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7-26EP1 帝都復興へ




 帝都に災厄が訪れ、大皇宮が崩壊してから十日後の、朝。


 無人の侯爵邸にひとり戻っていたノアは、人の気配を感じて目を覚ました。

 キッチンの隣の部屋で薬の調合を行なっていたが、その途中で椅子に座ったまま机に突っ伏して眠ってしまったらしい。完成した薬と作りかけの薬が無事なのを確認して、凝り固まった身体を動かし、玄関に向かう。


 朝日が差し込む玄関ホールに、三人の男性の姿が見えた。

「ノア様」

 とっくにこちらの存在に気づいていたニールが、奥から出てきたノアを迎える。


「ニールさんにクオンさん、それにフェリクさんも?」

 そこにいたのはヴィクトルの従者ニールと、使用人のクオン。そして錬金術師のファントム――現在はフェリク。


 ――早い。

 ヴィクトルが戻らないことに心配してアリオスから駆けつけてきたのだろうが、まだ十日ほどしか経っていない。いくら体力に自信のある人たちとはいえ。

 特にぐったりとしているフェリクを見るに、フェリクのゴーレムで昼夜問わずアリオスから帝都まで駆け抜けてきたのだろう。


「ご無事で何よりです。旦那様は?」

「ヴィクトルとマークスさんはふたりとも無事よ。ごめんなさい、偵察だけのはずだったのに戻れなくて」

「……一日戻らなかっただけですぐ病み上がりの人間を馬車馬のように働かせてくれてさぁ……」


 ぼろぼろのフェリクが恨みがましげに呟く。

 アリオスから帝都までの距離を考えるとほとんど休みはなかっただろう。馬車馬は休憩があるが、この一行は最低限の休みしかなかったと推測できる。


「長旅お疲れ様。とりあえず休んで」

「いえ、ノア様にそのようなことをさせるわけには」

「いいからいいから」

「そうそう。まずは休んで身ぎれいにするべきだよ。いまの僕たちの格好、その辺の石よりひどいものだよ」

 フェリクの言うとおり、全員が長旅で煤けていた。




 キッチン隣の使用人用の食堂で、身体を拭くための布をニールたちに渡し、やや温めの茶を用意する。


「ごめんなさい。バーミリオン卿が去られてしまったから、連絡もできなくて。いちおう手紙を馴染みの商会に頼んであるみたいなんだけど」

「そちらには道中で会いました。手紙は内容を確認しています。商会はいまもアリオスに向かっているはずです」


 ニールはそう言ったが、手紙には詳細は書かれていないはずだ。無事なことと、当分戻ることはできないことぐらいしか書いていないだろう。

 ノアはどこから話そうかと迷いながら、最初からざっくりと話すことにした。


「えっと……まず偽皇帝が帝都を支配していて、それが大きな竜みたいな化け物になって暴れたから、戦って……竜はいなくなったけどバーミリオン卿――助力してくれてきた飛竜も帰られたのでアリオスに戻れなかったの」


 帝都がこの状態で、大皇宮もほとんどが破壊され、偽皇帝の在位中の粛清によって有力な貴族もほとんどいなくなった。

 そのため軍も政治も指揮系統が機能せず、混乱状態に陥っていたところを、ヴィクトルがいままで懇意にしていた若手貴族と共に指揮系統を整え、中央の立て直しを進めた。

 混乱を落ち着かせ、治安を維持し、一刻も早く国の機能を回復させるために。


 中央の主導権をいち早く握り、そしてそれは機能し始めたことで、帝都民の救助や体制の立て直しが進んでいる。


 記憶操作や竜の出現による混乱のさなかでのこととはいえ、ヴィクトルの強引な手腕には当然のごとく古参貴族の反発があった。だが、ヴィクトルがイヴァン皇太子を保護していることや、前公爵の書状の存在も強力な後ろ盾になっていることもあり、いまのヴィクトルはかなりの政治力を保有している。

