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1-3 城郭都市アリオス



 歩いている地面がいつの間にか道となり、踏み固められた道がいつの間にか石畳となる。

 森の中に大きな壁が見えてくる。灰色の石造りの壁はどこまでも続いていて、それが街を守っている城壁だと気づく。


「ここがアリオスの街だ」

 門を守っていた兵士たちが、ヴィクトルの姿に気づいて急いで青ざめた顔で駆け寄ってくる。

「ヴィクトル様! そのお怪我は!」

「だいじょうぶだ。この方に助けられた」


 ニールに肩を借りて、左半身血だらけの格好で、ヴィクトルは青い瞳をノアに目線を向ける。

「ありがとうございます! あなたは命の恩人です!」

「いえ、私は当然のことをしたまでで」

 若い兵士たちのきらきらとした眼差しが眩しい。こそばゆい。

 ニールの態度もそうだが、兵士たちの表情からもヴィクトルがとても慕われていることがわかる。彼の命を自分の命と同等に考えているほどに。


 門を通してもらい、城壁の中に入る。

 壁と同じ灰色の石造りの立派な街が、壁の中に広がっていた。

 目を瞬かせ、息を飲む。

 それなりに歴史のある城郭都市だ。昨日今日できた街ではないというのは、街並みの広がり方からも、にぎやかさからも、石畳の様子からもわかる。古い石畳だが、ところどころ補修がされている。


 おそらくはかつて軍事拠点としてつくられ、役割を終えた後も街として残った、というところだろうか。

 問題は、ノアはこんな街は知らないということだ。

 アリオスという名前にも心当たりはない。


(誰と戦うためにこんな街が?)

 位置関係から言って、侵攻してきた他国が王都を攻めるための臨時の拠点としてつくった、というのが一番しっくりくる予想だが。

(まさか私と戦うために馬鹿王がつくったとかじゃないでしょうね)

 いや、それは無駄だ。

 わざわざ拠点を作らなくても、王都から直接攻めて来ればいい話。実際そうしてきていたはず。


「街を見学してきてもいいですか」

「もちろん。私の家が街の中心にあるから、後で寄ってもらっても構わないだろうか。ぜひ礼がしたい」

「あ、はい」

 ヴィクトルのやわらかい微笑みに、思わず気の抜けた返事をしてしまった。



##



 人の手により積み上げられた石造りの街。

 ところどころに崩落の後があるのは、先ほどの地面の揺れのせいだろう。ノアの家のようにぺしゃんこに潰れてしまった建物はなさそうだが。

 そしていまは兵士や街の人々が復旧作業に当たっている。

 なんというか、平和な街だ。


 女性や子どもがひとりで出歩いている姿もめずらしくない。よほど治安がいいのだろう。店に並ぶ商品も種類が多いし新しい。

 屋台や食事処も豊富で進むたびに香ばしいにおいがして食欲をそそる。

 王都よりも華美さはないが、質実剛健という言葉がよく似合う街だ。

 この街にないのは錬金術くらいだ。

 そう。錬金術がない。


「地味にショックかも……」

 王都では錬金術師のつくった薬を売る店や、診療所、武器屋もあった。

 けれどこの城塞都市アリオスではそんな気配を感じられない。分解も合成も調合も、ここにはない。

 あと違う点と言えば、獣が混じった人間が多いことくらいだろうか。あまりにもその姿がありふれすぎて、もう驚くこともない。


「さて、これから生計を立てるとなると」

 錬金術の店をつくるか、どこかの店やギルドと契約して納品するかになる。錬金術師のライバルがいないのなら、うまくやれば利益を独占できる。まったく普及せずに困窮する可能性もあるが。


 どちらにせよ、ノアには錬金術しかない。

(金の精製は割に合わないのよね。地道に働いたほうがマシ)

 しかしどこかと契約するとなると、後ろ盾か実績が必要となる。いまのノアにはどちらもない。


(ヴィクトルに働き口を紹介してもらおうかな)

 命の恩人なのだからそれぐらい頼んでもいいだろう。どうもこの街の権力者のようだし。

(その権力者が、どうして従者一人だけで街の外に?)

