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1-17 錬金術師の服選び



「ノア様~、お待たせしました」

 玄関ホールで待っていると、アニラが奥から走ってやってくる。いつものメイド服ではなく、黄色のワンピース姿で。

 服を新調するにあたって、アニラに街の案内を頼むと、二つ返事で受けてくれた。

 玄関ホールで待ち合わせをして、ふたりで外に出る。

 侯爵邸の本館の一部は役場でもあるようで、時折、街の人々が行き来する。そちらの邪魔をしないように気を付けながら。


「どのような服を探すんですか?」

「頑丈な服」

「がんじょう……?」

 アニラの表情が強張る。

「動きやすくて、邪魔にならなくて、燃えにくくて」

 屋敷と門をつなぐ石畳の道を歩きながら、理想の服を考える。


「ノア様、もっとその、ブランドとかデザイナーとか、色とか系統とかの、好みやご希望は」

「ブランド……?」

 服にブランド? それはいったいなんだろう。

 人気のある服飾デザイナーは昔にもいたが、貴族のドレスが専門だった。人気のあるデザイナーに夜会用のドレスをつくってもらうのが、ステータスになっていた。

 ノアが求めているような、外で活動したり野営するための装備のデザインにはおそらく関わってもいないだろう。


 昔ならそういうドレスもつくっておかなければならなかったが、いまは一着も必要ない。いま求めているのは実用性だ。

 華やかなばかりのワンピースやドレスではない。だが、アニラはそう思っているのかもしれない。認識の齟齬。


 それでもアニラの言う「好み」を考えてみようとしたが、思いつかない。

 令嬢時代は誰かが用意してくれたものを着ていたし、錬金術師になってからはとにかく実用性重視だ。登城する用事も定期的にあったが、黒のローブを羽織れば問題なかったのであまり悩むこともなかった。

 白のグロリアは自分の美容品ブランドを作っていたようだが。


「アリオスはちょっと辺境みたいですが、品揃えの豊富さはちょっとしたものなのですよ。って、商隊の方から聞きました」

「なるほど」

 領主が商売の優遇策を取っているのだろう。

 ノアは王都とアリオスを結ぶ道しか知らないが、都へと続く街道の整備と警護も行っていると思われる。

 流通は大切だ。物が動き、経済が回らないと国の血流が止まる。


「なのでご希望のものそのものはなくても、近いものなら取り揃えられると思います」

 ならば、ノアが求めているような女性向けの実用的な装備も手に入るだろうか。もし機能的に足りない部分はあとで手を加えてもいい。

 とりあえず、いま求められている「好みや希望」をもう一度考えてみる。

「色は黒で」

 汚れが目立たないので。


「森とか歩き回ったり野宿するので、それに向いた服がいいかな」

 ノアの注文はアニラの頭を悩ませたらしい。

 長い耳をまっすぐに立て、首を傾げてしばらく唸る。

「わかりました! このあたしにお任せください!」

 いいアイデアが思いついたのか、胸を張って高らかに宣言した。




 アリオス中の服屋を何軒も回り終わったころには、すでに昼は過ぎ、午後のお茶の時間になっていた。

 買い物が終わった後の喫茶店で紅茶と蜂蜜ケーキをいただく。

「とってもお似合いです。品の良さと可愛らしさと堅さが合わさって、なんだか最強です!」

「ありがとう」

 アニラの本心からの絶賛に、微笑む。


 白いシャツと黒の厚手のベストとスカート、腰には道具を吊り下げられるように丈夫なベルトを巻き、いつものポーチをそこに取り付けた。

 足は膝上までのブーツを履き、膝を地面に着いてもいいようにプロテクターを。

 首に防御用に赤のタイを巻いて、コートは男物の一番小さいサイズの黒のものを。

 特にコートは気に入っている。帝都の軍服用の素材が使われており、丈夫で軽い。自分のサイズに合わせて作ってほしいくらいだ。


 理想よりもほんの少し防御面が弱い気もするが、その辺りは追々改良していけばいい。買い物中に消耗品や日用雑貨も購入できた。

 たくさんの店を見て回ったが、やはり錬金術の技術が活かされているようなものはなかったのが残念に思った。

 そして気になることがもう一つ。

 何故か店員や他の客にやけに気を使われた気がした。


 この街に最初に入ってきたときの三百年前の服装なら、不思議に思われてもわからなくはないが。いまはちゃんとこの時代に馴染んだ服装のはずだ。

 何か理由があるのかと考えていると、誰かのひそひそ話が聞こえてきた。

「あれ? あのアニラちゃんと一緒にいる金髪赤目の女性って」

「もしかして、侯爵様に跪かせた――」

「ば、ばか静かに。怒らせたらきっと大変なことになるぞ」


(思いっきり話が広がっている……)

 そして恐れられている。この分だときっともう住人全員知っていそうだ。

 アニラを見ると、長い耳をぴんと立てて強張った笑顔を浮かべていた。聞こえていないわけがない。ノアも聞こえていないことにする。

「ねえアニラ。帰りに診療所へ案内してもらってもいいかしら」

「もちろんです。このあたりだと三か所診療所がありますが」

「全部」

「え?」

「とりあえず今日は、その三か所を全部で」




 ノアの専門は人体修復だ。

 王都でもよく研究や技術向上のため、病院や診療所を回っていた。貴族から直接依頼を受けることもあった。ノアが治療するのは手遅れ寸前の重傷者がほとんどだったが。

 自分ですべて治していれば医者は育たない。医療は発展しない。

 軽傷者は断っていたため、「庶民は診ないのか」とか「しょせんお貴族様の遊び」とか言われたこともあったが。そんな言葉も王城で囁かれていた陰口と比べればかわいいものだった。


 アリオスは元が戦争用の拠点だったからか、医療施設の設備は整っていた。

 とにかくどこも清潔。そして広く、空きベッド数にも余裕がある。これは有事の際、怪我人が増えた場合でも問題なく入院させられるようにだろう。


 ノアがなにより驚いたのは、無料で医療が受けられる診療所があることだ。利用には条件があったが、貧しい人々でも入院ができるという。

「アリオスって良い街ね」

 心からそう思いながら、夕暮れの街を侯爵邸に向かって歩く。

 さっきまでヘトヘトだったアニラが、目を輝かせて胸を張った。

「もちろんです! ヴィクトル様とベルナデッタお嬢様のご兄妹のおかげで、アリオスはとーっても素晴らしい街になったんです」


(とても慕われているのね)

 改めて思う。

 ノアはこの街の以前の姿を知らないが、領主のおかげで目覚ましい発展を遂げたのだろう。伝え聞こえてくる政策と、己の目で見た街の姿が、確信をもたらす。

 できればこれから先の発展も見ていきたいと、赤く染まる街を見ながら思った。




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