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7-27EP2 戴冠式の聖女



 ――帝都の災厄から三ヶ月後。


 ノアは大聖堂の二階のバルコニーから帝都の光景を眺めていた。

 新しい時代の始まりにぴったりの空を飛んでいく、鳥の自由さを羨ましく思いながら。


 結局、一度もアリオスに帰ることができないまま三ヶ月が過ぎた。

 先日、イヴァン皇太子はリカルド元将軍の警護のもとアリオスからに帝都に移り、今日戴冠式を迎える。


 戴冠式は大聖堂で行われる。大皇宮は復旧が進んでいるがいまだほとんどの部分が壊れているため、古い伝統に則り大聖堂で式が行われることになった。

 そしてイヴァン皇太子の頭に、冠を載せることになったのはノアだ。


(どうして私が?)

 当日になって儀礼用のドレスに身を包み後は儀式を待つだけとなってもいまだに納得できない。

 曰く、聖女として市井に人気があり、政治的存在ではないから――らしい。


 士爵の養女であり侯爵の婚約者というのは何故か問題視されていない。順当にいけば公爵家のオリガが相応しいはずだが、よくわからない政治的な思惑が絡んでいるのか。

 政治的な思惑や世間の最終的な妥協点がノアだったということなのだろう。


(目立ちすぎた……)

 手すりにしがみつく。

 治しすぎた。そのことに後悔はないが、聖女だなんて持ち上げられてこんなことになるなんて。

 自分がこんな大役を任される日がくるなんて。


(ううん、主役はイヴァン皇太子。私は添え物。王冠を置くだけの人。あとは気配を消してできるだけ目立たないようにするだけ)


 だとしても緊張するのは止められない。

 ため息をついて大聖堂のバルコニーから帝都を眺める。

 三ヶ月という時間は短いようで長い。完全な復旧はまだ無理だが、帝都はノアの知る賑わいを取り戻しつつあった。

 イヴァン皇太子が帰還してからは尚更だった。新しい未来に向けて帝都は熱狂している。

 もうあの混乱も、竜の爪痕も、過去のものにして。


「…………」

 死んだ人間は生き返らない。

 過ぎた時は戻らない。

 だから人間は、前に進み続けなければならない。よりよい未来に向かって。


「ノア」

 呼ばれ、後ろを振り返る。

 そこにいたのは正装姿のヴィクトルだった。

 ヴィクトル・フローゼン侯爵――帝都復旧の一番の功労者。


「ヴィクトル」

 久しぶりに名前を呼んだ。

 お互いにするべきことに集中していたため、同じ帝都にいたというのに長らく顔を合わせていなかった。とはいえ五日ぶりなのだが、短いようで長い時間だった。


 会えて嬉しい。

 抱きつきたい気持ちをぐっと我慢する。


 ヴィクトルはいまや盤石の地位を築いている。

 帝都を震撼させた悪竜を倒したのはヴィクトルの功績と噂されていて、しかもノアがそれを助けたとまでおまけで噂されている。


 ヴィクトルは竜殺しの英雄として、そして帝都を救った英雄として、本当に英雄になってしまった。

 周囲にはいままで以上に多くの人が寄ってきていて、縁談も山ほど舞い込んでいるらしい。婚約者がいると公言しているのにも関わらず、だ。


 だからなかなか会えない。

 会えてもふたりきりにはなれない。

 しかもいまは儀式用のドレスを着て、化粧をしている。抱きつくなんてもってのほかだ。


(顔色は、いい……怪我も増えていない)

 体調を崩していないか、怪我をしていないか。

 見ていると、見られていることに気づく。

 景色ではなくノアを真っ直ぐに見つめていることに気づき、恥ずかしくなって思わず目を逸らした。


「ど、どうしたの?」

「ああ、すまない。あなたがあまりに美しくてな……いますぐ攫って逃げたいぐらいだ」

 ――甘い。

 とろけそうなほどに甘い表情で笑う。あまりに眩しくて直視できない。


「会いたかった」

「うん、私も」

 視線を伏せたまま頷く。

 ヴィクトルはとても機嫌がいいようだ。やっと、この日が来たのだから当然だ。新皇帝の誕生の日が。


(ちゃんとしないと)

 大役は荷が重いが、失敗だけはしないように。

 緊張をやわらげるため深呼吸をしようとするが、うまく呼吸ができない。緊張しているのか、会えて嬉しくてどきどきしているのか。


「……ヴィクトル、あの、お願いがあるんだけど」

「ん?」

「戴冠式がちゃんとできたら、その……抱きしめて、ほしいなって……」

「いいのか?」


 距離が縮まる。

 いますぐ抱きしめられそうな雰囲気に、思わず両手を前に出して防御の姿勢を取った。

「お、終わってからで!」


 ヴィクトルの足が止まる。少し残念そうな表情をしていた。

「あとの楽しみにしておこう」

 笑う。

 ――浮かれている。さすがにノアにもわかる。


 ノアが失敗するなんて思ってもいない。もし失敗しても何とでもなると思っているのかもしれない。

 そう思うと、少しだけ気が楽になってくる。

 ヴィクトルが近くにいる。それに、相手はイヴァン皇太子だ。彼のこれからの栄光のために、祈りを込めて冠を渡したい。――そう思うと緊張がほぐれていく。


「――ノア」

 呼ばれて顔を上げると、ヴィクトルはノアの目の前でノアに対して跪いた。――正装姿で。

 まるで忠誠を誓う騎士のように。

 きらきらと光が瞬く。

 淡い金の光が、静かに、儚く。


「この国はいま、大きな変革を迎えようとしている。これからはより本格的に、外の世界と真っ向から向き合うことにもなるだろう。嵐の海に船を出すようなものだ。困難は多いだろうが、必ず希望もある」


 ヴィクトルが手を伸ばし、ノアの左手を取る。

「私は、新しい景色をあなたと見ていきたい。これからも、ずっと傍にいてほしい」

 左手の薬指――運命と繋がっているとされている指に、唇が触れる。

 とても優しく、切実に。願いを込めて。


 ――熱い。

 触れた場所が、指が、頬が。胸が。

 苦しいほどに熱い。


 ノアはその場にしゃがみ、ヴィクトルと同じ高さに視線を合わせる。

 肩に手を置いて、そっと目を閉じ、ついばむようにキスをした。


 瞼を開けると、すぐ近くに青い瞳が見える。

「ヴィクトルとならきっと新しい世界がたくさん見られるでしょうね」

 ヴィクトルが立ちあがったと思った瞬間、抱き上げられて身体が浮く。


(終わってからって言っていたのに)

 そんなことよりも、いつもよりずっと高い視点から見える世界が新鮮だった。


「戴冠式が終われば一段落する。来月には私達の結婚式を挙げよう」

 ヴィクトルがノアを見上げながら、嬉しそうに言う。


(結婚式ってそんなに早く準備できるものなの?……ささやかな式ならそんなものかな)


 もちろんいまをときめく侯爵の結婚式がそんなささやかなもので終わるわけがなく。

 ドレスとヴェールの準備に帝国中の職人の力を借りることや、結婚式自体が約一ヶ月も続くこと、領地に戻ってからも盛大な宴が催されることなど、いまのノアには知る由もない。


 ただ、いまだけは、誰かが呼びに来るまではこの幸せな景色に浸っていたいと思った。






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