1-25 霊廟の守護者
足場崩し。
ノアが以前、討伐に来た騎士団相手にやったことだ。それをそのままやり返された。
瓦礫の上に寝そべりながら、ぼんやりと上を見上げる。
咄嗟に卵の殻のような防護壁をつくって自分たちを包んだので、瓦礫に押し潰される結末も、生き埋めになる最期も迎えずに済んだ。
カラカラと、小さな石が周りを転がっていく。
「ヴィクトル、ニールさん、生きてる?」
殻の中を光で照らす。火を起こすと粉塵爆発しかねないので、熱のない蛍光を。光は弱いが、暗闇を仄かに照らすには充分だった。
「旦那様、お怪我はありませんか」
「ああ」
二人の声が聞こえ、殻の中で二つの影が揺れる。
ニールはあの崩落の中で咄嗟にヴィクトルを守ったようだ。
(とりあえず、全員無事)
ここまで連れてきたゴーレムだけは崩れてしまっていたが、棺は無事だ。多少土まみれになってはいるが。
殻越しに、外の様子を見てみる。下半分は瓦礫に埋もれてはいるが、上半分は開いている。殻の上半分を解除。
視界が開ける。
青い燐光に照らされた、広大な空間が地下に広がっていた。
人為的に作られた地下空間。
壁と床は白い石で覆われ、壁には錬金術の光が無数に、静かに輝いている。
床には石の台座が等間隔にいくつも置いてあった。最奥の祭壇らしき場所には棺が四つ、並んでいる。
「ここはいったい?」
「お墓」
ヴィクトルの問いに答える。
「始祖王の時代からの、王の霊廟よ。一度だけ来たことがある」
ニールが先んじて瓦礫の山の上から下に行く。ノアもついていこうとしたら、ヴィクトルが手を貸してくれた。
不安定な瓦礫の上から、安定した石畳の上に降りる。一緒に落ちてきた骨も転がっているが、気にしないようにする。
見上げると、はるか上の方にかすかな光が見えた。
自分たちの落ちてきた、垂直に開いた穴のはるか上に。
このままでは登れそうにもない。通路を作るという手もあるが。
「上に繋がる通路があるわ。そこから戻りましょう」
余計な労力は省きたい。使えるものは使う。
(それにしても)
どうして、棺が四つしかないのだろう。
アレクシスは四代目。
それ以降の棺がない。息子カイウスの棺も。その時代はまだ王国は滅びていないはずなのだが。
(入るのを嫌がったのかも)
アレクシスを討ったのはカイウスだと聞いている。だとしたら同じ霊廟で眠るのを嫌がったとしても理解できる。
(それならあの子はどこで眠っているのかしら)
いまは出口を探す。壁に寄りかかっている大きな石を邪魔に感じながら。
しかしよく見ればそれには生物的な丸みがある。見覚えのあるフォルム。アウラウネだ。アウラウネの死骸が霊廟の中で眠っていた。
上から一緒に落ちてきたものではない。瓦礫の山からは離れている。
しかも、それ一体ではない。
見覚えのある鳥キメラの死骸も。
危険種、あるいは錬金獣と呼ばれるキメラたちの死骸が、霊廟のいたるところに転がっている。
(神聖な場所がめちゃくちゃ)
これでは王家の霊廟ではなくキメラの廃棄所だ。
どうしてこんなことになってしまったのか。
考えるのは後にして、出口らしき場所に向かおうとした時、ヴィクトルに肩を軽くつかまれ、引き止められる。
「あれは生きている」
「え?」
顔を見上げ、視線の先を追う。
霊廟を支える柱の、天井近くの場所。そこには彫像があった。蝙蝠と鳥を足したような、怪物。ガーゴイルという名の。
「ニール」
ニールの持っていたメイスが宙を飛ぶ。素晴らしいコントロールで吸い込まれるように彫像に直撃し、重い金属音が響き渡る。
割れるか、傷つくかと思った。しかし割れない。割れたのは擬態だけ。
石にしか見えなかった表面は、柔軟性を持つ皮膚だった。
翼が、筋肉が、ビクビクと震えながら動き出す。
(ガーゴイルが生きてる?)
ガーゴイルは厄除けの彫像だ。ただの石、あるいは金属。それが動き出すなんて聞いたこともない。だが、錬金術の前では常識など何の役にも立たなない。
ガーゴイルの嘴が大きく開く。
「グアッ! ェアッ! えれのアる!」
(惜しい)
鳥の方が発声は上手かった。
ガーゴイルが飛んだ。
霊廟の番人が、侵入者を排除しようと、落ちるように飛んでくる。
広い空間を自在に使って、疾風の如く、鋭い爪を光らせて。
ヴィクトルに抱えられて横に飛ぶ。轟音が耳の横を掠めていく。速すぎて、ノア自身ではまったく動きに対応できない。
ガーゴイルは獲物を空振りすると、また悠然と飛んで天井近くで止まる。
空中戦も速度戦も苦手だ。
厄介な相手だ。鳥キメラよりよほど俊敏で機敏。自由に空を駆けさせるのは危険極まりない。
(考えろ考えろ)
誘き寄せて石壁をつくって叩き落とそうか。あの飛び方、あの身体のサイズを見ていると、よほど興奮させてスピード全開で突っ込ませないと大したダメージを与えられそうにない。
ヴィクトルとニールに任せてしまいたくなる。けれどそれはしない。考えることを放棄するのは、自分で自分が許せなくなる。
ヴィクトルの武器は剣、ニールはメイス。回収用の鎖が付いた投擲も可能なメイス。
鎖でがんじがらめにしてもらって、引きずり落として、斬ってもらえばいいのでは?
