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2-8 闇夜の再会



 ガサガサッと上で枝を揺らす音がしたかと思うと、短い悲鳴と共に人が落ちてきた。

 警戒しながら人影を見つめ、ノアは首を傾げる。

「ファントムさん?」

「や、やあ。こんばんは」

 苦笑しながら顔を上げたのは、暗灰色のマントに身を包んだ若い男。

 以前、旧王都からアリオスに戻る際に道で行き倒れていた男。


「こんばんは。どうしてここに? また道に迷ったの」

「ああ、人生という道に迷いそうだよ。足が震えている」

 ファントムの足は本当に震えている。怪我をしたかと思ったが、木から落ちた衝撃で腰を打っているくらいで怪我はない。

 暗さのため表情はよく見えないが、声も陰鬱そうだった。


 この世に絶望したかのような大きなため息をつく。

「本当は僕もゆっくり観光したり、疲れを癒したりとかしたかったんだけど、これでも雇われ人でさ。成果を出さないと怒られるんだ」

 立ち上がる。もう震えてはいない。

 舞台に登った役者のように堂々としたものだった。


 それを合図にしたかのように森の中に明かりが灯る。オレンジ色の小さな光が、いくつも。木の枝にロウソクを灯したかのような幻想的な光景だった。

 これは、錬金術だろうか。魔術だろうか。

 ノアは警戒を強める。

 弱い光でも暗闇の中では明るすぎるほどの光。

 そして、光が生まれれば闇は一層濃くなる。


 ファントムは闇から浮かび上がったノアのゴーレムに手を伸ばす。

「そのゴーレム、すばらしいよ。もしかして、君が王国の錬金術師かな」

「私はただの旅人よ」

 朗々とした声に、冷静に答える。


 ――錬金術師。ここでそう呼ばれるのは、いい気分ではない。

 確かに王国の国家錬金術師だった。だがそれも昔の話。王国が滅びたいま、王国の錬金術師と名乗って何の意味があるのだろうか。

 しかし錬金術師とだけならともかく王国と断じてくるのが不可解だった。


「王国はとっくに滅びたじゃない。誰も生き残ってはいないでしょう」

「そうかな? まあどちらにせよ、フローゼンが錬金術師を飼っているという噂は本当だったみたいだ」

「……どういうこと?」

 肯定も否定も沈黙もしない。

 ファントムはただ静かに笑っている。こんな曖昧な問いで何かを引き出せるはずもない。


「ファントムさん、あなたは何者なの」

「しがない錬金術師さ」

「……帝国にも錬金術師がいたのね」

 自分が錬金術師ということはもう否定しない。同業者相手に隠しても仕方がない。

 しかしこの時代にも錬金術師がいて、こんなにも早く対面できるとは思っていなかった。


 以前ヴィクトルが皇帝は錬金術師を探していると言っていたから、可能性はあると思っていたけれど、実際に見ると感慨深い。

 もしかして錬金術が禁忌扱いされているのは旧王国領のこのあたりだけで、帝都辺りは一般的に普及しているのだろうか。


 いや、それならそれでヴィクトルがそう教えてくれるはず。

 錬金術師はこの時代でも、権力者の持ち物、秘蔵の宝と考えておいたほうがいい。

 現代を生きる錬金術師に出会えたからといって、感動できる状況ではなさそうだ。


「いちおうね。君たち神秘の存在と比べると、凡人すぎて恥ずかしいけれど」

「王国の錬金術師を知っているの?」

 ファントムは笑うだけ。

 その笑顔の下に何を隠しているのか、ノアには見えない。


 複数形で言ってくるからには、ノアの他にも王国錬金術師を知っているということだ。

(神代のマグナファリスなら、まだ生きていたっておかしくないかも。帝国にいる……とも、考えられなくはないけど)

 王国の建国時から生きていると噂されていた錬金術師だ。いまだに生きていて、いまは帝国権力の中枢にいたとしても、驚きはしない。


「ノア、僕とおいでよ。そうすれば君の知りたいことはきっとすべてわかる」

「帝国の犬になれってこと?」

「犬だって慣れれば悪くないよ。わん」

「…………」

「そんな怖い顔をしないで。君だってフローゼンの犬じゃないか。飼い主がより強い存在に変わるだけ。あ、そんなに怒らないで」

「…………」


「僕は純粋に心配してるんだ。正直フローゼンは立場が悪いからオススメしないな」

「侯爵様にはお世話になっているの。私はただ研究がしたいだけで上を目指すつもりもないけれど、そうね、よほど待遇がいいのなら考えなくはないわ」

「だったら――」

「けどその前に恩は返さなきゃ」

 ファントムを見据える。

 緑色の目に光が入って、幻想的な雰囲気だった。


「フローゼン侯爵を解放して」

「残念ながら、その件に関しては僕は権限がないんだよね。管轄違いだし」

 困ったように首を捻る。

 目が煌めき、口元に笑みが刻まれる。

「でも、君が来てくれるのなら。彼を捕らえておく理由はなくなるかな」


「話にならない」

 捕らえておく理由がなくなれば、今度は始末するということになる。

「仕方ないじゃないか。彼は負けたんだ。敗者は勝者に喰いつくされる決まりだ」

「あなたたちの目的は錬金術師なんでしょう?」

「それはそうなんだけど、邪魔者はついでに処分しておきたいのが上のお考えでさぁ……ああ、これはもう交渉の余地はないのかなぁ」

 ファントムは困ったように天を仰いだ。


「君は侯爵を助けたい。僕にはその権限がない。話にならない」

 肩をすくめる。

「そうね。要求を変えるわ。フローゼン侯爵の居場所はどこ」

「彼はすごいよね。化け物だ。ひとりでキメラを殺してしまった」


 ――キメラ。錬金術でつくられた怪物。ノアがミノタウロスと呼んだ牛のことだろう。

(ひとりで倒したの……)

 罠も使わずにどうやって倒したのか。やはりヴィクトルは規格外だ。

「残念ながら、キメラは一匹じゃなかったんだけどね」

「……もう一度聞くわ。侯爵はどこ」


 一部の光が消え、ファントムの姿も消える。

「僕とおいでよ。そうしたら侯爵の居場所を教えてあげるよ」

 声が響く。何重にも反響して声の位置はわからない。

「お断りします。でも、情報はもらうわ」

「ははっ! 正直で、強欲だ!」


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