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7-13 手を取り合って





 大聖堂の開けた大扉からは、外の光が差し込んでくる。光の中で漂うのは、戦闘の余波による破壊から生まれ、舞い上がった埃と死の匂い。

 中央には帝国軍人と錬金術師の死体、そして死体さえ失ったゾフィア・ランベルト男爵の所持品が残されている。


「私も帝国貴族のひとりとして、手を貸すのはやぶさかではないが、確認しなければならないことがある」

 大聖堂の片隅で、ドミトリは床に座ったまま、ヴィクトルを睨み上げた。起き上がらないのは腰が抜けているからかもしれない。

 ノアはドミトリの前に両膝をつきながら、頷く。


「ルスラーンを殺したのはヴィクトル、貴様だとオリガから聞いた」

(オリガ様……)

 ヴィクトルから聞いたことを、兄であるドミトリに話したのだろう。少女の胸にだけ秘めておけるような事実ではない。

 ヴィクトルは何も答えず、ドミトリに視線だけを返していた。


「……私とて妹の言葉をすべて信じているわけではない。しかし子どもの戯言とも思えん。だから貴様の口から直接聞きたい」

「…………」

「私は、記憶があるはずなのに詳しく思い出せない。父と弟が死んだと聞いたその時、何を思っていたかも。考えようとしても考えることもできない……私はおかしくなってしまったのか?」


 ドミトリは頭を抱え、苦しげに呻く。

(記憶の操作による影響……)

 本当の記憶は無理やり消され、その自覚もなく、思い出そうとしても思考することすらできない。ヒトの生死という重大な事実すら。


「公爵はルスラーンに銃で撃たれて亡くなった」

 ドミトリは短く息を飲む。

 身体を小刻みに震わせるドミトリを見つめたまま、ヴィクトルは言葉を続けた。


「ルスラーンは先程のランベルト男爵のような人外の姿となったため、私が殺めた。これが事の顛末だ」

 顔から血の気が引き、青ざめていく。

 ドミトリは長い沈黙の末。


「そうか」

 ただ一言、そう呟き。

「そうか……」

 同じ言葉を繰り返す。


 いまのドミトリに助力を乞うのは酷かもしれない。

 ノアがそう判断し、立ち上がりかけたその時、ドミトリも同じタイミングで立ち上がる。


「私には民を守り、帝国の未来を守る使命がある。教えてくれ。私は何をすればいい」

 堂々としたその姿は、彼の持つ金髪と同じく、勇敢な獅子のようだった。




 大聖堂の外を確認する。

 外に残っているのはノアがここまで来た馬車のみだった。ドミトリは従者を連れてこず、単身でヴィクトルを探して大聖堂まで来たらしい。


 誰もいないのを確認し、大扉を閉じ、大聖堂の中の捜索に移る。死体には亜空間ポーチから引っ張り出した布をかけて、視線に晒されないようにした。弔うことも頭によぎったが、勝手に行うことではないような気がした。


 目的のものはすぐに見つかった。

 大聖堂正面の主像、その亀裂の奥に埋め込まれるようにして、握りこぶしほどの大きさの宝石のようなものが置かれていた。

 赤黒い――まるで血を固めたような石。


 ノアはそれに軽く導力を通す。

 導力は石の中に吸い込まれ、中央に淡い光を灯し、留まり発光し続ける。導力を蓄える性質を持たせているのだろう。

(見つけた……これを中継装置にするのね)

 口元に笑みが漏れる。


「それで、世界の危機とはどういうことだ?」

「いまの皇帝は、世界を作り替えようとしています。このままでは帝都は、ここに住む民も含めて消えてなくなるでしょう」

 ドミトリの表情が一瞬陰る。


「……妹は陛下を偽者だと言っていたが……いまの私には何が真実なのかもわからない。だがいまは、我が親友ヴィクトルが信じる君を信じよう!」

「ありがとうございます」

「私は何をすればいい」


 ノアは亜空間ポーチの中から帝都の地図を見せ、場所を示す。

 大皇宮を中心として、合計九か所。その中にはグロリアと会った郊外の森も、この大聖堂も含まれている。


「これらの場所に、同じような石があるはずです」

 手に持っていた石を軽く掲げる。

「可能ならそれの破壊をお願いします。無理なら取り外し、遠い場所に移してください。あと、もし付近に拘束されている錬金術師がいれば保護を。おそらくは公爵家の錬金術師ですから」


「父の……うむ、わかった」

「それから……もし何か異常な事態が起これば、人々の避難を誘導していただけますか」

「そんなものは貴族の責務だ。頼まれるまでもない」

 その姿は堂々としたものだったが、だからこそ不安が浮かぶ。


「くれぐれも無理はしないでください。特に……先程のゾフィア様のようなことが、また起きないとも限りませんから」

「う……うむ!」

 ドミトリは力強く頷くと、大扉を開けて外に出る。

「すまなかったな、ヴィクトル」

 去り際にそう言い残して。




 大聖堂からドミトリが去り、ヴィクトルとふたりきりになる。

 ノアは手に持っていた赤黒い石を床に落とた。パリン、と石は簡単に弾けて壊れる。

 この石は天然の石ではない。錬金術で加工した繊細なガラス細工のようなものだ。壊す意思さえあれば簡単に壊せる。


(これでもう、後戻りはできない)