 ヴィクトルを支持する貴族の筆頭は、ドミトリ・ボーンファイド公爵らしい。


「たまに大皇宮にヴィクトルの様子を見に行くけど、やっぱりかなり忙しいみたい。でもマークスさんが補助をしてくれているから――」

 そこまで話すと、堪え切れなくなったとばかりにニールが立ち上がる。その大きな身体はわなわなと震えていた。


「なんということだ……! 俺としたことが旦那様の一大事にお側にいられないとは……! こうしてはおれん!」

 一気に茶を飲みほした後、すごい勢いで侯爵邸を飛び出していく。止める暇もない。


「ニールさん……ひとりで大丈夫かしら」

「ニールさんは鼻が利きますので大丈夫でしょう。帝都にも精通していますし。それで、あなたはいったい何を?」

 クオンはこんな時でも落ち着いている。

「私は救護活動のお手伝い。今日はここの部屋を借りて薬を作っていたところ」


 帝都はひどく焼かれたり破壊され、怪我人も多く出た。ノアはその救護と治療に連日駆け回っている。

 ヴィクトルの護衛もと思っていたが、執事のマークスやそれ以外にも多くの人がヴィクトルの周りには集まっているため、身辺の安全は守られている。

 そのためノアは安心して救護活動に専念できた。


 ヴィクトルはやや不安そうだったが、レジーナ・グラファイト子爵や公爵の妹であるオリガ・ボーンファイドの保護があったのでなんとか納得してもらっている。


「あなたが何をしてもいまさら驚きはしませんが、また聖女扱いされても知りませんよ」

「いやそんな……あまり目立たないようにはしてるし」

「…………」


 信頼されていない視線から目を逸らす。

 目立たないようにしようとしても、助けられる患者が目の前にいれば治療をためらうことはない。


「えーと、クオンさんはヴィクトルのところにいかなくていいの?」

「あなたをこれとふたりきりにするのも問題がありますから」

 ちらりとフェリクを見る。


「問題って……僕はこれからは世のため人のため働かせていただく所存で――」

「ああそうだフェリクさん、ちょうど良かった。もうすぐ来てくれると思う」

「特大級の嫌な予感がするよ」


 逃げようとするフェリクを、クオンがぐっと捕まえる。錬金術師殺しの手錠を持って。

「助けて殺される!」

「人聞きの悪い。外では言わないように」




「おはよう! 今日もいい朝ね! え、なになに。あたしに会わせたい人?……って、んん?」

 ノアは玄関で出迎えたレジーナをフェリクの元まで案内する。

 赤髪のレジーナ・グラファイト子爵は、同じ緑色の瞳を持つフェリクと出会い、息を呑んだ。


「や……やあ姉さん、久しぶり」

 窓から差し込む光が、フェリクの強張った表情を照らす。

「この――姉不孝者がぁ!」


 レジーナの拳が炸裂する。

 姉の拳を甘んじて受けたフェリクが吹き飛び、床に倒れた。

 レジーナは倒れたフェリクの胸倉をつかんでぐっと持ち上げる。


「ようやく顔を見せたわね、このバカ弟! とりあえず穴掘りなさい。あたしが埋めてあげる」

「それだけは勘弁してください……」

「あんたのせいであたしが爵位を引き継ぐことになったのよ! おかげであたしの人生計画は滅茶苦茶よ!」

「いや絶対にその方がよかったって」


 レジーナの手が再び振り上げられる。

 身を固くするフェリクだったが、その手はいつまでも振り下ろされることはなかった。

 代わりにぽつりと涙の雫がフェリクの頬に落ちる。


「どれだけ心配したと……」

「ごめん、姉さん……」


 フェリクの首には包帯が巻かれている。

 その下には自害しようとした時の傷痕が、消えずに残っていた。


「はぁ……いまは何をしてるわけ?」

「侯爵様のところで使われています……」

「ならいいわ。しばらくは奉公してなさい」

「いて」


 レジーナがフェリクの胸倉をつかんでいた手を離すと、フェリクの後頭部が床にぶつかる。

 レジーナはまったく気にする様子はなく、目元を拭ってノアの方を繰り返った。


「ノア、どうせこのバカ弟が散々迷惑かけたんでしょ。本当にごめんなさい。このバカ弟はとことん使い潰してあげて。壊れてもいいから」

「壊れても治しますから大丈夫ですよ」

「ああ……最高だねそれは……」


 姉弟の感動の再会の間に、ノアはつくった薬を割れたり零れたりしないように梱包し、鞄に詰める。

「レジーナさん、準備できました」

「よし、あんたも来なさい。聖女様との楽しい奉仕活動よ」

「だから、聖女って言い方はやめてくださいってば……」


 鞄を持とうとすると、クオンが代わりにそれを持つ。

「クオンさんありがとう」

「いえ」

 ノアが外に出ようとすると、フェリクを引きずりレジーナも追ってくる。


「姉さん、警察の方は?」

「休暇中。いない方がはかどるからってお咎めなし。ちゃんと自主的に警備はしてるから大丈夫よ」

「それ絶対大丈夫じゃないやつだよ……」


 外は、今日も青い空が眩しい。

 この空の下で多くの命が散った。

 ほとんどの者は未来を見ていた。その未来と相容れなかったから、対立した。

 生き残った者として、この時代を選んだ者として、前を向いて歩いていく。


 そして今日もまた、新しい一歩を踏み出す。





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