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2-7 深き森のミノタウロス


 外には夜が訪れようとしていた。

 ちょうどいい。夜の闇は異能の姿を人目から隠してくれる。

 今夜は月もない。雲もない。

 顔に触れる空気の冷たさに顔をしかめる。今夜もまた冷えそうだった。


 仕事を終えて一日の疲れを癒やすために酒場や食堂に繰り出す人々を、家に帰ろうとする人々を、避けるようにして東門に向かう。

 街中はまだ落ち着いている。領主が行方不明になったのはまだ公表されていない。

 ヴィクトルの不在が長引き、あるいは最悪の事態が起きた場合、それを人々が知るようになったらこの街はどうなるのだろう。

 首を振る。そんなことはさせない。


 賑わいに背を向けて東門を出る。

 いつも使う西門と違っていて、開けた平野と立派な街道が門の先に広がっていた。

 まずはバルクレイ領方面に向かう。ヴィクトルが通った道を辿る。

 歩きでは、貧弱な身体では時間がかかりすぎる。

 馬も、長時間操れる体力はない。


 ノアは街道から外れ、辺りに人の気配がないのを確認した。捜索隊がほどなく来るはずなので、急ぐ。

 大地から石の成分を取り出し、ゴーレムを作成する。

 人ひとりが乗れる程度の、移動特化ゴーレム。馬のような足を持たせ、飛ぶように駆けられるようにする。


 ゴーレムに乗り込み、出発しようとしたところで膝の上に黒猫のグロリアが乗ってきた。

「あなたって神出鬼没よね」

 猫だから仕方がない。

 万が一誰かに見られても認識しにくくなるように隠形の術と、乗っていても寒くないように風よけの術をかけ、夜の闇に紛れさせてゴーレムを走らせた。




 走る。

 街道を壊さないように道の脇を。襲撃のあった地点まで。

 ゴーレムの背に安定した座席をつくって座りながら、ノアはぼんやりと夜の空を眺めていた。

 やはり今夜は月がない。

(寂しい景色)

 夜道を照らしてくれる存在がいない。


 最初にヴィクトルと出会ったとき、瀕死の彼を治したとき、本人ではなく部下の人々に「命の恩人」と言われたことを思い出す。いまなら気持ちがわかる気がした。

 無数の星明りを頼りに、駆ける。




 馬の何倍くらいの速さでの到着になるのだろうか。

 目的の場所はすぐにわかった。襲撃の痕跡がありありとわかるほど、ひどい有様だった。

 石の敷かれた街道は割れ、壊れた馬車が街道脇に放置されている。確認してみたが、力ずくで潰された箇所がいくつもあった。


 地面には血痕。

 護衛兵は商隊により助けられ、近くの村に移送されたというが、潰されたという馬の姿はない。きっと処分されている。

 胸の奥がざわざわとする。


(ミノタウロスの足跡は……)

 牛の化け物、という話だから。

 馬車の馬は蹄鉄がされている。人間の足跡はわかりやすい。それらの足跡を除外していく、という作業をしなくても、それがどれだかすぐにわかった。

 人以外の、しかし人と同じぐらいの大きさの爪痕が地面に深く刻まれて、森の方へと伸びていた。


「この足跡を追いかけて」

 ゴーレムに命令して、森の奥へ進む。



##



 森に屋敷を建てて暮らしたときもあったが、夜の森というのはやはり気味が悪い。

(それにしても、このミノタウロス)

 足跡から推測するに、かなり巨大だ。ものすごく大きい牛、という可能性もあるが。

 実際に見たニールは化け物とはっきり言っていた。

 そんなものが存在するのだろうか。


 錬金術は化け物も作れる。複数の生命体を混ぜて、倫理も禁忌も飛び越して。そうして生まれた化け物をキメラと呼ぶ。この時代の人々は錬金獣と呼ぶようだが。

 旧王都でキメラを生み出し続けていた王が死んだとき、生きていたキメラも、キメラの死骸もみんな消えてなくなった。

 だがらもう王が生み出していたキメラはこの世に存在しないはずだ。


 ならばこれは何だろう。

 別の錬金術師がいまもキメラを生み出しているのか。大昔に生まれたキメラが既存種と混じり命を繋いでいるのか。

 考えるのは後。調べるのは余裕ができたら。

 いまは進む。




 地面の足跡を追わなくても、既に道ができていた。木の幹がへこみ、枝が折れた場所が奥へ続いていく。ミノタウロスの獣道。

 進む内に、空気が一段と重くなってくる。

 森の濃い匂いに、獣の匂いが混じってくる。

 ――近い。


 影の奥の一層暗い闇に、光が灯る。

 小さな二つの光。

 ノアはゴーレムの進行を止めた。


 のそりと、大樹が揺れる。

 違う。これは木ではない。木の陰に潜んでいただけのもの。

 山。

 違う。山のような大きな存在。

 牛。

 通常サイズの三倍くらいだろうか。


 化け物と呼ばれたもの。ミノタウロスとノアが想像で呼んだ名前。

 星明かりの下、ついにそれは現れた。

 二本の足で立ち上がり、遥かな高みからノアを見下ろしていた。




 距離はまだあるはずだが、やけに近くに感じるのは相手の存在感ゆえか。

 全身を覆う白い体毛がいっそ神々しく輝いていた。

(これが――)

 馬車を襲い、ニールを、護衛を傷つけた――

 震える指先を握りしめる。あんなものと正面からぶつかれば、路傍の石のように蹴り飛ばされるだろう。

 ゴーレムから降り、地面に立つ。


 山が動いた。

 四つ足になり、ノアに向けて走り出す。巨体に見合わぬ動きの速さ。

 音と振動が身体を揺らす。突進してくるミノタウロスを、ノアは逃げずに迎え撃った。


(重量級の相手には――)

 迫りくる巨体を見据え、口元を引き結び。

 ミノタウロスの身体が、がくりと揺れる。足がもつれたかのように膝から崩れ落ち、滑ったかのように巨躯が宙を浮き。

 落ちる。

 落ちて、消える。ノアの視界から。地面に空いた大きな穴の中に吸い込まれる。なすすべもなく。


 木の根がぶちぶちと切れる音。

 ばきばきと何かが壊れる音。

 立ち込める土のにおい。

 ノアの目の前の穴は、ミノタウロスの身長の倍ほどの深さの垂直の落とし穴。


 ノアはゴーレムから降りた時に、自分の前の地面の下に穴を開け、表面だけ薄く置いておいて、上に乗ったら落ちるように罠を張っていた。

 飛び越えられる可能性も考え、目の前にいつでも石壁を出す用意をしながら。


(穴は掘ったら、埋める)

 側面に圧縮しておいた土を、崩す。

 ミノタウロスは悲鳴のような鳴き声ごと、深い土の下に消えた。永遠に。


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