そんな作戦が頭に浮かんだ時だった。霊廟の奥の方からドスン、ドスンと地響きのような足音が聞こえる。
姿を表したのは巨人だった。緑色の皮膚の、ゴーレムサイズの巨人。口からはだらりと舌が伸びる。
「まるでトロール……」
口元が引きつる。
重量戦は苦手だ。
そもそも戦いが苦手。何故、錬金術師なのに戦っているのか? 引きこもり系職業なのに。
素朴な疑問に答えてくれる人は誰もいない。
(冷静に、冷静に)
とりあえず二匹は特性からして別物。
一匹ずつ対処できる。
「ガーゴイルの相手してて。あっちの大きいのをなんとかする」
「了解した。無理はするな」
ノアは急いで瓦礫に手を当て、ゴーレムを作り出す。棺だけは潰さないように気をつけながら。
石に仮初めの魂を与える。
(さあ、私の手足となって。ゴーレムくん!)
石に導力を通し、組み上げ、人の形を取らせ、魂を封じる。自らの魂をほんの少し。
トロールと同等サイズのゴーレムがノアの手により生まれる。
緑の巨人はゴーレムを見て、歩行速度を速めてこちらに向かってくる。
「トロールを捕まえて離さないで。お願い」
短く簡素な命令を出し。
ゴーレムとトロールがぶつかり合う。
巨体と巨体の衝突し、肉弾戦へ。
ゴーレムはトロールの身体にしがみつき、締め上げる。密着したところでノアはゴーレムの表面の石を変形させ、石の棘をつくりトロールを刺す。離れることができないように縫い付ける。いくつかは皮膚を貫けずに弾き返されたが。
トロールは不愉快そうなうめき声をあげて、密着したまま押し切ってゴーレムの身体を壁に叩きつける。
何度も。何度も。その度に霊廟全体が揺れる。
棘がまったく効いていない。
身体の内部を貫いているのに、痛覚がないのだろうか。
何か、決定打を。
考える。
背後で重量物が床に叩きつけられるような音がする。
振り返るとガーゴイルが地面に倒されていた。
(どうやったのよ)
落ちたガーゴイルの首に、ヴィクトルの剣が狙いを定める。
しかしその剣閃は接触した瞬間に弾き返された。
――硬すぎる。
だが隙が生まれた。ノアでもわかるような大きな隙が。
ポーチから縄の先端を取り出し、導力で操ってガーゴイルの首に巻きつける。
「ギィヤッ!」
(引きちぎろうとしても無理です)
侯爵邸に籠って調合していた間に、縄も改良してある。柔軟性を保ちつつ金属を混ぜて強度を上げている。力任せに引きちぎられるものではない。
ノアは縄の反対側を持って走った。脚力強化し、速度を上げる。これをトロールに結び付ければ、両方の動きを封じられるはず。
ノアが目標地点にたどり着く前に、ガーゴイルが大きく飛翔する。ニールのメイスが頭を殴るがほとんど効いていない。ガーゴイルはさらに上昇する。
(まずい)
このままだと逆に引っ張られる。縄を手から離す。
(何か、気を引くもの)
ガーゴイルの気を引くもの。ここに呼び寄せるもの。夢中になって食らいつきたくなるもの。
――あるじゃないか。
一番のエサがここに。
「エレノアールはここよ!」
高らかに叫ぶ。
「エれのアる!」
(だから惜しい)
勢いよく滑空してくるガーゴイルを見据え、地面に手を当てる。
(来い!)
床に穴が開き、ノアの身体がわずかに落ちる。その真上を、ゴーレムとトロールが一つとなって飛んでいく。ガーゴイルの飛行ルートへ正面から。
霊廟を揺るがすほどの、激しい衝突音が響いた。
穴の底に寝そべって、霊廟の天井を見上げる。
――床に穴を開けて退避場所をつくった状態で、トロールがゴーレムを押し付けていた壁を凹ませ、力の行き場が宙を浮き、トロールの身体が一瞬浮いたタイミングで壁から石壁を生やし、ゴーレムの身体ごとトロールを射出し、ガーゴイルと正面衝突させた。
衝突音とその後の騒音以降は、やけに静かになっていた。
浅い穴から身体を起こす。生々しい血肉のにおい。
顔を出してみると、悲惨な光景が広がっていた。
トロールの腹には大穴が開いて、死んでいる。
ゴーレムの身体には大きなへこみとヒビが入り、崩れていく。
ガーゴイルは表面上はあまり損傷はないが、動かない。いくら表面が硬くても、内臓が全部同じように硬いわけがない。
見ればわかる。中が潰れて死んでいた。