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1-27 黒と白



「さて! 無事解決! 帰りましょう!」

 陰鬱とした空気を吹き飛ばすように、精いっぱいの明るさで宣言する。

 意気揚々と帰ろうとしたとき、足元がよろめいた。

 転びかけたところをヴィクトルに左腕一本で支えられる。

「ノア」

「だいじょうぶ。ちょっと疲れただけ」

 生きているふりをさせるのに、少し導力を使いすぎてしまった。


 近くにあった、本来は棺を置く用の台の上に座る。

 緊張の糸が緩むと、全身の疲労を強く感じる。これは少し休む必要がある。

「あなたは何をつくっていたんだ」

「……棺の中にいたのは、双子の妹のエミィよ」

 聞かれたことには正直に答える。


「死者を蘇らせたのか?」

 驚愕するヴィクトルに、ノアは冷静に首を振って答えた。

「ううん、あれはただの人形。生きているみたいなお人形。錬金術的にはホムンクルスと呼ばれるもの」

「人形だと?」

「あの子を一番よく知る私が、私自身も材料にして作ったから、精巧なものができて当然ね。双子だもの」


 原材料はほぼほぼ市場で揃えたが、限りなく本物にするために、ノア自身の身体の一部と魂を削ってつくった。そのためひどく疲労した。万能薬の効力が残っていなければ、不可能だったかもしれない。

「そうでもしないと、アレクシスは騙されなかったでしょうし」

 アレクシスのことを思いながら甘く愛しくやさしい器をつくり、毒という毒を詰めて、おいしく食べさせて、殺した。


 ひどい発想だ。悪魔的だ。こういうことをするから錬金術師の評判は悪くなる。

 それでも、終わらせられたからすべて良しとする。

(そう、これで終わり)

 もう錬金獣が人々を脅かすこともない。


「少し休んだら、上まで直通の通路作るから」

「無理をするな。霊廟ならば上に繋がる道があるだろう。そこを使おう」

「絶対何かありそうな気がして嫌だ」

 王国の地下の霊廟なんて侵入者を排除するための罠が山ほどありそうで嫌だ。


「旦那様もお怪我をなされています。慎重に行動いたしましょう」

「怪我してたの? あ、本当だ。折れてる。言ってくれたらいいのに」

 詳しく見てみると、ニールの言う通り、あちこちに怪我を負って肋骨が折れている。相当痛いだろうによくこんな涼しい顔ができるものだ。


(ヴィクトルも無敵じゃないんだなぁ)

