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1-20 錬金術師の庭


 城門の内側は、植物には覆われているものの、ほとんど以前のままだった。表面の輝きは失われ、ただの石積みの固まりにはなってはいたが、掃除と修繕をして、草木を取り除けば、元の姿に戻りそうなほどに。

 中央広場から城の中には入らずに、その周りある場所に向かって進む。

 城の西側にある、錬金術師のための施設に。


 外観はまるで白い箱。蔓性の植物で覆われた、白と緑の箱に、少しずつ近づいていく。

「あの白い建物は錬金術師の庭と呼ばれていて、錬金術師や見習いの研究施設だった場所なの」

 前を歩き、草を踏み、枝を払って道をつくってくれているヴィクトルに解説する。

 不思議な気持ちで、かつて毎日のように通っていた施設を見上げる。


 静かだった。耳が痛くなるくらい。

 草を踏む音、枝を払う音だけが虚しく響いている。かつての騒がしさはもうどこにもない。誰かが実験を失敗させて事件になるようなことも、きっともうない。

 錬金術師の庭――慣れ親しんだ場所を眺めても、ノアの心情は穏やかだった。

(涙も出てこない)

 思い出の場所に来ても、一滴も。

 自分はよほど薄情な人間だったらしい。


「もしよかったら錬金術の話を聞かせてくれないか」

 振り返り、いきなり話せと言ってくる。

「錬金術の何を?」

「なんでもいい」

 錬金術に興味を持ってくれるのは嬉しいが、急に面白い話は思いつかない。仕組みや理論を話してもきっとつまらないだろう。できれば錬金術の評価が上がるような話をしたかったのだが。

 迷った末、自分の話をすることにした。


「私が錬金術師を志したのは十二の時だったわ」

 その頃、生まれたときから決まっていた婚約話がなかったことになって、何もすることがなくなってしまった。錬金術師に出会ったのはその時だ。古き時代から生きていると噂のあった、王国で最も権威のある錬金術師と。


「才能があるって言われて嬉しくなって、夢中で学んで……」

 その時のノアには時間だけはあった。

 導力の使い方を学び、分解と合成の基本を練習して。

「錬金術って色んな分野があるのだけれど、私が専攻したのは人体修復と薬学だった。誰かの命を助けられるのが嬉しくて」

 師とともに多くの人を診て、生と死をたくさん見ながら学び、努力し続けた。

「三年後に国に認められて、たくさんの研究ができるようになって、楽しかったな」


 思えば。

 錬金術に出会ったばかりのころから、見習い時代から国に認められた後まで、ずっとこの場所に来ていた。ずっとここで、仲間と学び合って、競い合っていた気がする。

 いま思えばなんて贅沢で貴重な時間だっただろう。

 もう二度と戻れない時間。

「最後は王に殺されかけたけれど」




 研究施設の扉は、分厚く堅い木製だ。特別頑丈に作られたそれは、痛んではいたが壊れてはおらず、施錠はされていなかった。

 試しにノアが開けてみようとしたが、接着されているかのように動かない。

「離れていろ」

 ヴィクトルが扉に蹴りを入れると、激しい音と埃を立てて扉が内側にひしゃげながら開く。

「……ありがとう」

 残響の中でつくづく思う。この男を敵に回したら怖いだろうなと。


 壊れた扉の間から、建物の中を覗いてみる。光がほとんど差し込んでおらず、昼間だというのに薄暗い。

 何かがいるような気配はない。

 急かしてくる心をなだめながら、慎重に足を踏み入れた。たとえ光量が足りなくても勝手知ったる場所だ。迷うことはあり得ない。


 一階の玄関ホール、受付所、大広間、診療所。二階と三階の研究室。大型実験室。訓練所。

 ざっと見た限りだが。

「きれいさっぱり、なにもない」

 当たり前のように何も残っていない。

 本や実験器具や誰かの試作品も、壁にかかっていた絵も、机も椅子も。引っ越ししたか物取りに根こそぎ奪われたかというくらい。

 何も期待せずに自分が使っていた研究室に行ってみる。三階の一番奥にある部屋へ。


 おそらくノアの――黒のエレノアールの討伐が決まった直後にすべて回収され、別の錬金術師が使っているのだろうが。

「この部屋で今回は終わりにするわ」

 扉を開ける。中はやっぱり空っぽになっていた。

(ああ……私の研究が)

 何百年も突然留守にしていたため仕方がないのだが、勝手に全部捨てられたような気持ちになって切なくなる。


「ん?」

 机や棚などの家具や荷物がなくなっていたため、気づくまで時間がかかったが、部屋が微妙に狭くなっている。

 壁から壁までの幅、窓との位置関係――気のせいではない。確実に狭くなっている。

「隠し部屋があるな」

 ヴィクトルが呟き、隣室との区切りである壁の前に立つ。

「奥に空洞がある。壁を壊しても?」

「待って」


 何もなくなってしまっているが思い出の場所ではある。気軽に破壊しないでほしい。

「見てみるから少し待って」

 壁に手を当てる。ひやりとした石の感触。壁に導力を流し、壁の内側に意識を傾ける。だが。

(見えない?)