 意志を持ってカイウスの置いた中継装置を破壊し、錬金術の準備を妨害した。明確な敵対行為だ。

 漠然とした不安が胸に渦巻いたその瞬間、背中から包み込まれるように抱きしめられた。


「ヴィ、ヴィクトル?」

 頬や首に触れる髪の感触や、背中に伝わってくる体温や鼓動。すぐ近くで聞こえる呼吸に、あっという間に心臓が高鳴り、体温が上がる。


 ノアは自分を抱きしめる腕に手を触れる。ありったけの理性をかき集めて。そうしなければ、いますぐ振り返って抱きついてしまいそうだった。泣いて縋ってしまいそうだった。


「……ヴィクトル、来てくれてありがとう。いつからいたの?」

「昨日の夜だ。一度戻って剣を調達してすぐ、ここに」

 ――行動が早い。


「あの、ちゃんと食べてる? 休んでる?」

「ああ」

(疑わしい……)

 誰かが見ていないとすぐに自分を酷使する。ニールの苦労が少しだけわかった気がした。


 ちゃんと顔色を見ようといったん身体を離そうとするが、ヴィクトルの腕はノアから離れない。

 離そうとすればするほど強く抱きしめられる。

 苦しくはない。痛くもない。だが、離してもらえない。


(甘えてる……? いやそんなまさか)

 大人の男性がそんな。

 だが、色々と心配をかけたことは事実だ。いきなり行方知らずになって、再会できたと思っても壁に隔たれて。


「ヴィクトル、外に出ましょう」

 声をかけると、腕がわずかに解ける。ノアはヴィクトルの手を握って、大聖堂の大扉ではなく、横の小さな扉から外へ出た。鍵は壊して。




 外の清涼な空気を身体いっぱいに吸い込んで、壁の出っ張りに座る。あたたかい日差しが当たる場所を選んで。まだ昼のはずなのに、空は相変わらず夕焼けのように赤い。


 亜空間ポーチの中からカップをふたつと茶葉と砂糖を取り出し、カップに水を満たして茶葉を入れ、温度を上げる。茶葉から良い色が出ると砂糖を多めに入れた。

 本当はミルクも入れたかったが、あいにく手持ちがない。


「昔から外では、こうやって淹れたお茶を飲んでるの。はい、どうぞ」

 茶と砂糖のにおいが香るカップをひとつ手渡す。

「ヴィクトル、アルカッサスの花を知ってる?」

 問いながら、一口飲む。甘い。

 ヴィクトルも一口飲んだ。甘い、と顔が言っていた。


「春先に咲く薄紅色の花で、大きな樹に小さい花がいっぱい咲いて……以前は春になると森の奥に行って、アルカッサスの花の下で、こうやってお茶を飲んで過ごしてた」

「……旧王都の近くでそのような花を見た覚えはある」

「本当? もしかして私の知ってる樹かしら」


 ヴィクトルはこちらを見つめながら、優しげに、そしてどこか寂しげに笑う。

「今年の花はもう終わってしまっただろうから、来年見に行こう」

「うん! 約束」


 ――また、未来の約束ができた。

 花を見られることも嬉しいが、そのことの方が嬉しく思った。


 空を見上げる。赤い空を。

 かつてフローゼン領の――旧王都の空が赤かったのは、魔素による影響だった。

 この空が赤いのも同じ理由だろう。どこかで魔素が生まれ続けていて、それが空を赤く染めている。

 旧王都のそれは、アレクシスの影響だった。ならこれはやはりカイウスのものなのだろうか。


 石の上に置いていたノアの手に、ヴィクトルの手が重なる。

 引き寄せられるように顔を上げると、青い瞳と目が合う。


「……カイウスは、帝都の人たちで賢者の石をつくると言っていた。その力を使って、外の世界に対抗していくって」

「……外、か」


「カイウスの言っていることはわからなくもないの。でもそのために犠牲を払うのは、私は間違っていると思う。」

 甘い考えかもしれない。

 それでも。


「もっと他の方法で、国力を高めていくことはきっとできる。それをするのが王の仕事で、それを助けていくのが貴族の仕事で、その動力になるのが民のはずだもの」

 守るべきものを犠牲にして何が得られるというのだろう。

 民を蔑ろにする王を、王とは認められない。


「私は大皇宮に戻って、カイウスを止める方法を探そうと思う。お願いヴィクトル、私といっしょに来て!」

「ああ、勿論だ」




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