 考え始めて、考えるのをやめる。

 陰謀とか暗い話とはもう関わりたくない。


(あの尻尾男、いま考えると暗殺者よね)

 あれだけ街の人々に慕われていて、暗殺者を差し向けられるほど恐れられていて。まんまと殺されかけるなんて、迂闊すぎではないだろうか。

「間抜けな人」


 大通りを街の中心に向かって歩いていると、どこかから子どもの泣き声が聞こえてきた。

 辺りを見回すと、大通りから横に伸びる道にある診療所と、そこに兵士に担がれて運び込まれていく子どもの姿が見える。

 片足がだらりと垂れ下がり、紫色に変色している。瓦礫に潰されたのだろうか。

「…………」

 ノアは引き寄せられるように子どもの後ろ姿を追い、診療所に向かった。




 診療所の中は慌ただしかった。

 待合室には軽症の患者が座っており、職員がそれぞれ手当てをしている。

 ノアは先ほどの子どもを探して診療所の奥にいく。大きな診察台の上に寝かされている小さな子どもの姿はすぐに見つかった。


「これはもう……足は諦めるしか」

「……まだ小さいのに、なんてむごい」

 少し離れたところで話している医者と兵士の合間を縫って、震えている子どもの横に行く。

「こんにちは。少し診せてもらってもいい?」


「お、おい。誰だ君は。ここは関係者以外は――」

「このお方、もしかして通達のあった……」

 医者と兵士が話している間に、痛みと恐怖でただ泣きじゃくっている男の子の頭を撫でる。

「だいじょうぶ。きっとまた走れるわ」

 潰されてしまった足に手を当てる。

「私を信じて」


 まず中で折れている骨を修復してくっつける。またすぐに折れないように少し頑丈に。

 続けて足の再建。切り傷と違い、圧力で潰れてしまっているので少し大変だった。反対側の足の構造を見ながら整えていく。

 ノアの仕事は仮組みすることだ。完治する手助けをすること。

 あとは自然の治癒力で治る。


「強い痛みはすぐに静まるから安心して。しばらくは安静にして、痛みが楽になったら少しずつ動かしてね。もし何かあったら――」

 しまった。どこに連絡してもらおう。

「侯爵邸にくるといい。彼女はしばらくそこに滞在してくれる」

「ヴィクトル様!」


 診療所がざわつく。

 血だらけの格好から着替えたヴィクトルが、いつの間にかノアの後ろにいた。

(侯爵邸?)

 聞き間違いでなければなんて貴族的な響きだろうか。しかもしばらく滞在するとか、勝手に決めないでほしい。


 言いたいのに場の空気的に言えないもどかしさに口元をしかめていると、治した男の子が、まだ痛いだろうに嬉しそうな笑顔をノアに向けてくれた。

「ありがとう、聖女さま」

 違う。

「聖なる力じゃなくて錬――もがっ」

 錬金術、と言おうとした口をヴィクトルに手で塞がれる。


「邪魔をした。必要なものがあれば中央に言ってくれ」

 診療所の人たちにそう告げて、ノアを外へ連れ出そうとする。

「地震への迅速な対応に感謝する。これから運び込まれてくる怪我人もいるだろう。苦労をかけるが、民が安心して過ごせるのは君たちの存在があってこそだ。どうか、よろしく頼む」

 力強い手に引かれ、診療所を出て大通りに無理やり戻される。




「あの!」

 非難の意思を込めて声を上げる。

 ヴィクトルはノアの手をしっかり握ったまま、振り返りもせず前を向いて、歩き続ける。

「あなたの本質が善良なものであることはわかっている。だが、無礼を承知で言う。その術は忌むべきものなのだ。人に聞かれない方がいい」

「…………」


 忌むべき術?

 錬金術が?

 ノアは足を止め、ヴィクトルの手を無理やり振り払った。

「帰ります」

 ヴィクトルの動きが止まる。

 きれいな顔を青褪めさせてノアを見つめる。


「あの子の様子を見に、後日一度だけは来ます。では、さようなら」

 こんな失礼な男の顔はもう見たくない。

 踵を返して、脚力を強化して大通りを戻る。門までは一本道。家に帰るのはきっとなんとかなる。


「待ってくれ!」

 水は大気中からつくれるし、食料は携帯食料がある。

 家に帰ったら瓦礫を資材にして建て直す。ゴーレムを何体かつくれば基礎はすぐにできる。

 家ができるまでは穴でも掘って過ごそうか。


「すまない、失礼なことを言った! 頼む! どうか行かないでくれ!」

「いやああ! 跪かないでーっ!」

 必死で走ってノアの前に回り込んできたヴィクトルが、いきなり目の前で片膝をつき、沈痛な面持ちで身を屈める。


 視線が。周りの視線が。

 往来で街の権力者を跪かせている女の絵なんて見られたくない。

「わかりましたから! しばらくお世話になりますから! 立って! お願い!」





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