷地内に入る。あとで怪しまれないように元通りにして。

 光に照らされないように気を付けながら、狭間の闇を縫うように移動する。

 そうしている内に、敷地内の一部に鉄柵で大仰に囲われた場所を発見する。辺りにはたくさんの篝火が焚かれ、見張りが四人いた。穴から極力離れた状態で、何かを恐れるように。


 いるとしたらあの場所の他にない。

 ノアは近くの鉄柵からいったん外へ出た。穴を開けたままにして。

 物陰に隠れるようにしゃがみこみ、深く息を吸い、吐く。

(作戦開始)




 火を起こす。

 偵察時に燃えやすいものが置いてある場所に油を撒いた。

 少し離れた場所からそれらの熱を上げ、発火させる。オレンジ色の炎が、木箱や資材を燃やし始めた。

 はぜる音、熱、焼け焦げたにおいが漂ってくる。潮風に煽られて、火は予想以上に大きく育っていく。

 見張りの兵士たちが慌ただしくなり、消火のために動き始める。兵士たちの動きを確認しながら移動する。


 鉄柵で囲われた場所にいた見張りも、様子を見に二人離れた。残るは二人。

「ゴーレムくん!」

 森に潜めていたゴーレムを呼ぶ。

 見張り二人もノアの声に気づき、確認しようとやってくる。


 そのとき、大地が震動した。

 呼び寄せたゴーレムは、障害物を薙ぎ倒しながら全力疾走でノアの隣を突っ切り、見張りを跳ね飛ばし、篝火を吹き飛ばし、鉄柵を捻じ曲げる。

 その後ノアはゴーレムを消火活動が行われている場に向かわせる。

 燃え上がる炎。暴れまわるゴーレム。絶望の悲鳴。


 それらすべてに背を向けて、捻じ曲がった鉄柵を乗り越える。柵の内側の岩場はくり抜くように穴が掘られ、その一番深いところには鉄格子が嵌められていた。穴の周囲は打ちあがった海水で濡れていた。

 鉄格子の下は黒く深い水が波打ち。

 水の中に、人影が見えた。かろうじて呼吸をしている姿で。

「ヴィクトル!」


 信じられない気持ちで名前を呼ぶ。

 まさか本当にこんなことが。

「しっかりして! いま助けるから!」




 鉄格子を掴み、分解する。

 まだ新しくしたばかりのようだが、海水で腐食したそれはかんたんに砕け散る。残骸は水の中に落ちて消えていく。

 ヴィクトルが溺れないように、穴の中の岩を伸ばして足場を作る。引き上げようとして、両手両足に鎖が付いていることに気づいた。断ち切る。

 鎖はある程度の長さがあるようだった。逃げられないように。そしてぎりぎりまでは溺れないように。


(本当に悪趣味!)

 怒りを噛みしめながら、手を伸ばす。

 足場を補強して落ちないように気を付けて。

 水の中から手が伸びる。ノアはそれをしっかりと握りしめた。絶対に離さない。そう強く決意して。




 全身の力を使い引っ張って、同時に足場を階段にして穴と繋げて登りやすくして、ヴィクトルの身体を海の中から引き上げる。

 ヴィクトルは咳き込み、海水を吐き出した。

 冷え切った、氷のような身体を抱きしめる。

 胸に顔を当てる。息はある。脈も。

 ひどく衰弱している。でも生きている。


 服はボロボロで身体は傷だらけ。おそらく鞭で打たれた痕だ。殺すためではなく、苦しめるためにつけられた傷。

「ノア……」

 細い声。いつもと違う、いまにも消え入りそうな。

 一刻も早く治療をしなければ。

 まずは濡れた服を乾かして、身体を温めて、怪我の治療を――


 ひとまず、服の水分を分解して濡れた身体を乾かす。あとは落ち着いた場所に行ってからだ。

 ヴィクトルに肩を貸して、監獄の敷地内から出る。森へ身を隠すと同時にゴーレムも崩した。火もほどなく鎮火するだろう。

 怪我人はいるようだが、重傷者や死亡者はいない。




 追手が来る前に隠れようとした時、外から馬車がやってくるのが見えた。

 見覚えのある、豪華な馬車だった。

「なぁにこれは? 火事? 早くなんとかしなさいな」

 降り立った貴婦人はよく通る声で言い、軽い足取りでヴィクトルが捕らえられていた穴の方へ歩いていく。いそいそと楽しげに。


「ふふ、侯爵様もそろそろ反省してくれたかしら。まったくあの方も王国の錬金術師なんて、そんないるはずもないようなものを調べてどうするのかしら。ああ、おかわいそうな侯爵様」

 跳ねるような足取りは、特別牢周辺の凄惨な状況を見てぴたりと止まった。

「いやぁぁ! あたくしのヴィクトルー!」

 サンドラ・バルクレイ先代伯爵夫人は、ふらりと、まるで糸が切れたかのように優雅に倒れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


次にくるライトノベル大賞2023にノミネートされました!!
「捨てられた聖女はダンジョンで覚醒しました」に清き一票をよろしくお願いいたします!!
sute01tugirano.jpg



書籍発売中です
著者サイトで単行本小話配信中です!

horobi600a.jpg

どうぞよろしくお願いします



◆◆◆ コミカライズ配信中です ◆◆◆

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