 当たり前のことを思いながらヴィクトルの胸に手を伸ばす。

「いや、いまはいい」

「私の心配より、自分の心配をして。それにいまは、誰かを治したい気分なの」

 骨を繋ぐくらいなら、さほど導力を使わなくてもできる。ヴィクトルの内部に意識を伸ばそうとした、その時。


 歌が響く。

 ソプラノの歌声が。

 頭を揺さぶる高音が――……



##



 目を覚ましたノアが見たのは、長剣の切っ先が己に迫りくる光景だった。

 身体を捻り、避ける。

 先ほどまでノアが寝ていた場所に、ヴィクトルの長剣が突き刺さる。その柄を持つものはいない。

 虚空に浮かぶ剣を払い落とし、石で覆い床に縫い留める。

「グロリア!」

 黒い髪の精神体が、笑ってノアを見下ろしていた。


「冗談ですわよ、冗談」

「冗談にしてはたちが悪いわね」

 グロリアを強く睨む。

 ヴィクトルとニールは意識を失って倒れたままだ。そのヴィクトルの剣を奪い、ノアを刺し殺そうとするなんて、悪趣味な脚本だ。

 咄嗟に聴覚を麻痺させて影響を少なくしていなければ、どうなっていたことか。


 脚本家はノアの怒りなどどこ吹く風で、芝居がかった動作で両手を大きく広げる。

「おめでとう! 黒のエレノアール」

「何がおめでたいの?」

 純粋に疑問に思って問いかける。

「見えるでしょう? 魔素が晴れていく景色が」


 一片。

 花のようにひらひらと、光が上から降ってくる。雪のようにきらきらと輝き、何かに触れると溶けて消えて。

「これでわたくしも自由よ、ありがとう」

 うっとりと呟く。


「ねえ、グロリア。アレクシスを唆したのはあなたでしょう?」

「何の話かしら」

 瞳を煌めかせ、少女のように首を傾げる。黒髪が光を受けながら、ふわふわと揺れる。

「私をエミリアーナに作り変えようとか。民を材料に賢者の石をつくろうとか。キメラをつくって戦力にしようとか」


 言っていて頭が痛くなる。言葉にすれば馬鹿馬鹿しいことばかりだ。普通の状態なら、そんなことを言われても誰も耳を貸さない。

 だがグロリアは心が読める。

 心の弱ったところに、希望の光を差し込むことができる。欲しい希望を。やさしい嘘を。甘く染み透る毒を。


「そんな風に甘言を弄して、落としていったのでしょう。そうでなければあの馬鹿王が、そんなことを思いつくはずもない」

「そんな昔のこと忘れましたわ」

 グロリアは笑う。

 否定はしない。悪びれる様子もない。


「そう。でも真実なんてどうでもいいの」

 実際がどうだったか、判断する材料はもうない。

 呪素を指に纏わせる。

 グロリアの顔が引きつった。

「きれいな顔が台無しよ。ヒビが入ってしまうわ」

「お、落ち着いて考えなさいな、黒の。わたくしが、自国の民を犠牲にとか、そんな、そんなことをするわけがないでしょう?」


「普通ならね」

「だったらどうして! 何を考えているのよ……!」

 呪素を見つめながら、半狂乱になって叫ぶ。まさか自分がこんなものを向けられることになるなんて、思ってもいなかったように。

「何も考えていないわ。わかっているから」

 理解していたから考える必要はなかった。考えれば思考を読まれる。思考を読まれれば先回りされる。


 だから考えなかった。考えなくても、理解できた。

 ノアとグロリアはやはり対のようなものなのかもしれない。

「私を殺したいと思っていることはわかっていた。利用価値があるから踏み切れなかったことも」

 アレクシスが死んでやっと決意したことも。


「い、イヤ! 殺さないで!」

「殺そうとしていて殺さないでなんて、わがままが過ぎると思わない?」

「あれは冗談よ! わたくしたち仲間じゃない!」

「同僚ではあったけれど、仲間ではないわ」

 錬金術師として、同じ場所で過ごしたこともあったけれど。


「でも、そうね。あなたは命令されてやっただけ」

 ふと考え方が変わる。いくら唆されていたとしても、臣下に実行の命令を下したのは、王であるアレクシスだ。

 グロリアは錬金術師として進言し、命令を遂行したに過ぎない。

「そ、そうですわ。そうなのよ」

「もう命令されても何もできないものになるのが、ちょうどいいかもね」


 ――黒のエレノアール。

 その二つ名の由来は、魂の死をもたらす呪素を自在に操ることができるから。

 それは普段は何の役にも立たない能力。

 だが、手では触れないこの高位精神体も、呪素で囲めば自由には動けない。

 普通では決して殺せない高位精神体も、呪素に侵食されれば死ぬ。


 グロリアはこの力を恐れ、ノアを亡き者にしようとし続けた。永遠に美しく生きるために。

 それができなかったのは、グロリアも結局は観劇者ではなく、舞台の上で踊る人間だったからだろう。愚かでわがままで自分勝手で、愛を知り、痛みを知る、同じ人間。


 力を込める。

 土で猫の形をつくり、グロリアをそこに追い詰める。

 黒い炎に焼かれる魔女のようだ。悲鳴も懺悔も、助けを求める声も聞こえない。

 炎が収まった時、そこにいたのは一匹の黒い猫だった。




 空を染めていた赤が、美しく輝き、消えていく。

 王国の終焉を告げるように。

 それは祝福のようであり、涙のようだった。

 涙が晴れれば、きっと青い空が見える。



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