表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/182

2-6 侯爵行方不明事件



 一行はバルクレイ伯爵邸からの帰り道、互いの領の中間地点で牛の化け物に襲われたという。

 ――ノアはニールの話を聞きながら、この化け物にミノタウロスの名を付けた。


 森の方から突進してきたミノタウロスは、その巨躯でまず馬車を破壊し、馬を潰した。

 ニールと護衛兵はミノタウロスを追い払うため応戦するも重傷を負い、ヴィクトルはひとりでミノタウロスを引き付け、森の方角へ消え、そのまま帰ってこなかったという。


 偶然街道を通りかかった商隊に助けられ、比較的怪我の程度が軽かったニールが救援を呼ぶために商隊の馬車に乗せられてひとり帰還した。

 他の護衛は近隣の村で手当てを受けているはずだという。

 話し終えた後、血を吐いて意識を失ったニールを一番近い寝室に運び、ノアは人体修復を行った。

 ここまで来れたのが信じられないほどの重傷だった。




 治療が終わったときには、既に夕方になっていた。

 終わってすぐに、ニールは目を覚ました。驚くほどの生命力だ。

「お疲れ様」

 塞いだ傷跡に包帯を巻きながら、声をかける。

「……ノア様の治療はとてもあたたかいのですね」

 ベッドに寝たまま寝起きのような声で呟き、身体を起こそうとする。

 ゆっくり休んでと言っても無駄だろう。


「いまは三役の方々が捜索方針を決めながら、捜索隊を編成しているわ」

 三役とは、フローゼン領の防衛隊長、アリオスの統括者である市長、領全体の責任を持つ領管理官の三人だ。

「ニールさんも、止めても行くんでしょう」

 一日ぐらい休んでほしいところだけれど。

 困ったような笑みが、決意の固さを表している。


「疲れたらこれ。滋養強壮の薬。あとこれは緊急回復薬、六人分。死んだら治せないけれど、死ぬ前なら一命は取り留められると思う」

 薬瓶が割れないように箱に入れて、適当な鞄に詰めて、机の上に置く。

「ありがとうございます」

 全身の治療を施したのに、ニールの顔色は優れない。


 守るべき主を守れなかったこと。

 ひとりで戻ってくることになってしまったこと。

 様々な後悔がニールを苦しめていることがわかる。

 かけられる言葉などない。ノアにできるのは、傷を癒し、次に動くための力を渡すことだけだ。


 ドアが乱暴に一回、外から叩かれた。

「邪魔するぞ」

「将軍!」

 入ってきたリカルド元将軍の姿を見て、ニールの表情が変わる。

「お、なんだニール坊。思ったより元気そうじゃねぇか」

(全力で治しました)

