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1-21 過去からの呼び声



 エミリアーナ。

 双子の妹。生まれた時からずっと一緒だった。

 同じ金髪、同じ紅瞳、同じ声。同じ身体。同じ魂。

 そう思っていた。だけど違った。

 アレクシスは妹を選んだ。双子で、どちらでもいいはずだったのに。元々の婚約を解消して妹を選んだ。

 教会から聖女と認定されたのも妹。

 選ばれるのは、いつも妹。それがわかったとき、やっと理解したのだ。

 自分たちは同じ存在ではないと。



##



 床が割れる。凍った水面が割れるようにな呆気なさで。

 現れたのは、細く枯れた腕だった。五本の指がある、人間の手。

(ここ三階なんですけど)

 一階二階と貫いてわざわざここまで来たのだろう。手はゆらゆらと揺れ、何かを求めて指をさまよわせる。

『エミィ……エミィィ……』


 ノアは低く響く声を無視し、標本の回収を急ぐ。一つたりとも置いていかない。

 手は、ノアたちの位置まではつかんでいない。何かあったときの対処はヴィクトルに任せる。

『無能どもめ、無能どもめ』

 一瞬だけ回収作業をする手が止まってしまう。蹴り飛ばしに行きたくなるのをぐっと我慢し再開する。


 手はあくまで植物のように揺らめいているだけで、何もしない。そしてそのまま穴の中に戻っていき、姿を消した。

 再び静寂が戻ってくるかと思った時――


 力づくで床を割って、手が二本生えてくる。砕けた木片がノアのところまで飛んできた。

 右手と左手は腕を鞭のようにしならせて、ノアを捕まえようと伸びてくる。

 ヴィクトルの剣がそれらを的確に斬り払った。

 切り落とされた腕は灰となって崩れ落ち、黒い霧となって消える。

 残された腕の方は切り口が丸く変形し、先が五つに分かれ、指となり、手が再生する。


 ヴィクトルはその光景を見つめ、口元に笑みを浮かべていた。

 何もかも見なかったことにして、最後の標本を回収する。

「おわり! 撤退!」

 階段を降りるため、扉の方へ向かう。しかし部屋から出る前にヴィクトルに抱えあげられる。


「えっ?」

 締め切られた窓の方へ走り、打ち付けてある板を蹴り破り。

「口を閉じていろ。舌を噛む」

 窓に足をかけ、飛び、降りる。

(ここ三階なんですけどーー!)




 飛んで。落ちる。落ちる。墜ちる。

 衝撃は思っていたより少なかった。猫のようなしなやかな着地を、ノアはヴィクトルの身体にしがみつきながら経験した。

(心臓が、口から、飛び出すかと、思った!)

 もう二度と高いところにはいかない。近寄らない。


 ノアが決意を固めている間に、ヴィクトルはしゃがんでた状態から立ち上がる。体勢を立て直すと、ノアの身体を今度は肩に荷物のように担ぎ、走り出した。

 枯れた手が。

 地面を割り、引き裂いて、腕を伸ばして追いかけてくるのが、ヴィクトルの背中の上から見えた。


 一本。二本。三本。四本……ノアは数えるのをやめた。

 しっかりとした骨があるのは手首から先の部分だけ。腕の部分は骨がないかのような柔軟さで、しなりながら伸びてくる。こちらを捕まえようと執拗に。

 こちらは悪路で下り道。ヴィクトルは障害物を、荒れた道を、飛ぶように跳ぶ。

 ノアはもう半分意識を手放して荷物に徹した。風が、速度が、浮遊感が、意識を薄れさせる。


 下手に手を出すと邪魔になりかねない。固める関節もない。切っても再生する。

 いったいこれは何なのだろう。

 かろうじて残っている意識で、手の構造を見てみる。

 見慣れた形だ。人間の手。手首から本体へ繋がる部分の骨は溶けている。腕の先に何があるのかまでは、目が届かない。


(この構造は、不安定)

 鳥キメラやアウラウネよりも、不安定で流動している。分解しようと思えばできる。けれどおそらくすぐに再生する。

 この再生力は――

(賢者の石?)




 グロリアが言っていた。

 陛下は賢者の石をつくれるぐらい優秀な錬金術師だと。

 賢者の石――無尽蔵の力を生む、錬金術の到達点のひとつ。

(まさか、本当に?)

 もし本当にそうだとしたら。

 無から有はつくれない。錬金術の基本はあくまで分解と合成。

 無尽蔵の力を生み出す賢者の石をつくるのには、同じ量の力がいる。

 それはいったい何を材料にすればつくれるのか。


(遠征王……)

 アレクシスは戦争を起こし他国に攻め入った。

 何を目的として?

