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7-14 小さなホムンクルス




 馬車はあれども御者がいなければ動かせない。しかも軍用の馬車は目立つ。

 大聖堂周辺は静かな場所なため、辻馬車が通るのも期待できない。しかし大皇宮は遠い。


 ひとまず大通りに出て辻馬車を拾い、大皇宮前の広場まで運んでもらう。広大な広場から見上げる大皇宮はひたすら巨大で、五つの塔は今日も天を貫かんばかりに伸びていた。空に――神に近づくかのように。あるいは挑むかのように。


 そのうちの一つがマグナファリスの住んでいた研究塔だ。

 大皇宮は基本的に外部も内部も警備が厳重で、出入口になるような場所や、それ以外でも広い場所には常に警備が立ち、巡回の兵が常に移動している。


 だがどんなものにも死角はある。

 ノアはヴィクトルと共に、警備の視線の隙や、誰も想定していない新しい通路を作って通り、慎重に、時には大胆に移動して研究塔に潜り込む。もちろん扉ではなく壁に開けた穴を通って。


 ノアだけでは不可能だった。

 ヴィクトルの先導があってこそ、昼の明るさの中でも誰にも見つからずに、帝国で一番警戒されている場所を移動できた。


 ――繋いだ手がこんなに心強いなんて。


 潜入開始時点からずっと手を繋いでいた。手を繋いで一体となっていれば、突如現れる見えない壁に隔たれることはないと思ってのことだったが――そしてその目論見はいまのところ成功しているが――想定以外の効果が表れているような気がした。


(それにしても……せっかく出ていったのにすぐ戻ることになるなんて)

 複雑な気分だったが、外でするべきことはもう終わった。

 自分の理論の答え合わせはできた。あとのことはドミトリに任せる。不安がないわけではなかったが、公爵家の当主が無理ならば、きっと他の誰にも難しい。




 研究塔の内部は元々人が少なかったこともあり、移動はこれまで以上に容易だった。

(スムーズ過ぎて怖い)

 カイウスの手のひらの上で踊っているだけなのだろうか。

 不安が湧いてくるが、そうだとしても進むしかない。


 三階までの居住区間を抜けて、四階のマグナファリスの私有空間までくれば、人の気配は完全になくなる。

 何度も入ったことのあるホムンクルスの研究室で、少し休憩となった。緊張と、体力切れで息が切れ、まともに立っていられない。

 壁によりかかると、ヴィクトルが心配そうな視線を向けてくる。


「だいじょうぶ」

 声を潜めて答え、握ったままの手をぎゅっと握る。まだ大丈夫。まだ走れる。まだ止まらない。


 顔を上げて、部屋の中を改めてみる。作業台の並ぶ部屋。懐かしい部屋の中は、相変わらず薄暗い。厚いカーテンで窓が覆われているため、光がほとんど入ってこない。足元で光る淡い錬金術の光だけが移動の頼りになる。


 この研究室でホムンクルスのことをマグナファリスから学んだ。

「ヴィクトル……ここを、調べてみたい」

 ここで学んだが、この部屋のことはほとんど知らない。ノアが足を踏み入れていたのは研究室の入口部分だけ。ごく浅い部分だけだ。


 好奇心と探究心に導かれ、ホムンクルスの研究室の奥へ向かう。暗闇のヴェールに隠されていた場所にあったのは、無数のガラスの器だ。ただしそこには何も入っていない。ホムンクルスも、その一部も、培養液も。


 更に奥へ。

 しかし一番奥にあったのは、壁だった。

 壁。ただの壁。部屋を囲う壁の続き。その一部。

 それなのに奇妙なほどに視線がある一箇所に吸い寄せられる。周囲と何も違いはないはずなのに、その部分だけ気になって仕方なかった。


 引き寄せられるままに、壁に手を触れる。その瞬間、ピリッとした衝撃が指先から腕にまで走った。

 その瞬間、目の前に扉が現れる。壁しかなかった場所に、まるで最初からあったかのように。

 逸る心を抑制しながら、扉を開いた。




 夜のような闇に閉ざされた、小さな研究室。

 部屋の中には淡く光る柱が並んでいる。柱は、よく見ればガラスの器だった。


 特筆すべきはそのガラス容器の大きさ。どれも人ひとりが立って入れそうなほどの容量を持っていた。そしてそのどれもに、薄黄色の培養液が満たされている。培養液の中には空気の粒が絶えず生まれては消えていく。

 それらはまるで命の揺りかごのようであり、死者のための棺のようでもあった。


「…………っ」

 ずらりと立ち並ぶガラス容器の中で、ひとつだけ。

 たったひとつだけ、ガラスの器の内部に、中身があった。

 小さな人の形が――五歳くらいの幼い少女が。夜を紡いだかのような蒼い髪の少女が、ガラス容器の中に浮かび、目を閉じていた。まるで眠っているかのように。


「これは……人か?」

 ヴィクトルに問われ、ノアは口ごもった。

 見た目は完全に人間の子どもだ。本当にそうだとすれば、おぞましいとしか言いようのない光景だ。だが。


「これは……」

 ホムンクルスだ。錬金術で生み出された疑似生命体に間違いない。だがこのホムンクルスは人ではないのかと聞かれると、はっきりと答えられない。

 

「これは、ホムンクルス……私も以前作った、錬金術でつくられた生き人形……だけど、これは」

 ――まるで本物だ。

 本物の人間にしては作り物のようで、作り物にしては本物に近すぎる。これが、これこそが、ホムンクルスの神髄と言ってもいいほどの完成度だった。

 そしてこの面差し。見覚えのある顔立ちに、背筋が凍る。


 刹那、ガラスに亀裂が走る。

 ヒビはみるみる間に容器全体を包み込み、内圧を支えきれずにあっさりと割れる。やや粘着性のある液体――ホムンクルスの培養液が溢れ出し、中にいた少女が共に倒れてくる。

 ヴィクトルはすぐさま少女を片手で受け止めた。


「う、ん……」

 ヴィクトルに抱きかかえられた少女は、寝言のような呻き声を上げて重そうに瞼を開く。瞼の下にあったのは、緑がかった金色の瞳だった。


 その特徴的な瞳の色も、そこに宿る知性の光も、髪の蒼い色も、整った面差しも。

 それらすべてがマグナファリスとよく似ていた。本人としか思えないほどに。

 少女はノアの顔をじっと見つめ、形の良い口を開いた。


「やっと来たか。君は相変わらずのんびりとしている」






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