 それはもう身体の隅々まで。


 リカルド元将軍はにやりと笑ってノアを見る。

「お嬢さんの腕がよほどいいのか。伝説の聖女様なんじゃねぇのか」

「ニールさんの生命力の賜物です」

「なるほど」

 ドアを閉め、ベッド横の椅子に腰を下ろしてニールを見る。


「来てくださっていたんですね」

「ああ。お前らが行っちまった次の日にな」

「それは……申し訳ございません」

「別に構わん。気になるのは、お前らを襲った牛の化け物だ」


 ニールは重々しい表情で頷く。

「最初に移動用の足を潰して、次に負傷兵をつくって足手まといを作って、最後に頭を持っていった。知性がある奴の行動だ。中身は人間じゃねぇのか」

 リカルド元将軍は腕を組み、腑に落ちない顔をする。

「どうもキナ臭い」


 ノアもそれを感じていた。知性の存在を。意図の存在を。

 だからこそ幾分か冷静でいられた。

 相手には知性がある。ただの獣ではない。そしておそらく、錬金術が絡んでいる。牛の化け物なんて普通ではない。普通ではないところには、錬金術が存在する可能性が高い。

 冷静さを失えば、勝てない。


「捜索隊を出すと同時に、バルクレイに話を通すのと協力させるため伯爵邸に一団を送り込むことになった。そこに帝国警察を付けておいた」

「レジーナ様をですか」

 思わず声が出る。

「ああ。あいつも腐っても公僕。名前だけでも警察だからな。向こうも自領から帰る時に侯爵が行方不明になったとあれば協力せざるを得んだろう」


「将軍は――」

「悪いが俺のことは当てにするな」

 ニールの言葉を遮る。

「俺はもう将軍じゃねぇ。ただの士爵。フローゼン侯爵とは赤の他人だ」

「……はい。心得ております」

「ここでゆっくり待たせてもらうさ」




 ノアは血と泥で汚れた布をまとめ、洗濯室に運ぶために部屋を出た。

 歩きながら、考える。

 真実はどうであれ、ひとまずはこれを意図的な誘拐だと考える。犯人をバルクレイ関係者と想定して。

 真犯人は別にいるかもしれないが、バルクレイで事を起こしている以上、バルクレイ内に協力者がいる可能性が高い。


(最初からヴィクトルを狙っていたのなら、すぐには殺さないはず)

 彼には利用価値がある。

 なにせ侯爵、しかも獣人の間では英雄だ。身代金目的でも、政治目的でも、莫大な利用価値がある。ありすぎて扱いにくいくらいの。


(ひとまず捕まえておくとして、わかりやすいところに隠すかしら?)

 バルクレイ伯爵関係者が犯人だったとして、伯爵邸や街中に隠すだろうか。

 視線が届くところに隠せば安心はできるだろうが、見つかったときの言い訳ができない。

 それでも完全に目が届かないところに隠すのは不安だろう。

 そうなれば、最低でも領内。そして人がいても不自然ではないところ。




 洗濯物を洗濯室に放り込んで、ヴィクトルの書斎に行かう。探すものは地図だ。

 昔、王国と帝国は戦争をしていた。

 ならば昔の砦とか、捕虜を収容する監獄などがいまも残ってはいないだろうか。以前ヴィクトルに見せてもらった地図の中に、この周辺を詳しく描いたものがあったはずだ。


 膨大な数の本棚と引き出し、資料箱があったが、目的のものはさほど時間をかけずに見つかった。取り出すところを見ていた甲斐があった。

 周辺の地理が詳細に記された地図。森の中の砦らしきものも記されている。

(戦争でも起こす気?)

 本人がいたら、冗談めかして聞いてみたのに。


「…………」

 ――ああ、ダメだ。

 気を抜いたら膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

(しっかりしろ)

 気合を入れて、背筋を伸ばす。


「ノア様……」

 細い声。

 アニラがドアの隙間から、憔悴しきった顔でノアを見つめていた。泣き腫らしたのか目元が赤い。

「だいじょうぶよ、アニラ。ヴィクトルはそう簡単には死なないわ」

 地図を抱え、力強く笑って見せる。

「ちょっと出かけてくる。必ず帰ってくるから、心配しないで」




 自分の部屋に行き、ドレスを脱いで、いつもの動きやすい恰好へ。ブーツを履いて、男物のジャケットに袖を通して。

 一階に下りると、同じように出発の準備を整えたニールと会うことができた。

「ニールさん、私は別行動を取る。もし何かがあったら……あったら、合図を出すから」

「くれぐれもお気を付けください」

「うん、そっちも」


 周囲に人がいないのを確認して、ニールの顔を見上げる。

「ちょっと確認したいんだけど、ヴィクトルはどうしてバルクレイ領に行ったの?」

 声を落として、問いかける。

「旦那様は、結婚の話を断りにいかれたのです」

「もしかして、サンドラ夫人との?」

「いえ! 現当主の妹君とのです!」


(そのためにわざわざ?)

 領地を隣接している関係から、礼を尽くしたとも考えられるが。

(それだけかな)

 それだけで、自分が招待したリカルド元将軍の到着を待たずに家を出るだろうか。遅れたとはいえ一日なのに。一日も、一秒も待っていられないような何かがあったのではないだろうか。


「向こうからか、ヴィクトルからか、錬金術について何か言ってなかった?」

「いえ、それは……俺には何も」

「ならいいの。ヴィクトルを釣り出せるエサなんて、それか、ベルナデッタ様のことくらいしか思い当たらなかっただけだから」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


次にくるライトノベル大賞2023にノミネートされました!!
「捨てられた聖女はダンジョンで覚醒しました」に清き一票をよろしくお願いいたします!!
sute01tugirano.jpg



書籍発売中です
著者サイトで単行本小話配信中です!

horobi600a.jpg

どうぞよろしくお願いします



◆◆◆ コミカライズ配信中です ◆◆◆

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