 いまのノアには、錬金術師のノアには、口にするのもおぞましい考えしか思い浮かばない。



##



 丘を降りきった辺りで、手の追跡はいつの間にか止まっていた。

 油断させるために気配を消している可能性もあるが、ノアが見たところ追ってくる気配はない。

 ヴィクトルの速度も落ちる。疲労したわけではなく、索敵に意識を強めたようだった。


「ヴィクトル、そろそろ下ろしてもらえる?」

「……腰が抜けているように見えるが?」

 気絶しなかっただけでも自分を褒めたい。

「ここを出るまでは我慢してくれ」

 まだ肩の荷を下ろすつもりはないらしい。

 諦めて担がれたままになる。この移動速度なら何かあった時にサポートできる。


 その後は何事もなく王都の外に出られた。森に差し掛かったところでようやく下ろしてもらえる。そしてノアはそのまま地面に座り込むことになった。

 腰が抜けていた。

「ありがとう……」

「教えてもらえないか? あの場所に何があるのか」

 汗のせいで額に張り付いた髪を払い、顔を上げる。

 久しぶりに正面から顔を見た。

 表情は穏やかなのに雰囲気は氷のように冷たい。

(さっきより怖い)

 無数の腕に追いかけられるよりも、いまの方が胸がきゅっとなる。


「王国の遺産……と言ったら聞こえはいいけど、キメラの一種で間違いないわ。本体がどんな姿になっているかは想像もつかないけど」

 隠し部屋にあった標本たちと、血の付いた日記を思い出す。あれらの記述が本当ならば、どれだけおぞましい姿になっているか想像もできない。

「悪い夢を見ているみたい……」

 心の中に秘めたつもりが、言葉になって零れだす。


 ノアにとっては先日のことでも、実際は三百年も経っている。

 それなのに、過去が面影を残して追いかけてくる。

 悪い夢のような現実だ。

 目を閉じ、ため息をつく。熱で浮かされたように思考がうまくまとまらない。

「ごめんなさい。自分ではうまく話せる気がしない。聞きたいことを教えて」

「先ほどのものを何だと考えている」

「……私はアレクシスだと思った」


 王で、義弟で、かつての婚約者。

「アレクシス・フローゼンか」

「ええ。ありえない話よね」

「何故だ? いまここにあなたが存在する。ならば遠征王がいまだ生きていたとしても、ありえないことではない」

 確かにそうだけれども。


 ノアはいうなれば時間を跳んだ。

 だがアレクシスはきっと三百年を生きた。

 グロリアのように精神体になることもなく。

 どんな思いで、どんな姿でそんな長い時間を生きたのか、想像もできない。

(アレクシスは息子に倒されたって、ヴィクトルから聞いた)

 歴史が間違っているとは思わない。しかし見えないことが多すぎる。


「そう思った根拠は?」

「エミィ。あなたもあの声は聞こえたでしょう? エミィは、妹のエミリアーナの愛称なの。私以外にそう呼んでいたのはアレクシスだけだった。あとはまあ……雰囲気が何となく」

 かつての面影がまったくない声と手だけでは雰囲気も何もない気がしたが、そうとしか言いようがない。

 ヴィクトルはどこか納得がいかないように浅く嘆息し、腕組みをして背中を木の幹に預けた。


「あなたとアレクシス・フローゼンとはどんな関係なんだ」

「アレクシスは妹の夫。元々は私が婚約者だったのだけれど、妹の方を好きになったからって変更されたの」

「……我が祖先ながら馬鹿な男だ」

「私としては王妃の義務から逃れられて、錬金術に集中することができたから良かったと思ってるけど」

 これは紛れもない本音。


「ノア。あなたは以前、アレクシスに狙われていると言っていた」

「うん。理由ははっきりしないけれど。妹は出産後に体調を崩してすぐに死んでしまったから、もしかしたらそのことで恨まれているのかもね」

「妹君はあなたが診たのか」

 首を横に振る。

「妹は教会に認められた聖女だったもの。教会と錬金術師は水と油でね。たとえ姉妹でも……姉妹だからこそかな。近づくことすら許されなかった」


 錬金術は神の御業を冒涜する行為。それが教会の主張だった。

 否定はしない。錬金術とはどれだけ神の領域に踏み込み、再現できるかという学問だ。

「だから私は、妹の容体も知らなかったし、最期の姿も知らない」

 人体修復と薬学で認められた国家錬金術師が、王妃のことを――実の妹のことさえ救えなかった。

 しかしこの醜聞は大きくは騒がれなかった。


 エミリアーナは聖女。聖女の御手は己のことを救えなかったのか、教会は聖女を守れなかったのか。そんな声を恐れて教会は沈黙した。

 あの時ほど教会を破壊したくなったことはない。

 手のひらに熱い痛みが走る。見てみれば、血が流れ出していた。よほど強く握りこんでしまったらしい。

 傷をふさぐ。痕は生々しく残るが、時間が癒してくれる。

 傷はこんなにも簡単に治るのに、死んだ人間は生き返らない。


「古城の主をどうするつもりだ」

「とりあえず見てみないことには。話が通じるなら話してみて、通じないなら――」

 滅びた王都を見つめる。

 廃城の影が浮かぶ空は、血のように赤い。

「私が終わらせる」


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