 何も見えない。それどころか導力が弾き返される。この感覚は――

「封印?」

 壁の中の隠し部屋は、封印されている。ノアが自分を封印した時と一緒だ。封印とは亜空間への隔離だ。こうなったら時が来るか、解除条件が整うまで開かない。

 いったい誰が、何の目的でこんなことを?


「壊しても?」

「待ってったら。封印されているから力づくじゃ壊せないわ。あなたでも、飛竜を呼んできても無理」

 その時、壁の隅の一部が動いた。壁からその部分だけが崩れ、ごとん、と音を立てて床に転がる。

 それは石であり、石ではなかった。


 石を積み重ねてつくられた、まるっとした人形。いままで壁に埋め込まれていたものが、子どものように歩いてノアの元へとやってくる。

「自律型ゴーレム……ハル?」

 ゴーレムづくりの得意な同僚が、導力回路と魔結晶を組み込んであるから長期間動かすことができるんだ、と自慢していた。その子どものような笑顔を思い出す。


 小さなゴーレムに触れる。手と導力で。指先が震えていた。

 冷たい手に瞬間、隠し部屋を作っていた壁がガラガラと崩れ始めた。




 封印により作られる異空間は『時のゆりかご』とも呼ばれ、現世とは時間の流れが切り離される。

 時の女神に守られた場所は、何百年かぶりに現世に姿を現した。

 もともとの壁の部分には棚が作りつけられ、ずらりとラベルの貼られた瓶が並べられていた。中に入っているものは固体、液体、色も形も千差万別。


 崩れた石を乗り越えて、人一人がやっと入れるほどの狭い隠し部屋の中に入る。

 瓶のラベルに書かれた文字を読み、息を飲む。

「これは……」

 標本だ。

 瓶の中にあるのはすべて、生物の一部。


「ノア。これを」

 ヴィクトルが崩れた石の中から一冊の本を拾い上げる。

 部屋の中に本は一冊だけ。その表紙は半分が黒く染まっていた。血だ。

 震える指先で受け取り、中を見る。


 見覚えのある筆跡に、胸の奥から熱く苦しいものが込み上げる。

 錬金術師の庭で同じ時間を過ごした、同僚の日記と走り書き。

 ゴーレムづくりが得意な、少し情けない錬金術師の青年の。

「…………ッ」


 あの日々は確かにここに存在した。

 同じ時間を過ごした錬金術師は、王国が滅びていく時間を、戦争の中を、生きて、終わりを迎えて。

 自分はそこにはいなかった。


 目が熱い。

 込み上げてきた感情が、涙となって零れようとしている。我慢しようとしても止められない。

(泣いている時間なんてない!)

 視界をにじませる涙を乱暴にぬぐい、ノアは棚に並んでいる標本資料が入った瓶を手に取った。血塗られた本と瓶を、ポーチの亜空間に放り込む。


「ヴィクトル、何か来ないか気を付けて」

「何かとは」

「なんでも」

 すでに封印は解かれた。

 もう時の女神の守護はない。世界との隔絶は解除され、誰でも入ることができ、誰でも奪い、破壊することができる。

 もし「何か」が存在したら、この場所を、侵入者を、見逃すはずがない。

(誰にも渡さない)


 標本資料の回収を急ぐ。

 これはノアのために残されたものだ。でなければ、こんな方法を使いはしない。部屋を封印し、鍵をゴーレムに持たせ、ゴーレム起動の条件をノアの到来にするなんてこと。

 カタカタと小さく棚が揺れる。違う。床も、建物自体が揺れている。構わず回収を続けていると、風の唸り声が外から聞こえてくる。

 外だけではない。床の下からも。

『……オォ……オオオォ……』


(来た)

 ヴィクトルに顔を向け、自分の指を口元に当て、声を発するなと伝える。

 うめき声はやがて、ひとつの意味のある言葉となった。

『……エミィ……』


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