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7-5 紫の瞳の少女





 公爵家の紋章が入った馬車の中は、非常に煌びやかで豪華絢爛だった。きらきらと光る黄金と宝石に目が眩むほど。

 座席はベッドのようにふかふかで、振動がほとんど響いてこない。何時間でも乗れるほどに。

 フローゼン侯爵家所有の馬車も豪華だったが、内装は落ち着いているほうだった。長距離を移動することが多い故、乗り心地が重視されていた。


 こちらの馬車はまるで宝石箱の中に入っているかのようで、落ち着かない。

 ノアはヴィクトルの隣に座りながら、できるだけ気配を消して時間を過ごす。向かい側に座るドミトリからちらちらと飛んでくる視線に、気づかないふりをして、目を合わせないように目線を逸らしながら。


「どこかで会ったことがないか」

 声をかけられ、首を横に振る。忘れているのなら忘れたままにしておいてほしい。

「ドミトリ。彼女は少々人見知りなのでそっとして置いてくれ」

「ああ、それはすまない。それで、どんな関係なんだ」

「命の恩人だ。あまり詮索しないでくれ」




 公爵邸に到着して、案内されたのは客間だった。

 客間がいくつあるかはわからないが、広く豪華な部屋だった。内装は重厚で、家具もすべてが最上級品なのが雰囲気からも伝わってくる。続き部屋には従者用の控えの間もあった。


「私は仕事が立て込んでいるのでこれで失礼する。自分の家と思ってくつろいでくれたまえ」

「礼を言う。爵位を継いだばかりで忙しいだろうに」

「ははっ、君からそんな言葉が聞けるとは」

 爽やかな笑顔を輝かせながら、ドミトリは客間から出ていこうとする。


「ところでドミトリ、イヴァン様のことだが」

「ん?――すまない、どこの家のことだ?」

 ドミトリは何の悪意も含みもなくヴィクトルに聞き返す。

 ――従弟のことを、皇太子のことを、完全に忘れている。


「いや、なんでもない。邪魔をしたな」

「おかしなやつだ。ところで、連れの女性の名前は――」

 ヴィクトルはドミトリの背中を押して部屋の外に出し、やや乱暴に扉を閉める。

 ドミトリが部屋の前から去るまで取っ手を固く押さえ、その恰好のまま小さくため息をついた。


「奇妙な夢の中にいるかのようだ。夢なら早く覚めてほしいものだな……」

 疲れたように言って椅子に座る。

 ノアも同感だった。いつまでもこの悪夢のような世界にいるわけにはいかない。この豪華なばかりの部屋にも。


 帝都に来たのはあくまでカイウスと会うためだ。しかしいまのカイウスは皇帝という地位についている。会うのは容易ではないかもしれない。

 方法としては潜入するか、正面から招かれるのを待つか、ドミトリに仲介を頼むかになってくる。


(潜入しよう)

 即決する。

 潜入に最もいいのは嵐の夜だが、贅沢は言えない。夜を待って大皇宮に潜入し、それまでできる限りの準備をすることにすることに決める。


「ヴィクトル、大皇宮の構造はわかる?」

 近づき、顔を寄せ、耳元で囁く。他の誰にも聞こえないように。

「ある程度は」

「じゃあ今夜」

 その時、扉がノックされた。


「失礼いたします」

 最初に入ってきたのはメイドがひとり。ノアが公爵邸の離れにいるときに世話になったシシリィだった。

 その後ろを、黒いドレスを着た金髪紫眼の十歳ぐらいの少女がついてくる。大人びた凛とした表情に緊張を浮かべているのは、公爵家の姫オリガだ。


「お久しぶりです。フローゼン侯爵、エレノア様。失礼を承知でお聞きします。イヴァン様のことを教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 ドミトリが忘れていたイヴァン皇太子の名を、オリガは緊張と不安が入り混じった表情で口にする。

 そして動揺するノアの表情を見て、オリガの口元が綻んだ。


「よかった。イヴァン様のことを覚えていらっしゃるのね」

 ――こちらの反応を見るための引っかけだったのだと気づいた時には遅かった。


「おふたりは、記憶がおかしくなっていないようですね。わたくしもですので安心してください」



##



 シシリィが用意してくれたコーヒーが、円卓を囲むヴィクトルとノアの前に出された。

 ノアが記憶を失っていた期間、シシリィにコーヒーを頼んだことを覚えていてくれたのだろうか。


「この空が赤く染まってから、みんなおかしくなってしまいました」

 円卓に座るオリガは、不安と寂しさを気丈さで押し殺したような表情をしていた。


「皇帝陛下が不幸な事故で亡くなられたというのに、皆はわたくしの知らないものを陛下と呼ぶ。イヴァン様のことも誰も覚えていない。ずっと悪い夢を見ているかのよう……でもわたくしは騙されたりはしません!」

 丸まっていた背を伸ばし、堂々と胸を張ってヴィクトルを見上げる。


「教えてください。いったい帝都で何が起こっているのですか? お父様とルスラーンお兄様は、どうなったのですか」

「帝都で何が起きているのかは、まだ調査中です。お父上――公爵は帝位の簒奪を謀り、ルスラーン公子はそれに反発して公爵を手にかけました」


 ヴィクトルは一切の誤魔化しをせず、真実を告げた。

 オリガの真摯な思いに答えるかのように。


「ルスラーン公子はイヴァン様をも害そうとしたので、私が公子を討ちました。公爵兵の中にも一部始終を見ていたものが大勢います。事態が落ち着けばご確認ください」

「やはり、病死などではなかったのですね……我が身内ながらお恥ずかしいですわ」

 凛としていた声は震えている。


「……イヴァン様はご無事なのですか?」

「とても健やかに過ごされています」

「そう、それはよかった。教えて下さりありがとうございます」


 ほっと安堵の息をつく。

 しばらくの沈黙の後、オリガは伏せていた顔を上げた。その瞳には強い決意の光が輝いていた。


「おふたりを信用してお願いがあるのです。いまからわたくしと一緒に大皇宮に来ていただけませんか」

 胸に手を当てて、どこまでもまっすぐに前を見る。


「あの偽皇帝と幽霊が現れてから、大皇宮の秩序はめちゃくちゃです。不興を買って処された貴族もたくさんいます。このままでは帝国は遠からず滅びてしまう」

 口元をきりっと引き結び、小さく頷く。

「わたくしが、彼らの正体を暴いてみせますわ!」




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